『ビクトリア時代のアマチュア天文家』内容紹介
アラン・チャップマン著 『ビクトリア時代のアマチュア天文家』
                                             日本語訳の刊行について


角田 玉青

  「天界」の読者は皆ヘビーな天文ファンだと思いますが、天文趣味の世界がこの頃どうも元気がない…とお嘆きの向きもあるのでは? 私が所属する日本ハーシェル協会の活動もまた然り。何か元気の出ることはないかな…と考えながら訳出したのが、この『ビクトリア時代のアマチュア天文家―19世紀イギリスの天文趣味と天文研究―』です。発売は産業図書より11月15日の予定(予価5,250円)。なお、翻訳は私、角田と日本ハーシェル協会の共訳という形をとっています。

  著者のアラン・チャップマン博士は、現在オックスフォード大学ウォダム・カレッジに所属し、科学史、特に天文学史が専門。大学で教鞭をとるかたわら、英国天文学史学会の会長や英国ハーシェル協会の名誉副会長も務めておられます。  日本版の帯の推薦文は村山定男先生にお願いしましたが、そこには「大英帝国が繁栄をきわめたビクトリア時代。当時、天文学に驚異の発展をもたらしたのは、プロの研究者ではなく、偉大なるアマチュアたちであった」という活字が躍っています。これぞ温故知新。アマチュアの力をぜひ改めて噛み締めてください。

  チャップマン博士が日本語版に寄せた序文にもこうあります。「現代の日本人がビクトリア時代のイギリス人と共通する点として特筆大書すべきは、アマチュアの観測天文学にかける情熱です。19世紀のイギリスの天文家たちが、巨額の出費もいとわず、より巨大な、より強力な望遠鏡を設計・建造したのと同様、現代の日本は世界で最も進んだアマチュア天文学のコミュニティの一つを持っています」。博士も日本のアマチュア魂に大いに期待を寄せているようです。

 本書がアマチュアの存在に特に注目する背景には、イギリス独特の学問事情があります。すなわち、ナポレオン時代以降、独仏を中心とするヨーロッパ大陸で科学の世界を担ったのは、もっぱら職業科学者たちでしたが、それに対してイギリスでは、富裕なアマチュアが学問世界をリードした、という特殊性があります。アマチュアというのは、「それによって生活の糧を得ているわけではない」という意味で、技量の点ではプロ以上のオーソリティも少なからずいたのです。例えばハーシェル父子などはその代表で、特にビクトリア時代人である息子のジョン・ハーシェルには、本書でも独立した1章が充てられています。

 この本に登場するアマチュアの在り様は実にさまざまです。一方には最先端の研究に従事した「史上最強のアマチュア」がいるかと思えば、他方には星空に激しくあこがれた貧しい労働者も登場します。天文クラブに集う社交的な中産階級グループを取り上げた章もあれば、きらめく女性天文家を描いた章もある、という具合で、イギリスのあらゆる社会階層の人々が登場します。

  この本は、もちろん先ず天文学史の棚に置かれるべき本です。しかし、『…天文家』という表題が示すように、その主要な関心事は、学説史よりはむしろ人間の生き様に向けられています。あるいは、この表題の前半にピッと反応する、ビクトリア時代好きの人もいるかもしれませんね。そういう人たちの期待も裏切りません。本書はビクトリア時代の社会相を丹念に描き、英国文化史・風俗史の観点からも興味深く読むことができます。

  そのテーマのユニークさゆえに、本国イギリスでも先行する類書はなく、当時の新聞記事、書簡、地方記録等の膨大な量の一次資料に当ってまとめ上げた、空前の労作です。その内容からして、固有名詞の多さにいささか戸惑いますが、その分リファレンスと索引にたっぷり頁を取ったので、じっくり読んでいただければと思います。

 なお、この本を訳すにあたっては、本会々長の長谷川一郎先生にご査読いただき、多くのご教示をいただきました。長谷川先生のご助力がなければ、翻訳の完成はおぼつかなかったでしょう。末筆ながらここに改めて感謝の意を表したく思います。

 とにもかくにも、皆さま一度手にとってご覧頂ければ幸いです。

本書目次より章題抜粋

第1章 ロマン主義時代のアマチュア天文学
第2章 ジェントルマンとプレーヤー:1840年のアマチュアとプロフェッショナル
第3章 遺産、持参金、聖職録、醸造所:財力がものを言った研究
第4章 ジョン・ハーシェル卿:自立した科学者の典型
第5章 天文学の招待宴:ベッドフォードとエールズベリーを結ぶ軸
第6章 巨大反射望遠鏡の同志たち
第7章 新しい光の科学:分光学、写真術とグランドアマチュア
第8章 天文家の従者たち:グランドアマチュアに仕えた専門助手
第9章 1回覗けば1ペニー:大衆の天文学講座
第10章 天文学とつましい親方職人
第11章 日雇い仕事の天文家
第12章 神の御心に対する立派な趣味:トーマス・ウェッブとその影響
第13章 クラブ結成熱―アマチュアの天文学協会
第14章 紳士ばかりでなくレディも
第15章 結論とあとがき:20世紀以後のアマチュア天文家

東亜天文学会 「天界」 2006年12月号(第979号)より転載


協会と協会員の活動トップにもどる
日本ハーシェル協会ホームページ