『ビクトリア時代のアマチュア天文家』内容紹介
Allan Chapman: "THE VICTORIAN AMATEUR
                        ASTRONOMER" (2)


角田 玉青

 『ビクトリア時代のアマチュア天文家―1820年から1920年まで―』の内容を、以下にご紹介したいと思います。本書は3部構成なので、それに沿って見ていきましょう。

第1部 大(グランド)アマチュアたち

 プロとアマ、両者を分ける唯一の基準は、本来技量ではなく、それで生計を立てているか否かでした。
 19世紀前半のイギリス天文学をリードした者こそ、圧倒的な財力を有し、最新鋭の機材で武装したアマチュアたちであり、著者チャップマンはこの時代を「グランドアマチュアの時代」と括って見せます。アマチュアの突出は、ドイツ・フランスとは対照的な、当時のイギリスの著しい学問的特徴でした。
 この時代を代表するのが、ジョン・ハーシェルであり、ナスミスであり、ラッセルであり、アイルランドのロス伯でした。彼らはアマチュアとは言っても、天文学人名辞典にも名前の載るスーパースターですが、本書は日記・書簡を援用しながら、その知られざる生活スタイルに迫っていきます。途方もない財力、趣味への耽溺、カントリーハウスでの豊かな交際、彼らはまさに「天文学という成分を含んだ、ジェーン・オースティンやアンソニー・トロロープ描くところの社会と同じイギリスの社会階層」でした。
 ゴシップに目を輝かせるというのもいささか品がありませんが、人名辞典には決して書かれることのない人間臭いエピソードも多々載っています。曰く、ナスミスは妾宅を構えたが、隠し子宛ての手紙には絶対に自分の名前を書き残さなかった。曰く、ジョン・ハーシェルは、光学こそ我が初恋の人であり、天文学を相手にしたのは浮気だった…と後年妻に述懐した。曰く、巨大レンズの据付をめぐって業者(トロートン・アンド・シムズ)と訴訟合戦になり、果ては精神に変調を来たしたジェームズ・サウスの晩年やいかに…等々。
 磐石の地位を誇るかと見えた彼らも、19世紀後半になると、学問システムの変化と社会構造の変革の中で、存在感を急速に低下させていきました。この点も著者は的確に分析しています。

主な章節: ロマン主義時代のアマチュア天文学/1840年のアマチュアとプロフェッショナル/機材革新への貢献―天体用子午環/ジョン・ハーシェル卿―自立した科学者の典型/天文学の招待宴―ベッドフォードとエールズベリーを結ぶ軸/巨大反射望遠鏡の同志たち/金属鏡その最期の輝き/新しい光の科学―分光学、写真術とグランドアマチュア/費用のエスカレート―専門化への道)

第2部 貧困と無名と独学と―天文学と労働者階級

  さて、続く第2部こそ本書の眼目だと私(角田)が思う部分です。ここに登場する天文家は、ジョンソン・ジェックス、ジョン・リーチ、ロジャー・ランドンなど、皆無名の人ばかりです。彼らは金銭的にも時間的にも貧しい労働者階級に属する人々、即ちジェックスは鍛冶屋、リーチは靴職人、ランドンは田舎の駅員でした。ヴィクトリア時代、動植物や化石鉱石などの博物趣味は労働者にも身近な存在でしたが、天文学はいささか敷居の高いものでした。言うまでもなく望遠鏡があまりにも高価だったからです。そして12時間労働の慣行の下では、文字通り身を削らねば観測が不可能だったからです。当時天文学に必須とされた数学の知識も彼等を怖気づかせました。そうした壁を乗り越えて、天空に激しくあこがれた市井の人々の思いに心を打たれます。同時に、彼らの生き様を紙碑にとどめんと、地方紙を博捜し、国勢調査記録に当たり、子孫を探し求めた著者の熱意にも圧倒されます。当時行われた大衆向きの天文講演会、街頭での望遠鏡実演(香具師商売)の紹介などは、風俗史的にも興味深い内容でしょう。

主な章節: 1回覗けば1ペニー―大衆の天文学講座/レザリングセットの学のある鍛冶屋/インチボニーの犂職人/フロッドシャムの靴直し/ノッティンガムのパン職人/クーパーアンガスの鉄道ポーター/ブリングウィン・バックの石板計数係/天文家は村の駅長/孤立した天文家たち)

第3部 増大する有閑マニア

 最後のパートは、19世紀後半から20世紀初頭にかけてのアマチュア天文学会の隆盛ぶりを描きます。このムーブメントを支えたのは、医師・弁護士・聖職者・退役将校といった教養ある中産階級でした。彼等は豊かではあっても、昔のグランドアマチュアのように学界をリードする最先端の機材を備えるほどの財力はなく(政治・経済情勢の変化は最早グランドアマチュアの存在を許しませんでした)、また天文学自体も急速にビッグサイエンス化したため、もはや個人が個人として取り組める範囲を超えつつありました。1880年代を境にプロとアマの力関係は完全に逆転し、天文趣味は趣味として純化したともいえます。ガラス反射望遠鏡の自作ブーム、アマチュア向け望遠鏡市場の成長等、このムーブメントこそが現代のアマチュア天文学に直結するものだと著者はいいます。いわば、アマチュア天文家の心のふるさととも言える時代です。労働者も女性たちもそこに参加し、大いに気を吐きました。

主な章節: 神の御心に対する立派な趣味―トーマス・ウェッブとその影響/アマチュア天文家の望遠鏡/社交熱―アマチュア天文学会/紳士ばかりでなくレディも/20世紀以降のアマチュア天文家)

 どうでしょう?大層おもしろい内容だと思われませんか?是非訳読に力をお貸しください。

日本ハーシェル協会ニューズレター第129号より修正の上転載


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