ハーシェル関連史料

企画展《夕べの楽しみ:1750年〜1930年のポピュラー・アストロノミー》に見る天文趣味の夜明け


角田  玉青

地球儀と地図を使って世界を探る女性
当時の版画(1841年、ロンドン)
同展webサイトより転載

 
 いささか旧聞に属しますが、2002年12月から2003年3月までシカゴのアドラー・プラネタリウムで”Evening Amusement: Popular Astronomy, 1750-1930”という展覧会が催されました。筆者がネット上でそれを知ったのはつい先日のことですが、アマチュア天文学の歴史に心惹かれている筆者としては見逃せぬ内容です。ロマンチックな=文字通りロマン主義の時代と共にあった天文趣味の世界を抄訳でご紹介します。


 

口 上
 欧米で天文学が一般的な娯楽となったのは1750年頃のことです。本展覧会が注目するのは、科学の「偉人たち」ではなく、市井の人々が自己啓発のために宇宙を学ぼうと手にしたモノたちです。それはまた科学の新発見が人々の想像力をどれほど刺激したかという物語でもあります。来場されれば、天文学が金持ちだけでなく、一般人にもポピュラーな活動となっていった有様を現代的な観点から見直すことができるでしょう。
 


歴史的背景
 科学技術・経済・社会・政治の変化に促されて、科学機器メーカーや出版社が一般向けの商品開発に乗り出したのは、1700年代半ばから後半にかけてのことです。1800年頃には、紙や書籍を安価に作り出す方法が編み出され、一般向け書籍の大量生産が始まりました。ガス灯のおかげで、19世紀初頭には上流階級が、さらには中産階級も、夜間の読書に親しむようになりました。新発見の数々、たとえばアマチュア天文家にして音楽家だったウィリアム・ハーシェルによる1781年の天王星発見は、天文学への大衆の興味をいっそう掻き立てました。
  1800年代を通じて、労働時間の短縮によって人々の余暇活動への参加が可能となりましたが、彼らは余暇時間を慰みごとに費やすばかりでなく、自己啓発の機会だとも考えました。書籍や機材はギャンブルや飲酒に代わるものとして売りに出されたのです。こうした新しい時間のすごし方の中で、両親は子供たちに、そして男性は女性に(時にロマンチックな身振りで)星を教える姿が見られました。
  1700〜1800年代、科学への関心を大いに高めたものとして公開講座があります。ベンジャミン・マーチン、カミーユ・フラマリオン、リチャードとメアリーのプロクター父娘らは、一般向けの書籍を出版するとともに、天文学を素人にも近づきやすいものとするのに大いに力がありました。科学機器や書籍を購入することは、持ち主の知力や財力を示すものとして、ステータスシンボルともなったのです。
 

天文学を学ぶ若い女性たちの集い
当時の版画(1845年ごろ、パリ)
同展Webサイトより転載

 


本展覧会のテーマ
 
@ 図像類(Representation)
 当時の人々は、宇宙を描いた天球儀・地球儀や星図類を所有したいと望んでいました。そうしたモノたちは、宇宙のありさまを表現した実用的な参照ツールではありましたが、同時に自分たちの威信を高めるものとも考えられていました。特に高価な天球儀と地球儀のセットはそうです。懐中用の天球儀・地球儀は、子供たちに天文学・地理学を教えるのにも役立ちました。
(展示内容:地球儀、天球儀、ポケットグローブ、1枚ものの星図(マップ)、星図帖(アトラス)etc.)

A 実演(Demonstration)
 天文学についての一般向けの公開講座は大勢の人を集めました。オーラリーやテルリアン等の天文教具の実演は、天体の運行や太陽系の構造を教える目的で使われました。啓蒙家たちは科学と社会改良とを結びつけ、また科学こそ神の存在を証明するものだと主張することもありました。
(展示内容:講演会の宣伝ポスター、種々の天文教具、その用法書、19世紀のメーカーカタログetc.)

B 自学自習(Self-education)
 自宅で寛ぎながら、人々は一般向け天文学書から実に多くのことを学びました。子供でも理解できるような本を意図した著者もいますし、スターウォッチングの役に立つような本をと考えた著者もいます。もちろん、本格的な天文学の知識をやさしい言葉で説明しようとした人もいました。SF小説さながらの地球外生命について論じた本も中にはありました。
(展示内容:古い星座早見、小型望遠鏡、多くの図版を収めた天文古書類−一般向けのもの、児童向けのもの、中には靴職人の著したものも…etc.)

C 遊びとゲーム(Fun and games)
 大衆向けに、天文学を学習するための創造的な手法も現れました。室内ゲームは装飾的なイラストを添えたカードを採り入れ、中には星図の星のところに小穴を開けるという凝ったデザインを持ったカードもありました。明かりにかざして見ると、ちょうど夜空のように見えるというわけです。懐中望遠鏡や袖珍星図帳のような趣向も大いにもてはやされました。
(展示内容:天球儀の3次元ジグゾーパズル、懐中型の望遠鏡・テルリアン、望遠鏡を仕込んだステッキ、幻灯機、のぞきからくりetc.)
 

 以上、正統な学説史とは一見無縁とも思える内容ですが、ハーシェル一族の生きた時代を理解する上で重要な側面史と思い、ご紹介しました。
 ここで割愛した展示内容の詳細も、オリジナルサイトに当たっていただければご覧いただけます。残念ながら文字による記載だけですが(展覧会の図録は作られなかったそうです)、当時の天文学をめぐる世相が髣髴とします。同好の方はぜひアクセスしてみてください〔
管理人註:2006年9月現在、関連コンテンツは削除されています〕。
 
 末筆となりましたが、内容転載をご快諾いただいた同館の担当学芸員Anna Friedman氏に感謝申し上げます。アドラーの天文コレクションは相当のものらしく、今後の企画も要注目です。

  日本ハーシェル協会ニューズレター第132号より転載


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