山片蟠桃『夢の代』の引用文献
「ウイストン太陽明界図」について


上 原 貞 治

 1.問題の発端

 以前、拙論「山片蟠桃の大宇宙論と地球外生命論」(*1)で、山片蟠桃(1748-1821)が西洋書から当時の西洋のどのような宇宙論的知見を得たかについて議論した。そして、蟠桃の著書『夢の代』の「天文第一」で引用されている「ウイストン太陽明界図」の出自について触れた。以下にその関連部分を引用する。

 まず、『夢の代』でしばしば引用されている「ウイストン」であるが、これは、英国の学者、William Whiston (1667-1752) のことである。彼は、ニュートンの天文学の継承者で周期彗星が地球に及ぼす影響などについて議論しているが、蟠桃が引用したウイストンの書物が何であったのかは有坂の探索にも関わらずわかっていない。(これについて何からのことをご存じの方はぜひお知らせいただきたい)。ウイストンからは「太陽明界図」なるものを『夢の代』の引用書としているので、ここから明界・暗界の考えを取り入れたかもしれないが(3)、(4)に関わる決定的なことはその関連では述べていないので、蟠桃は、ウイストンからはそれ以上の知識を仕入れていないと推測できる。 (引用終わり)

 なお、上に引用した有坂隆道らによる『夢の代』「天文第一」の研究は文献(*2,*3)にある。


2.見つかった元図

 今回、筆者の探索により「ウイストン太陽明界図」の元になる西洋の図が特定できた。それは、"Mr. Whiston's Solar System Epitomis'd" という図で、これは、ウィリアム・ホイストンの著書ではなく John Senex という製図師によって作られた単独の図のようである。筆者が最初に見つけたのは、古地図販売業者のウェブサイト(*4)にあるもので、そこにはこの図の画像と書誌的情報が掲載されている。それによると、元々はホイストンが提供した詳細の太陽系の記述にもとづいて1712年に同じ製図師が銅版で出版した図版があり、ここで紹介されている図はその簡略版で1733年に出版された J.T. Desaguliersの著書に収録されたものだという。この書籍の電子アーカイブ収録画像(*5)から引用した図を下に掲載する。この図は、430ページの次に図版30として収録されている(図の中央上にPlate 30と書かれている)。

図:"Mr. Whiston's Solar System Epitomis'd" サイト(*5)より引用 (Internet Archive収録)

 なお、1712年の図版 "A Scheme of the Solar System"は、"A scheme of the Solar system with the orbits of the planets and comets belonging thereto"(*6)である可能性が高い。ただし、数値や項目の一致から見て、蟠桃が利用したのは簡略版(*4,*5)のほうである。


3.『夢の代』の記載との比較

 以下の比較によって、この図(*4,*5)が「ウイストン太陽明界図」の元図であることを確認した。この図においては、天文情報の記載項目が一般の同種の表では珍しいような量、例えば、惑星の日照度、公転速度も含めてほぼ過不足無く一致しているほか、引用されている彗星の数とその出現年が将来の出現予想まで含めてほぼ完全に一致していること、水星の直径の数値がホイストンの記述と『夢の代』にある記述とで同じように疑問のある値になっていること、惑星、衛星の周期と距離等の数値については、単位の換算ほかの操作がなされているものもあるが元の数値の傾向を留めていて対応もよいことから、まず問題ないと言える。以下は、『夢の代』の記載の側から見た比較の詳細の注目点である。

●距離の単位について、英マイルを「里」に換算しているが、1マイル=2里としている。
●水星の直径の値は事実と大きくずれているが、ホイストンの著書によく出てくる値である。何らかの誤りを含んでいると思われる。『夢の代』はこの値を引き継いでいる。
●時間の単位は、年・日の単位までは完全に一致するが、西洋の2時間を日本の時間の単位「1時」としている。分の単位は単純な比例ではなく、何らかの細かい操作か補正をしているように見える。
●惑星の公転速度は「時速」で表現されているが、上述の距離と時間単位で1(西洋)時間あたりの里数になっている(あるいは、日本の1時あたりのマイル数と考えても同じ)。
●日照度については、火星だけ食い違いがあり、十分の一とすべきところを一分弱としている。任意のサイズを示す単位「分」と10%を意味する「一分」を混同したものかもしれない。また、1/10というホイストンの数値が事実に照らしてあまり正しくないので、それが影響したかもしれない。
●火星の属性のところにだけ「未詳」の文字が見られるが、これは、元図の表の質量の"unknown"を訳出したものと推測される。ただし、これ以外の質量、密度に関するデータは引用されていない。
●木星のベルト、土星の輪のサイズについての註釈も一致している。
●彗星のリストは、年代の誤記と思われるものがごく少数あるものの将来の出現予想の註釈を含めて完全に近い一致を示している。ただし、彗星の出現した太陽系内の位置や方向の黄道十二宮については、その当てはめの定義が今一つはっきりしない。

 以上、両者の記述は完全に一致しているわけではないが、その一致や対応の度合いからみて一致していない部分の多くは蟠桃の操作や誤記が入っているものと推測でき、この図が『夢の代』が引用する文献「ウイストン太陽明界図」であることは間違いない。  なお、『夢の代』に記載されている数値データについての検討は文献(*2)の補注にある。また、文献(*5)所載の当該図にある数値の検討が文献(*7)にある。これらデサグリエと蟠桃の書の関連について指摘したのは、今回の拙論が最初と考える。


4.「明界」の用語について

 筆者は、最近まで、「ウイストン太陽明界図」という訳名から、「明界」という意味の西洋語を含む学説を掲げたホイストンの著者があるものと思って探索をしていた。しかし、なかなか見つからないので、この方針を放棄し、図版探索の方向から探したら今回見つかったものである。今度は、「明界、暗界」という言葉がどこから来たのかという問題が残る。この図の原題と、ホイストンおよび彼と同時代(17〜18世紀)の英語、オランダ語の天文書に、これに対応する単語は見当たらない。また、そのような用語や概念が当時の西洋にあったという話や知識もあまり聞かない。

  筆者は、「明界、暗界」の言葉が、山片蟠桃の『夢の代』のほか、麻田立達(帰属)の書簡(*8)、橋本宗吉の「太陽明界七曜彗星運行之図」(現存しない)にあり、また、司馬江漢、高橋至時らが西洋書に基づいて彗星の楕円軌道や三次元空間的な恒星の配置について論じていることからみて、彼らのそれぞれが何らかの似たような西洋書のソースから取ってきている可能性を考えていた(*1)。しかし、西洋書に対応する用語が見つからない以上、最初から日本人が発案した可能性を考えねばならない。上に挙げた日本人は、いずれも1790年代後半から1800年代前半にかけて蘭学・西洋天文学に興味を持ち、互いに連絡を取り合っていたような人たちで、この件に関しては、彼らがいわば一つのグループとして機能した可能性がある。それぞれが西洋書のソースを引いたのではなく、これらの人たちの間に結果的に何らかの役割分担ができて、誰かが西洋書を紹介し、誰かがそこに掲載されている図版の印象や解釈を他の者に伝え、そして、誰かが「明界、暗界」という言葉を作ったと考えればすべて説明できるのではないか。例えば、江漢、宗吉あたりが西洋文献を紹介し、至時が西洋書を見て考察をして間重富に伝え、重富、立達、あるいは蟠桃本人が「明界、暗界」の言葉を発案した可能性があるだろう。

 山片蟠桃は、何らかの方法で"Mr. Whiston's Solar System Epitomis'd"、あるいは、その写しを入手し、麻田剛立門下の人たちとの間でなされた西洋天文学の議論を踏まえて、その図に「太陽明界図」という訳名を与えたのではないかと推定する。


 謝 辞

 拙論「山片蟠桃の大宇宙論と地球外生命論」と『夢の代』の明界、暗界説に関して、コメントと情報をお寄せ下さった佐藤明達氏と角田玉青氏に感謝します。角田氏には、米国議会図書館所蔵の図版その他のSenexの業績についてもお知らせをいただきました。


 <文 献>
(*1)上原 貞治「山片蟠桃の大宇宙論と地球外生命論」 日本ハーシェル協会 2010. http://www.ne.jp/asahi/mononoke/ttnd/herschel/a-text/yamagata_bantou01.html

(*2)『富永仲基・山片蟠桃』日本思想大系43  水田紀久、 有坂隆道著、 岩波書店 1973.

(*3) 有坂 隆道「山片蟠桃の大宇宙論について」、『日本洋学史の研究(6)』、有坂隆道著、創元社 1982.

(*4)Barry Lawrence Ruderman Antique Map Inc. "William Whiston / John Senex: Mr. Whiston's Solar System Epitomis'd (1733)". https://www.raremaps.com/gallery/detail/46851

(*5) John Theophilus Desaguliers "A course of experimental philosophy" Vol.1 (Edition in 1834), Internet Archive. https://archive.org/details/0027ACOU

(*6)"A scheme of the Solar system with the orbits of the planets and comets belonging thereto" by W. Whiston and J. Senex 1720?  米国議会図書館所蔵. https://www.loc.gov/resource/g3180.ct003814/

(*7)福山 祥世「プラネタリウム史におけるデサグリエの功績」 (卒業論文) 岡山理科大学生物地球学部天文学教室 2016. http://www.big.ous.ac.jp/~kato/f5_file/2015_Hukuyama_final.pdf

(*8) 上原 貞治「麻田剛立に関わる彗星の楕円軌道を論じた書簡」 「天界」87,976  東亜天文学会 2006. http://seiten.mond.jp/asada_comet.pdf

 


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