ウィリアム・ウォルトン

Sir William Walton(1902-83)

 第1次世界大戦以前のイギリスを代表する作曲家がエドワード・エルガーだとすれば、その後のイギリス音楽を代表する作曲家はウィリアム・ウォルトンだと言うことができよう。ウォルトンは戦前・戦中を通じて数多くの映画音楽を手がけたこともあって、本場イギリスではクラシック・ファンに限らず、幅広い層から支持を受ける国民的作曲家として名を残すことになった。交響曲第2番や協奏作品などは一般には良さがわかりづらいところもあるが、彼の作品の多くは聴くものへダイレクトにイメージを伝える非常にわかりやすいものばかりである。これは、彼が映画音楽作曲家としても成功した重要な要素といえよう。また、曲が展開していくテンポの良さは冗長さを感じさせることなく、聴くものを飽きさせない。純クラシック作品においても、重いテーマの曲ばかりでなく、序曲「ポーツマスポイント」やヨハネスブルク祝典序曲などのようにライトな感覚の親しみやすい作風が、敷居の高さを感じさせることなく気楽に楽しめる雰囲気を持たせている。

ウォルトン・ディスコグラフィ(M.M所蔵のLP、CD等の一覧を掲載しています)


EMI
5 73371 2
交響曲第1番変ロ短調、交響曲第2番、チェロ協奏曲、「ポーツマス・ポイント」序曲、喜劇的序曲「スカピノ」、ヴァイオリン協奏曲
ベルナルト・ハイティンク/フィルハーモニア管弦楽団
アンドレ・プレヴィン/ロンドン交響楽団
パーヴォ・ベルグルンド/ボーンマス交響楽団、ポール・トルトゥリエ(vc)、イダ・ヘンデル(vn)

 ウォルトンの魅力を凝縮した充実のセットアルバム。
 ウォルトンの代表作である2曲の交響曲と2つの協奏曲がカップリングされ、いずれも優れた演奏である。特にハイティンク/フィルハーモニアのコンビによる交響曲第1番は、並み居る同曲の録音の中でも最高の演奏といっても良いだろう。全体としてゆっくりめのテンポで演奏されるが、遅くとも冗長でもったりとしているのではなく、緊張感を持続させ聴くものを飽きさせない。特に第1・4楽章は圧巻であり、初っ端からハイティンクの気迫に惹きつけられてしまう。ブライデン・トムソンも気迫のこもったエキサイティングな演奏を披露しているが、若干のテンポの乱れとティンパニが4分1拍程度フライングをしている部分があり、ハイティンクと比べるとちょっと安心して聴けない。ハイティンクによる第1は、まさにウォルトンの王道ともいえよう。交響曲第2番は、第1番の半分から5分の3程度の長さの曲で、スケールの大きいダイナミックな音楽とは趣を異にする。プレヴィンは、この曲を少々早めのテンポで流れるように演奏しているが、しっかりとメリハリをつけ、目鼻立ちが整っている。しかもよく楽器を歌わせて叙情的な雰囲気を演出するのにも長けている。さすがにウォルトンが信頼していただけのことはある。チェロ協奏曲は、出だしからしてプロコフィエフの協奏曲を連想させる。第1楽章は瞑想的な雰囲気をたたえ、第2楽章は一転して派手なアクションを展開し、第3楽章ではチェロの独断場と言った感じで進んでいくうちにオーケストラが「芸術は爆発だ!」とばかりに派手に楽器をかき鳴らすが、またチェロが朗々と独演を繰り広げ、最後にはすうっと音が消えるように終わってしまう。ヴァイオリン協奏曲は、20世紀を代表する技巧派ヴァイオリニスト、ヤッシャ・ハイフェッツのために書かれた作品。ロマンティックな曲調にちょっとショスタコーヴィッチやプロコフィエフ、バルトークなどのエッセンスを交えており、適度な辛味が効いているが、あまり一般向けではない通向けの曲。「ポーツマス・ポイント」と「スカピノ」の2曲は軽快で陽気な雰囲気を持ち、交響曲と協奏曲がわりかし重い感じの作品が続く中、一服の清涼剤と言った感じで気楽に楽しめる陽気な音楽である。

ASV
CD QS 6093
交響曲第1番変ロ短調、「スピットファイア」前奏曲とフーガ
ヴァーノン・ハンドレイ/ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団
ステュアート・ベッドフォード/イギリス室内管弦楽団

 20世紀イギリス音楽史に燦然と輝く金字塔、交響曲第1番。
 指揮者として名高いハミルトン・ハーティの依頼によって作曲されたウォルトン流「英雄」交響曲とでも表現できる交響曲第1番は、ヴォーン=ウィリアムズの交響曲第4番のように戦間期の不穏な雰囲気が反映され、激しい音の葛藤が聴かれる。第1楽章のブラスとパーカッションの音の衝突はファシズムの台頭とそれに伴う戦争への危機を象徴的に示しているようにも感じられる。これもまたブラスとパーカッションの音響が激しく噴出する第2楽章に続いて、第3楽章は美しいながらも悲しげで、絶えず不安が目の前をよぎるかのような暗い面を内包している。第4楽章は「活気があって燃えるように」、クライマックスへ向けて勝利を謳歌するかのように突進し、最後には基音となるB音が3回、叩きつけるように奏されて全曲が完了となる。ハンドレイ/RLPOの演奏は、もう少し音に厚みがあればなお良しといったところか。カップリング曲の「スピットファイア」前奏曲とフーガは、なかなかの名演奏。はっきり言って知らない指揮者だが、知らないからといって大したことはなかろうと思ってはいけないということを改めて実感させられる気合充分の演奏である。

CHANDOS
CHAN 8968
「ポーツマス・ポイント」序曲、カプリッツィオ・ブルレスコ、最初の一発、喜劇的序曲「スカピノ」、管弦楽のための前奏曲(グラナダ)、幻想的な序幕、ヨハネスブルク祝典序曲、子どものための音楽、最後のギャロップ
ブライデン・トムソン/ロンドン・フィルハーモニック

 ウォルトンの陽気で明るい音楽の集大成。
 ウォルトンのライトな感覚の作品ばかりを集めたアルバム。交響曲や協奏曲などのヘヴィな内容を持つ作品群とは別の、親しみやすいウォルトンを堪能できる。「ポーツマス・ポイント」、「カプリツィオ・ブルレスコ」、「スカピノ」、「ヨハネスブルク祝典序曲」の4曲は、ウォルトン流ライト・ミュージックの定番。これらの曲は皆、華やかな金管と軽快で饒舌な木管の響き、テンポの良いストリングス、弾むパーカッションによって彩られ、音楽って「本当に良いものなんですねえ」と感じさせてくれる。「前奏曲(グラナダ)」は、イギリスのローカル放送「グラナダ・テレヴィジョン」のはじまりと終わりの音楽として使われた作品。堂々とした明るい行進曲風の旋律は、戴冠式行進曲に通じる妙味を持っている。「最初の一発」は、5曲の小品から成る小粋な感じの曲で、幻想的な序幕は、このアルバム中唯一の暗めの曲。10曲の小品から成る「子どものための音楽」は、もともと2台のピアノのための作品を管弦楽用にアレンジした曲で、小気味良くリリカルなフレーズやユーフォニアムと弱音器をつけたトランペットのおどけた旋律が何とはなしに笑みを誘う。終曲の「Trumpet Turn」は、おもちゃの馬に乗った小さな子どもが騎馬兵のようにカッコつけている様を想像できて、これも微笑ましい。この作品は全曲を通じておとなしめで、時には微笑をたたえながら、しんみりと鑑賞する音楽といえよう。「最後のギャロップ」は、「子どものための音楽」に挿入されていたバレエ音楽で、ウォルト・ディズニーの世界を彷彿とさせる音楽である。

CHANDOS
CHAN 8870
「スピットファイア」前奏曲とフーガ、戦時のスケッチブック、組曲「逃げてはだめ」、映画音楽「三人姉妹」、組曲「バトル・オヴ・ブリテン」
サー・ネヴィル・マリナー/アカデミー・オヴ・セントマーティン・イン・ザ・フィールズ

 「第2次世界大戦」と「愛」をテーマとした映画音楽集
 第2次大戦の傑作戦闘機の一つとして歴史に名をとどめるスーパーマリーン・スピットファイアを題材とした映画の付随音楽から抜粋した曲が、「スピットファイア」前奏曲とフーガである。「バトル・オヴ・ブリテン」は同名のリチャード・コリアー原作のRAF(英空軍)とルフトヴァッフェ(独空軍)のイギリス本土上空における死闘を描いた映画(邦題は「空軍大戦略」)のための音楽として作曲された。このCDに収められている曲は、映画用のオリジナル・サウンドトラックに収録されている作品を2曲構成の演奏会用組曲として編曲したものである。「スピットファイア」も「バトル・オヴ・ブリテン」も共に、英本土上空における英独両空軍のドッグファイトをテーマとし、勇壮で派手なブラスの響きがスペクタクル映画の音楽らしさを感じさせる。戦時のスケッチブックは全8曲の小品で、戦時下における情景を描いた作品。3曲目のRefugees(避難所)は戦争の暗い一面を表現しているが、その多くは戦時下でも気力を失わない楽天的で陽気な人々の日常を描写している。このうち7曲目のFoxtrotsは、将校クラブのダンスホールの雰囲気を伝える陽気で心弾む音楽で、スウィング・ジャズ風の旋律が小気味良い。また、脳天気な4曲目のScherzo-Gay Berlinは、サントラ盤「バトル・オヴ・ブリテン」にも挿入されている。「逃げてはだめ」(1935)は、ウォルトンがはじめて手がけた映画音楽作品(バレエ音楽でもある)で、「三人姉妹」(1970)は彼の最後の映画音楽作品となった。この2つの作品は、ともに柔和でロマンティックな味わい深い作品で、天真爛漫な明るさが感じられる。

EMI
CDM 7 63369 2
「スピットファイア」前奏曲とフーガ、喜劇的序曲「スカピノ」、戴冠式行進曲「皇帝の冠」、戴冠式行進曲「宝珠と王仗」、ヨハネスブルク祝典序曲、カプリッツィオ・ブルレスコ、「ハムレット」より葬送行進曲、「リチャード3世」前奏曲、シェークスピア組曲「リチャード3世」
サー・チャールズ・グローヴズ/ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団

 ウォルトンの代表的な管弦楽作品を集めたお得な1枚。
 「スピットファイア」前奏曲とフーガからカプリツィオ・ブルレスコまでの前半の曲は、少々録音が古いのでフォルテの箇所は音が濁って聞こえるが、それを差し引けばまあまあの演奏である。2つの戴冠式行進曲(「皇帝の冠」はジョージ6世、「宝珠と王仗」はエリザベス2世の即位式典用に作曲された)は、プレヴィン/RPO盤の演奏がベスト(交響曲第1番とのカップリング)だとは思うが、グローヴズも充分曲の持ち味を生かした演奏をしている。このアルバムの中では、「リチャード3世」の前奏曲と組曲が特に良い。この曲は、あまりCD化されていないので、この録音は貴重である(マリナーが同曲の全曲録音をしているが……)。この「リチャード3世」は、陰謀によって権力を握ったが、やがて自らがその謀略の末に破滅する男を描いたシェークスピアの戯曲を映画化した作品につけられた付随音楽だが、前奏曲は堂々かつ優美な行進曲だし、組曲は終始中世的でロマンティックな調べが奏でられ、悲劇的なムードを微塵も感じさせることがない。曲は原作のイメージとは異なるが、いい味出した秀作である。

NAXOS
8.553344
お気に召すまま、ハムレット
アンドリュー・ペニー/RTÉコンサート管弦楽団、マイケル・シーン(語り)

 シェークスピアの喜劇と悲劇それぞれの代表作を扱った映画音楽。
 「お気に召すまま」は、「じゃじゃ馬ならし」とならぶシェークスピアの喜劇として知られる作品。「ハムレット」は「オテロ」、「リチャード3世」と並ぶシェークスピア三大悲劇のひとつである。この対照的な2作品を扱った映画音楽は、ウォルトンの作風を対比的に捉えることができ、入門盤としても案外おすすめできるものかもしれない。「お気に召すまま」は、やはりなんと言っても「前奏曲」で聴けるホルンとピッコロのかけあいを抜きにしては魅力が半減してしまう。3曲目では、ソプラノ独唱による美しい歌声を耳にすることが出来、4曲目では泉のほとりの静かで穏やかな情景が描写される(この盤では、ソプラノの独唱者がデータとして明示されていない)。5曲目の「婚礼の行進」は、人々の踊りまわる様が想像できるおめでたい音楽。全曲を通じて、明るい雰囲気がただよっている。これとは逆に、初っ端から葬送のテーマが登場してくる「ハムレット」は、全体として暗めの雰囲気をたたえている。所々で華やかさが演出されてはいるが、やはり暗い。「ハムレット」での聴きどころは、なんと言っても前奏曲とフィナーレで奏される「葬送のテーマ」であろう。このテーマが悲劇を暗示するのと同時に、悲劇の終わりを静かに告げる重要なフレーズとなる。なお、この盤では、クリストファー・パルマ―による編曲版によって演奏されている。

ASV=日本クラウン
ASV-22
ベルシャザールの饗宴、ヘンリー5世組曲
アンドレ・プレヴィン/ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団、ブライトン・フェスティバル合唱団、コレギウム・ムジクム・オヴ・ロンドン、ベンジャミン・ラクソン(バリトン)

 両曲の決定盤といってもよい名演。
 旧約聖書に登場する享楽の都バビロン崩壊の物語をバリトン独唱と混声合唱、管弦楽のためのドラマティックな3部構成のカンタータとして作曲したのが、「ベルシャザールの饗宴」である。この作品は、ウォルトンが20代後半(完成は彼が29歳の時)に手がけた一大スペクタクル・ロマンで、これほどの作品をすでに20代で完成させてしまうところなどは、ウォルトンが早熟な作曲家であることを伺わせる。この曲は初演時に聴衆から歓呼をもって迎えられ、彼の作曲家としての地位を確立したとも言われている。なお、1931年初演から4年後の1935年には傑作、交響曲第1番が作曲されている。「ヘンリー5世組曲」は、百年戦争をテーマとするローレンス・オリヴィエ監督・主演の映画「ヘンリー5世」の付随音楽を、この曲の演奏者であるミューア・マシスンが編曲し直したものである。原曲はそれぞれの場面ごとに曲が散発的に組まれているところから、少々まとまりに欠けるが、この組曲は、それを補う良くまとまった優れた編曲である。この組曲中の第2曲目「パッサカリア-ファルスタッフの死」と第4曲目「やさしき唇に触れて別れなん」は、単独で演奏されることも多い清楚な美しさをもつ弦楽合奏の曲。3曲目の「戦闘と突撃」は、イギリス軍とフランス軍による戦闘場面を描いた曲で、ウォルトンの場面描写のうまさが光る。全曲中、最も輝かしい勝利の音楽が「アジャンクールの歌」で、約7倍の数のフランス重騎兵を相手に長弓隊を中心としたイギリス軍が圧勝した1415年のアジャンクールの戦いを描いている。「ヘンリー5世」は戦時中の1944年公開の映画ということもあり、国民の愛国心高揚を狙った国策映画としての性格が強い。従って、曲も勝利の栄光をイメージさせる作りとなっている。
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