チャールズ・ヒューバート・H・パリー

Sir Charles Hubert Hastings Parry(1848-1918)

 パリーは、若かりしころ世界初の保険会社として知られるロイズの社員として働き、その後作曲家に転身したという少々変わった経歴の持ち主である。しかし、ホルストは学校の教員として働きながら作曲をしていたし、ディーリアスは農園経営を行っていたので、彼だけが二足のわらじをはいていたわけではない。ただ、ロイズに勤務していたビジネスマンであったのがめずらしいということなのであろう。中年になってから本格的な作曲活動を開始したパリーは、1895年に創立された王立音楽大学の教授に就任し、ヴォーン=ウィリアムズ、バターワース、ホルスト、ハウエルズなどの数多くの作曲家を育てた教育者でもあった。パリーの指導を受けた後進の作曲家たちはこぞって彼を偉大な作曲家と評している。それは彼の代表作の一つである交響曲第2番を聴けば十分納得できる。なお、パリーはドイツ・ロマン派を字で行くような作風を特徴としている。メンデルスゾーンやシューマン、ブラームス(ついでにリストやワーグナーも)の音楽技法をベースにしており、果てはヘンデルやバッハの影響も受けているそうである(特に彼はブラームスに心酔していた)。しかし、だからといって彼がドイツ音楽に魂を売ったわけではなく、しっかりとヘンリー・パーセルに代表されるイギリス音楽の伝統も重視していたという点も見逃せない。いずれにせよ、パリーの作品はドイツ風イギリス音楽ということになるのであろう。ドイツ好きの皆さんには、割とパリーはお気に入りの作曲家のとして殿堂入りを果たせる一人なのではないかと思う。

パリー・ディスコグラフィ(M.M所蔵のLP・CDの一覧です)


CHANDOS
CHAN 9120‐22
【パリー・交響曲全集】
交響曲第1番ト長調、交響的変奏曲ホ短調、交響曲第2番へ長調「ケンブリッジ」、交響曲第3番ハ長調「イングリッシュ」、交響曲第4番ホ短調、交響曲第5番ロ短調「交響的幻想曲1912年」

マティアス・バーメルト/ロンドン・フィルハーモニック

 あなたもこのBOXSETでパリー通の仲間入り。
 まずこの中で、最初に聴いておきたいのは何といっても代表作の交響曲第2番である。この曲は、彼がバイロイトでワーグナーの楽劇「パルジファル」を聴いて感銘を受けて帰ってきた後に書かれた作品で、多少なりともワーグナーの影響を受けたとされるものである。しかし、曲自体はメンデルスゾーンやシューマン、ブラームスなどのイメージが強く、彼の作品のベースとなる曲調を大きく変えるほどにはインパクトは強くなかったのかもしれない。第1楽章の導入部では暗めの雰囲気が漂っているが、主題へ突入すると一転して快活にオーケストラが鳴り響く。全体としては明るい曲であるが、第3楽章ではブラームスのような憂いをたたえた旋律を聴くことができる。交響曲第1番は、第1楽章では古典的な旋律が聴かれるが、所々でドヴォルザークの初期の交響曲を思わせる軽やかな旋律にめぐり合うことができる。交響曲第3番は、古典的な曲調が支配する落ち着いた感じの曲である。ライナー・ノーツによれば、メンデルスゾーンの「イタリア」やシューマンの「ライン」に相当する曲であると書かれてあり、山尾敦史氏も同様のことを書いているが、私が思うにハイドンやブラームス的な要素のほうが強いようである。たしかに所々シューマンの作品を聴いているような気がするところはあるが……。交響曲第4番は、メンデルスゾーンの「スコットランド」を聴いているような、まさに「疾風怒濤」の表現がぴったりあう作品である。激しいうねりを聴かせる第1楽章が印象的である。この楽章の中間部でワーグナーのライトモティーフが登場してくるのはご愛嬌といったところだろうか。ゆったりと流れる荘厳な第2楽章も聴き所である。交響曲第5番は、これまでの交響曲とは一味違ったイメージを持つ作品である。まず、今まで大きく違うところは、第1楽章は「ストレス」、第2楽章は「愛」、第3楽章は「プレイ」、第4楽章は「現在」と各楽章に表題がついているところである。しかも、これらの楽章はタイトルから一見関連なさそうに見えるが、じつは各楽章が切れ目無く演奏されることからも、全体でひとつの曲として密接に結びついていることがわかる(なお、この曲は交響詩「死から生へ」の主要動機が全曲にわたってふんだんに使われている)。曲の雰囲気も、これまでのドイツ的なイメージとは違ったイギリス的な要素も垣間見られる。ようく聴いてみるとエルガーと似た響きを感じ取ることができるはずである。
 バーメルトは落ち着いた指揮振りで派手さはないが、堅実かつ丁寧な音作りに励んでいる。もう少し力強さと威勢のよさがほしいと思える部分も多少はあるが、総じて出来はすこぶる良い。パリーの音の世界を堪能するのに最適のアルバムである。

NAXOS
8.553469
交響曲第2番へ長調「ケンブリッジ」、書かれなかった悲劇への序曲、交響的変奏曲ホ短調
アンドリュー・ペニー/スコッティッシュ・ナショナル管弦楽団

 まずは聴いてみようという方のためのパリーを知るための入門盤。
 数少ないパリーのアルバムの中でも唯一の廉価盤がこれである。しかも他のアルバムではなかなか聴けない「書かれなかった悲劇への序曲」が挿入された貴重な録音でもある。ペニー/SNOは、バーメルト/LPOがじっくりと腰を据えた演奏をしているのに対して威勢の良い快演を聴かせてくれるが、交響曲第2番では所々でヴァイオリンのピッチ(音程)が多少ずれていて、うわずって聞こえていたのは少々気になった。しかし、それなりにちゃんと演奏しているので、それを差し引いても充分満足できる出来なのではないかと思う。「パリーの作品って、どんなもんなのかなあ」と多少なりとも興味を持って聴いてみようと思われる方には、最初の一枚としてお勧めできるCDである。

CHANDOS
CHAN 7006
交響的変奏曲ホ短調、演奏会用小品ト短調、連なった2つの章による交響詩「死から生へ」、ブラームスへの哀歌
マティアス・バーメルト/ロンドン・フィルハーモニック

 パリーが心酔するブラームスのごとき曲の造形と哀愁をもった音楽。
 交響曲全集もさることながら、パリーの代表的な管弦楽作品を集めたこのアルバムも捨てがたい。交響的変奏曲は、ブラームスの「ハイドンの主題による変奏曲」を意識して書かれた作品。しっかりとした構成をもつ一本筋の通った一点の曇りも無いほどにブラームス的である。「演奏会用小品」(これはなぜか"Concertstück"とドイツ語で表記されている)は、何となくブラームスの「悲劇的序曲」を連想させる作品。最後の「ブラームスへの哀歌」も含めるとブラームス尽くしといった感じを受ける。それほどにパリーはブラームスを敬愛していたということなのであろう。「死から生へ」は、2つの関連するテーマに基づいた連作交響詩である。最初の楽章は「死への道」という悲劇性を強く前面に押し出した暗い曲で、次の「生(人生)への道」は希望を持って前進しようというような感じの曲で、中間部で最初の暗く悲劇的な主題が現われるが、最後にはロマン派の定番、「輝かしい勝利」をたたえるかのような勇壮な旋律によって幕を閉じる。さて、最後は「ブラームスへの哀歌」である。この曲は、1897年4月にパリーが敬愛してやまないブラームスが没したことに深く感化されて作曲したもので、私はこのアルバム中で最も注目すべき作品だと考えている。特に展開部におけるブラームスのごとき哀愁を漂わせたクラリネットとその後に続く、弦のすすり泣くような旋律は胸を締め付けずにはいられない。また、「ブラームスよ、安らかに眠れ」といっているかのような最後のフレーズには涙を誘われる。この曲は、まさしく「ブラームスへのレクイエム」なのである。この美しくもはかない旋律に誰しも目頭を熱くすることであろう。
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