ハーバート・ハウエルズ

Herbert Howells(1892-1983)

 ハウエルズの作品を聴いてみると、ヴォーン=ウィリアムズやディーリアスなどの往年のイギリスを代表する作曲家を彷彿とさせる叙情性と豪快さを併せ持つ作曲家であることが実感できる。まあ、彼の場合は「タリスの主題による幻想曲」の初演を聴いて作曲家を志すようになったので、当然のごとくヴォーン=ウィリアムズの影響を強く受けている。だが、実際に聴いてみると、ヴォーン=ウィリアムズにはない音の世界を垣間見ることができる。ハウエルズはどうやらピアノの音色がことのほか気に入っていたらしく、いくつかの管弦楽作品の中において、快活で弾むようなフレーズが登場してくる箇所では、目だってピアノが使われている。ところで、CHANDOSのライナーノーツには、ハウエルズのことを輝かしい才能を持ち個性的ではあるが、ほとんど知られていない作曲家と書かれてあった。たしかに知られざる作曲家の1人ではあったが、最近ではヒッコクスやハンドレイなどの活躍によって彼の名声も徐々に上がってきているようである。しかし、未だに知られざる作曲家としての地位に甘んじているのが現状である。「楽園の賛歌」や組曲「B's」などの優れた作品を聴くにつけ、ハウエルズの作品はもっと沢山の人に聴かれてもいいのではないかという思いが強くなってくる。

ハウエルズ・ディスコグラフィ(M.M所蔵のLP、CD等の一覧です)


CHANDOS
CHAN 9410
組曲「華やかな野外劇」より王の使者、天国の舞曲、チェロと管弦楽のための幻想曲、チェロと管弦楽のための挽歌、田園狂詩曲、行列
リチャード・ヒッコクス/ロンドン交響楽団、モレィ・ウェルシュ(チェロ)

 「明」と「暗」の対照的な性格を併せ持つ管弦楽作品集第1弾。
 「王の使者」は、ジョージ6世の戴冠式典のための作品の1つで、もとはブラスバンド用に作曲されたものを管弦楽用にアレンジしたもの。前途洋々たる始まりを告げるような華々しいファンファーレが気分を浮き立たせてくれる。「天国の舞曲」は小鳥のさえずりのようなフルートとオーボエ、跳ねるようなピアノによって「楽園」の平和で陽気な雰囲気が醸し出されている。自らの息子の死が影を落とす「幻想曲」は、穏やかにまたは堰切るように語りかけるチェロとオーケストラがハウエルズの複雑な心境を描いている。「挽歌」は、流れるように奏でられるチェロと木管のやさしい旋律と厳しい現実への苦悩とでもいうような旋律が同居する作品で、最後は暗く静かに締めくくられる。この曲と「幻想曲」は、もともとチェロ協奏曲として構想された作品であることから、曲の性格が非常に似通った姉妹作とでもいった位置付けとなっている。5曲目の「田園狂詩曲」は、朝の田園風景を描写したような作品。田園の夜明けを想起させる導入部に続いて、農民や森の生物たちが生き生きと活動をはじめる昼間の雰囲気が描き出され、やがて日没と共に静かな帳の訪れへと至る。この曲の中間部はディーリアスを想起させ、静寂の中へ消え入るように終わるコーダは、ヴォーン=ウィリアムズの田園交響曲のようでもある。もとはピアノ曲であった「行列」は、遠くから重々しい足取りで近づいてくる行列が反対側へと去っていくまでを描いている(この曲はハウエルズが夢で見た情景からインスピレーションを得て作曲したそうである)。

CHANDOS
CHAN 9557
管弦楽のための組曲「B's」、ヴァイオリンと管弦楽のための3つの舞曲、緑の道にて
リチャード・ヒッコクス/ロンドン交響楽団、イヴォンヌ・ケニー(ソプラノ)、リディア・モルドコヴィッチ(ヴァイオリン)

 ハウエルズの優れた才能を感じさせる管弦楽作品集第2弾。
 組曲「B's」は、そのタイトルから察することができるように、「B」の頭文字のつく愛称を持つ彼の友人をテーマとする5曲構成の作品。第1曲「Overture: Bublum(ハウエルズ自身の愛称)」は、マスネの組曲のように明るく軽快で、変化に富んでいる。第2曲「Lament: Bartholomew(イヴォル・ガーニーの愛称)」は、木管とホルン、弦楽、ハープによる美しい音楽。「悲歌」と名付けられているがそれほど悲しげな感じは受けない。第3曲「Scherzo: Blissy(アーサー・ブリスの愛称)」は、リリカルな旋律のなかにもおどけたような節が突拍子もなく登場する短めの曲。第4曲「'Mazurka' alias 'Minuet': Bunny(フランシス・ウォーレンの愛称)」は、弾むような旋律と美しく流麗な旋律とが交互に登場する。第5曲「March: Benjee(アーサー・ベンジャミンの愛称)」は、はつらつとした力強い行進曲ではあるが、多種多様な性格を併せ持った2拍子の曲のメドレーといった感じでもある。この曲は、同じように自分の知人や友人をテーマとするエルガーの「エニグマ」変奏曲を意識しているようにも見うけられる。「3つの舞曲」も是非とも聴いておきたい作品のひとつである。特に第1曲目と第2曲目がお勧めである。第1曲目のヴァイオリンとパーカッションによる東洋風な旋律が印象的で、第2曲目のヴァイオリンによる素朴なフレーズは郷愁を誘われる。「緑の道にて」は、5曲から成るソプラノ独唱による作品。個人的には、はかなげな美しさをもつ4曲目の"Wanderer's Night Song"が気に入っている。

Hyperion
CDA66610
弦楽合奏のための協奏曲、ヴァイオリンと管弦楽のための3つの舞曲 Op.7、ピアノ協奏曲第2番ハ短調
ヴァーノン・ハンドレイ/ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団、マルコム・ステュアート(ヴァイオリン)、キャスリーン・ストット(ピアノ)

 3つの個性的な協奏的作品。
 このCDのカップリング曲の中では最も新しい弦楽合奏のための協奏曲(1938)は、ヴォーン=ウィリアムズ的な旋律がちりばめられた作品で、バロック時代の合奏協奏曲の形式にのっとっている。一般には目立たない存在であるヴィオラが活躍しているところが聴きどころかもしれない。また、第2楽章ではバルトークのような節がチラッと登場するところがあり、聴いていて「おっ」と思わせられる。「3つの舞曲」は、モルドコヴィッチの鋭さが垣間見えるヒッコクス盤よりはこちらのほうが幾分肩肘張らずにリラックスして聴けるような気がする。エキゾティックな雰囲気をもつ1曲目が面白く、第2曲目のヴァイオリンが奏でる素朴でやさしい曲調も捨てがたい魅力をもっている。ピアノ協奏曲第2番は、フランス印象派風の曲で、ピアノの旋律にあわせてブラスとスネアドラムが効果的に使われた軽快な作品である。くるくるとめまぐるしく回転するようなピアノの旋律とオーケストレーションがいかにもラヴェルといった感じで、ラヴェル好きにはたいそう受けの良い作品ではないだろうか。

日本クラウン=Carlton
CRCB-6103
楽園への賛歌、チェロと管弦楽のための幻想曲
ドナルド・ハント/ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団、スリー・コーラス・フェスティバル合唱団、アプリル・カンテロ(ソプラノ)、デヴィッド・ジョンストン(テノール)
ノーマン・デル・マー/BBCスコッティシュ交響楽団、アレクサンダー・ベイリー(チェロ)

 息子の死の悲しみを乗り越えんとするハウエルズが描く楽園の情景。
 「楽園の賛歌」は、ハウエルズの代表作であると同時に数あるイギリスの管弦楽付き合唱作品の中でも比類ない傑作といっても良い、すばらしい逸品である。この作品はわずか9歳で他界した愛息ミッチェルへの追悼の音楽である。孤独感の漂うイントロダクションに続いて、感情が一気に吐き出されるように奏される悲しみの旋律は、ハウエルズの息子の死に対する言い知れない思いがあらわされている。「楽園への賛歌」というタイトルから察するに、この世から旅立ち、天上の楽園において安らかな日々を送っているであろう息子に対するハウエルズのメッセージといった内容を持つ作品なのであろう。この曲は、所々で抑えきれない悲しみや慟哭といった印象を受ける部分が見られるが、全体を通して美しく穏やかである。このような傑作がなぜかは知らないが、1938年に完成されてから12年にわたって日の目を見なかった。やがて、作曲家自身の指揮によって初演された時には、大きな反響を呼んだそうである。
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