ハーバート・ハミルトン・ハーティ

Sir Herbert Hamilton Harty(1879‐1941)

 ハーティは、ヘンデルの「王宮の花火の音楽」と「水上の音楽」の近代オーケストレーション編曲(現在の一般的なオーケストラ・コンサートでは、彼の編曲がスタンダードとなっている)を手がけた編曲者として、またウォルトンの交響曲第1番の初演者としても知られるアイルランド出身の音楽家である。彼は作曲家としてよりも編曲者・指揮者としてのほうが有名だが、指揮者としての豊富な経験から得られたオーケストレーションの妙技を生かした華麗な管弦楽作品を残している。ハーティは、フランスのラヴェルやドイツのリヒャルト=シュトラウス、ロシアのリムスキー=コルサコフらと並ぶオーケストレーションの達人であり、作品の数はそれほど多くはないが、いずれも充分に考え抜かれた効果的な演出によって音楽が生き生きと躍動感をもって奏でられる。彼の管弦楽作品から聴き取れる勇壮な金管の咆哮や厚みのある弦の響きは、多分にワーグナーの影響を感じさせる。室内楽の作品もいくつか残しているが、これは管弦楽のような絢爛豪華さとは裏腹に、詩情漂うこじんまりとしたたたずまいの素朴な音の風景をみることができるだろう。ハーティの作品は、個々の楽器の特性とその組合せによる音楽的効果を知りつくしたプロフェッショナルならではの名匠の逸品である。

*ハーティ・ディスコグラフィ(M.M所蔵のLP、CD等の一覧です)


CHANDOS
CHAN 7034
喜劇的序曲、アイルランド交響曲、幻想曲「アイルランドにて」、交響詩「ワイルド・ギースと共に
ブライデン・トムソン/アルスター管弦楽団

 ハーティの華麗なオーケストレーションを堪能できる1枚。
 イギリスの“Comedy”は、やたら脳天気でおどけたというものとは違い、ユーモアに多少哀愁のエッセンス入りといった趣がある。この喜劇的序曲も同様に威勢が良く陽気ではあるが、少々メランコリックな雰囲気も漂わせ、ハーティらしい作風が顕著にあらわれた作品である。アイルランド交響曲もある意味ハーティらしい彼の代表作である。タイトルからもわかるように、この曲はアイルランド民謡をふんだんに散りばめられた表情豊かな曲で、彼のゴージャスなオーケストレーションも十分に楽しめる。全4楽章のそれぞれに有名なアイルランド民謡の旋律を使っているが、中でも第2楽章の“The Blackberry Blossom”と第4楽章の“Boyne Water”と“Jimín Mo Mhile Stór”は日本でもなじみが深く、初めてこの曲を聴いた人でもすんなりと入っていけること間違いなし。最後は勢い良く盛り上がって大団円といっためでたい終わり方をする音楽である。「アイルランドにて」はフルート・ソロと管弦楽による幻想曲で、ハープの爪弾く寂しげな音色からはじまり、これまたフルートとオーケストラが情感たっぷりにゆったりと叙情的な旋律を奏でていくうちに、陰から陽へという具合に軽快で活気に満ちた終結部へ向かって展開していく。「ワイルド・ギースと共に」は、オーストリア継承戦争中のフランスにおけるフォンテーヌの戦い(1745)で活躍したアイルランド連隊の物語(戦いとその後)を題材とした、勇壮な中にも悲哀を感じさせる5部構成の交響詩である。この曲も、ハーティの音による描写が映える作品で、全体を通して聴きどころとなるフレーズが要所要所に散りばめられ、兵士たちの日常、戦闘での活躍、心の機微を巧みに表している。

CHANDOS
CHAN 7033
交響詩「リルの子ども」、ダブリン・エアによる変奏曲、ロンドンデリー・エア、ナイチンゲールの頌歌
ブライデン・トムソン/アルスター管弦楽団、ラルフ・ホームズ(vn)、ヘザー・ハーパー(ソプラノ)

  ドラマティックでもあり、軽快でもあり、感動的でもあるCD。
 「リル(リア)の子ども」は、継母の魔法によって白鳥に姿を変え、900年もの間方々の湖沼地を放浪しつづけなければならなかったアイルランド王リルの4人の子どもの悲劇を描いたアイルランドの伝説を題材とする7部構成の交響詩である。物語のイメージとは少々違って非常に劇的な展開を見せる音楽で、悲劇性が強調されている。特に、第5部と第6部において4人姉弟の長女が故郷を離れて放浪に生きつづける悲しみを歌うソプラノのヴォーカリーズは胸を打つ。なお、「リルの子ども」は彼にとっての白鳥の歌となったが、死を目前にした者の作品とは思えないほど気力に満ちた作品である(この曲はハーティが没する約2年前に完成)。ヴァイオリン独奏とオケによるダブリン・エアによる変奏曲は、非常に有名なアイルランド民謡をテーマとする叙情的かつ軽快な曲で、単純な旋律を巧みにアレンジして表情を変えていく。何となくブルッフのスコットランド幻想曲を連想させる部分もあり、親しみやすい旋律が暖かなヴァイオリンの音色によって彩られる佳曲といえよう。「ロンドンデリー・エア」は様々な曲に主題としてよく使われる民謡だが、ヴァイオリン、ハープ、弦楽オーケストラ用にハーティが編曲したものは、情感に訴え静かな感動が呼び起こされる類のものである。私が聴いたものの中でも特にお薦めできる編曲である。管弦楽つき歌曲「ナイチンゲールの頌歌」は、緩−急−緩の展開をみせる抑揚ある作品で、詩的でドラマティックな調べは聴き込むほどに味わいが増してくるイギリス声楽曲を代表する名曲といっても過言ではない。歌唱力にやや衰えがみられるが、曲の本質を引き出すヘザー・ハーパーの歌声もすばらしい。
前ページへ移動 Modern English Musicへ  トップページへ移動 インデックス・ページへ