ジェラルド・フィンジ

Gerald Finzi(1901‐56)

 「音の詩人」というとディーリアスを指すことが多いが、ディーリアスもさることながら、「音の詩人」と呼ばれるのにふさわしい作曲家はフィンジではないかと思う。彼が作曲した作品の数は少ないが、ひとつひとつの作品に垣間見える深い叙情性、心に染みわたり、時に心の扉を開放してくれるかのような音の響きは、作曲家フィンジの印象を長く心に刻み付けることだろう。彼は、ブリッジと同じく小編成の楽曲を好んで書き、特に弦楽合奏による地味ではあるが流麗かつ繊細な作品を残している。1956年に白血病で死ぬまでのフィンジの後半生は、美しい田園風景に囲まれたハンプシャー州ニューベリーの農家で平穏に過ぎていったようである。ささやかでも充実した日常が、おだやかで飾り気のない素朴な作品を生み出す土壌となっていたように思える。彼の作品に惹かれるのは、そのようなささやかでも充実した日常を感じとることができるからかもしれない。

フィンジ・ディスコグラフィ(M.M所蔵のLP、CD等の一覧です)


HMV
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ハイ・ヴォイスと弦楽合奏のためのカンタータ「生誕の日」 Op.8、テノールソロ・混声合唱と管弦楽のための頌歌「不滅の暗示」 Op.29
リチャード・ヒッコクス/シティ・オヴ・ロンドン・シンフォニア、マーティン・ヒル(テノール)、ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団、リヴァプール・フィルハーモニー合唱団、フィリップ・ラングリッジ(テノール)

 魂に訴えかけるフィンジの傑作声楽曲2作。
 イギリスの声楽作品は非常に優れたものが多いが、数ある秀作の中でも傑出した作品のひとつに「生誕の日」がある。流麗で憂いをたたえた弦楽による長い前奏部(Intrada)、その後に続くはつらつとしたテノールの歌声と弦楽のかけあいによるRhapsodyは特に圧巻である。この曲は、幾人かの演奏家が録音をしているが、その中でもこのヒッコクスとクリストファー・フィンジ(フィンジの息子)による演奏が特に良い。この2つの録音はなかなか甲乙をつけがたいが、録音が新しく、どちらかというと表現に深みがあるように感じられるヒッコクス盤をあえてお勧め盤としたい。終曲の"The Salutation"(終曲でありながら、手紙の書き出しの挨拶を意味するタイトルをつけているところが意味深である)での曲の余韻を残しながらすうっと退いていくような幕切れは、音の詩人たるにふさわしい結末ではないだろうか。2曲目の「不滅の暗示」は、田園詩人として名高いウィリアム・ワーズワースの詩によるカンタータとでもいった劇的な内容の曲である。フィンジには珍しく大編成の楽曲であり、他の繊細かつ内省的な作品とは異なり、人生の起伏を表現したかのような多少哲学的な内容の曲である。山尾敦史氏によれば、フィンジの作品の中でこの曲が最高傑作とされているそうだが、たしかに多彩な表情と起伏に富んだ内容からそのように言えなくもないが、フィンジの真骨頂は何といっても「生誕の日」ではないかと思う。

NAXOS
8.553566
クラリネット協奏曲 Op.31、5つのバガテル Op.23a、「愛の骨折り損」よりの3つの独白 Op.28、セヴァーン狂詩曲 Op.3、弦楽合奏のための「ロマンス」変ホ長調 Op.11、ヴァイオリンと小管弦楽のためのイントロイト Op.6
ハワード・グリフィス/ノーザン・シンフォニア、ロバート・プレーン(クラリネット)

 室内楽的な響きを生かした良品の数々。
 「クラリネット協奏曲」と「ロマンス」というフィンジの代表作2つをカップリングしたアルバム。この2曲を入れた録音は他にマリナー盤があるが、安価でありながら演奏も優れているこちらの盤のほうがお勧めである。さて「クラリネット協奏曲」だが、この曲は少々変わった協奏曲ではないかと思う。なぜなら、独奏楽器のクラリネットよりもバックの弦楽オーケストラが聴かせどころとなる「さび」の部分を演奏しているところが多い。なんか立場が逆転してしまっているような妙な印象を受けてしまった。「バガテル」もクラリネットと弦楽オーケストラのための音楽。「3つの独白」は、木管と弦楽による牧歌的ではかなげな短い3つの小品から成り、しみじみとした雰囲気がよい。「セヴァーン狂詩曲」と「イントロイト」は派手さはないが深い味わいの佳作である。「ロマンス」はその名にふさわしくロマンティックな雰囲気の漂う、切なく静かな愛の叙情詩といった風情のメランコリックな曲で、聴き込むほどに魅力が増してくる。まさしく音の詩人フィンジの真骨頂ともいえる名曲で、是非聴いておきたい逸品である。
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