エドワード・エルガー

Sir Edward Elger(1857-1934)

 エルガーといえば、まさしくイギリスの代名詞ともいえる作曲家。彼の作品を聴かずしてイギリス音楽は語れない。それほどまでにエルガーの作品はイギリス国民の間に浸透している。日本では、マスコミがイギリスの映像を放送するときに「威風堂々」第1番や交響曲第1番の第1楽章をよく流したりするので、エルガーの名前を知らなくとも彼の作品を必ずどこかで聴いているはずである。
 エルガーの音楽は古き良きイギリスを象徴しており、堂々としたいぶし銀の世界はダンディなおじ様系がお好みの若い女性にもお勧めである。しかし、エルガーは単に渋いだけではなく、序曲「コケイン」などの活発で明るい曲や弦楽のためのセレナーデのような美しい叙情性をたたえた作品を数多く残している。現在は、録音も多数出ているので、エルガーの様々な作品を楽しむことが出来る。

エルガー・ディスコグラフィ(M.M所蔵のLP、CD等の一覧です)


Decca=London
417 719-2
行進曲「威風堂々」Op.39(全曲)、序曲「コケイン(ロンドンの下町)」Op.40、オリジナルテーマによる変奏曲「エニグマ」Op.36
サー・ゲオルグ・ショルティ/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団、シカゴ交響楽団

 エルガーのファースト・チョイス盤としてお勧めの1枚。
 エルガーの作品の中でも、もっとも親しみやすい曲を集めたアルバム。この組合せの録音は数多く出ているが、私が過去に聴いたものの中でもこの一枚は特にお勧めである。生粋のイギリスの指揮者による演奏と比べると派手目の演奏ではあるが、非常にダイナミックな好演である。「威風堂々」は、ボールトやバルビローリなどとも肩を並べる出来だと思う。また、「コケイン」も快活で楽しげな雰囲気が伝わってくる。フィナーレのフル・オーケストラとオルガンによる盛り上がりは他ではなかなか聴けない。「エニグマ」もいたって明快で、シカゴ交響楽団の技量が冴えている。

Decca=London
キングレコード
SLA 6386
交響曲第1番変イ長調 Op.55
サー・ゲオルグ・ショルティ/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

 エルガーの真骨頂、いぶし銀の世界を堪能できる通向けの曲。
 交響曲第1番は、渋い曲調と流れるような美しい旋律が同居する秀作ではあるが、どちらかというと通向けの作品で、初めて聴く人には少々とっつきにくいかもしれない。多少肩肘張った感じがしなくはないので、まずは変化に富んだ明るい曲調の交響曲第2番を聴いてからチャレンジするのも良いだろう。第1・第4楽章はいかにもイギリス的という表現がぴったりの硬派の世界。それに対して、第2・第3楽章は透明感のあるどこかはかなげな美しさを持っている。一般に強引な演奏を旨とするかのように思われているショルティが、このはかなげな美しさを余すところなく表現しているところがポイント。これまでのショルティに対するイメージが一新されること間違いなしの名演奏。
 現在、交響曲第2番とカップリングされた2枚組の廉価盤CDとして発売されている(もちろん、単発もあり)。

EMI
CDM 7 64724 2
交響曲第2番変ホ長調 Op.63、ソスピリ Op.70、エレジー Op.58
サー・ジョン・バルビローリ/ハレ管弦楽団、ニュー・フィルハーモニア管弦楽団

 エルガーの交響曲は、まず第2番から。
 交響曲第1番は長調の曲のくせに短調のように聞こえる割合暗めの曲だが、この第2番は一転して明るい雰囲気に包まれた、とっつきやすい曲である。比較的ゆっくりめの演奏(ショルティの演奏になれてしまった私には遅く聞こえる)でとうとうと聴かせるバルビローリの指揮振りは、ここでも健在である。ショルティの少々落ち着かない演奏とは違い、またダウンズやアンドリュー・デイヴィスのちょっと気が抜けた演奏とも違う、バルビローリならではの生真面目さと温かみあふれる演奏である。派手さはないが曲に対して誠実に向き合う姿勢が、オケの技量不足を補っているといえよう。
 なお、カップリング曲のソスピリは悲哀と刹那さに満ち溢れた心を締め付けるお涙頂戴の類の曲で、バルビローリはこれを情感たっぷりに弾かせている。まず、これを聴いた失恋中の方は続くエレジーで追い討ちをかけられ、ふらふらとロープに手をかけたところで、3曲目の交響曲第2番の楽天的な明るさによって救われ、自殺を思いとどまるという心憎い演出がされている。

CHANDOS
CHAN 7038
真紅の扇 Op.81、付随音楽「グラニアとダイアミド」Op.42、フロワッサール序曲 Op.19、オリジナルテーマによる変奏曲「エニグマ」Op.36
ブライデン・トムソン/ロンドン・フィルハーモニック、ジェニー・ミラー(ソプラノ)

 愛蔵盤の一枚として特にお勧めしたい優れた演奏。
 イギリスの指揮者は非常にまじめな人が多い(ビーチャムは除く)。このブライデン・トムソンもどうやらコツコツと実績を積んでいくタイプの人らしい。演奏を聴くとそれが良く現れているような気がする。ど派手などんちゃん騒ぎのような演奏ではなく、一音一音を大切に弾き、旋律を流れるままにまかせることなく、しっかりとした造詣を描く職人気質とでもいうべきものが感じられる。「エニグマ(謎)」は少々テンポが遅く感じられ、最終変奏では途中なかだるみのような感じを受け、コーダではもう少し速くても良いのではないかとも思ったが、それを差し引いてもCD全体の出来としては優れている。トムソンはエルガーの作品をそれほど多くは録音していないようだが、バックスなどのマイナーな作曲家の作品の録音に忙しくてエルガーまでは手が回らなかっただろうか。

NAXOS
8.550489
ヴァイオリン協奏曲ロ短調 Op.61、序曲「コケイン(ロンドンの下町)」Op.40
ドン=スク・カン(vn)、エイドリアン・リーパー/ポーランド国立放送交響楽団

 天下の難曲を難なく弾きこなすドン=スク・カンの技巧が冴える!
 ドン=スク・カンと同じ韓国出身の有名なヴァイオリニスト、チョン・キョンファとショルティ/LPOによる同曲の演奏に匹敵する名演。この演奏を聴いてまず感じたことは、韓国のヴァイオリニストは威勢が良いということである。元気いっぱい明快に音を響かせるストレートで力強い表現が印象的だ。チョン・キョンファの時も同じような印象をもったが、どうやら韓国の演奏家は力強さ、明快さを特徴としているらしい。情熱的ではあるが暗さを感じさせるエルガーのコンチェルトにおいて、暗いままで終わってしまうのではなく前向きに進んでいこうという活力を感じられるところがよい。リーパーもカンを良くフォローしている。カップリング曲の「コケイン」もGoodな出来である。エルガーのヴァイオリン協奏曲はどの演奏で聴こうか迷っているあなた!値段も1000円前後という適正価格。これは買って損のない買い物ですぜ。

HMV
HMV 5 72483 2
ヴァイオリン協奏曲ロ短調 Op.61、夜の歌 Op.15-1、朝の歌 Op.15-2、真紅の扇 Op.81
ユーディ・メニューイン(vn)、エイドリアン・ボールト/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

 メニューインとボールトのコンビによる珠玉の名演。
 EMIから出ていた録音をHMVがリメイクしたCD。メニューインは、ドン=スク・カンのような明快で線の太い演奏ではなく、幾分線は細いがテンポを若干落として楽器を丁寧に弾きこなした、より叙情性を強調した演奏をしている。自分の技巧を披露するよりも、作品の内面に迫ろうという姿勢には共感できる。これは恐らく彼の人間性に由来するところであろう。ボールト/NPOとの組み合わせも絶妙で、お互いが相手を引き立てながら進行していく協奏曲本来の姿がそこにはある(俺が俺がというような自己主張ばかりする演奏家は見習うべし)。リタルダンドやアッチェレランドを多用し、テンポの緩急が著しいのは、メニューインもボールトも19世紀的な奏法のなかで育ったせいであろう。現代のシャープな演奏とはひと味もふた味も違った温かみのある演奏である。
 カップリング曲の「夜の歌」と「朝の歌」は、午後のくつろぎのひとときを紅茶をすすりながら聴くのにぴったりな穏やかな雰囲気を持った小品。

東芝EMI
TOCE-7222
チェロ協奏曲ホ短調 Op.85(ディーリアス:チェロ協奏曲とのカップリング)
ジャクリーヌ・デュ=プレ(vc)、サー・ジョンバルビローリ/ロンドン交響楽団

 ドヴォルザークと並ぶチェロ協奏曲の名曲を天才デュ=プレが朗々と歌い上げる名演。
 若くして多発性硬化症によって他界したジャクリーヌ・デュ=プレ(指揮者のダニエル・バレンボイムの細君であった)の代表的な演奏として名高い録音。エルガーのチェロ協奏曲は第1楽章〜第4楽章まで一貫して暗さがつきまとうので、ドヴォルザークのチェロ協奏曲と比べるとなじみにくい曲(この曲を聴くとドヴォルザークがいかに楽天的かがわかる)だが、最初はなじめなくとも聴きこんでいくうちにだんだんと惹きつけられるようになってくる。そんな魅力を持ったエルガー晩年の大作を、デュ=プレは若干20歳とは思えないほどの貫禄を持って演奏している。導入部はもっとためて弾いた方が良いのではとも思ったが、その後に続く憂いをたたえた主題は情感をもって朗々と歌い上げており、強く心に訴えかけるものがある(彼女が長い闘病生活の末に亡くなったことを考え合わせると涙なくしては聴けない)。まさしく同曲の決定盤と言っても過言ではないだろう。
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