マルコム・アーノルド

Sir Malcolm Arnold(1921-)

 大抵の方はアーノルドという名前は知らなくとも、「戦場にかける橋」という映画はご存知だろう。この映画の付随音楽中もっとも有名な「ボギー大佐」のテーマは、ケネス・アルフォードという人物の作によるものだが、それ以外の曲はアーノルドによって手がけられたものである。彼はもともとオーケストラのトランペット奏者として活躍したこともあり、管楽器を駆使した華麗でダイナミックなオーケストレーションによる作品を得意とする作曲家である。だが一方では、マーラーのような内向的で深刻さないしは悲劇性を伴う作品はあまり得意とはいえないようである。彼の交響曲第9番はマーラー的な音楽を意識した作品だが、はっきりいって私は面白いとは感じなかったし、深刻さを飾っているようにしか聞こえなかった。これ以外にもいくつかの協奏曲を聴いたことがあったが、これも音を派手に飾っているけれども中身のない作品という印象を抱いてしまった。私とアーノルドの出会いはあまり良いものではなかったが、やがて数年たって、少しづつ彼の代表作を聴いていくにつれて、何となく彼の作品の魅力がわかってきたような気がする。アーノルドの音楽は、率直さと豪快さがもっとも魅力的であり、へたに深刻ぶらないほうが作品の仕上がりは良いのではないかと思う。

*アーノルド・ディスコグラフィ(M.M所蔵のCD、LP等の一覧です)


EMI
5 66324 2
交響曲第2番 Op.40、交響曲第5番 Op.74、ピータールー序曲 Op.97
サー・チャールズ・グローヴズ/ボーンマス交響楽団
サー・マルコム・アーノルド/バーミンガム市交響楽団

 まずはこの一枚!グローヴズと作曲者本人による決定的名盤。
 アーノルドは、シンフォニストと呼べるような作曲家ではない。彼の作曲による交響曲は、私が聴いたところでは、どちらかというと「交響曲」というよりは「組曲」といった風情である。それぞれの楽章が「我」を主張しており、一貫したテーマによって結びついているようには思えないのである。しかし、だからといって彼の交響曲が駄作であるというわけではない。特に交響曲第2番は、彼のオーケストラ作曲家としての類まれな才能を目の当たりにさせられる作品で、第2楽章と第4楽章のハイ・テンションな曲の展開に惹きつけられる。グローヴズ/ボーンマス交響楽団も力強くダイナミックな好演。交響曲第5番は、少々内向的な雰囲気をたたえており、ショスタコーヴィチに若干作風が似ている(特に第3・第4楽章)。第4楽章は若干おちゃらけた雰囲気はあるが、そこがアーノルドらしいところかもしれない。彼は内向的な音楽はあまり得意とはいえないが、この曲に関しては、比較的成功している方ではないかと思う。最後に録音されている「ピータールー序曲」は、アーノルド畢生の傑作の一曲といっても過言ではない作品である。1819年4月16日のマンチェスターのセント・ピーターズ・フィールズにおける虐殺を描いたもので、最初は穏やかな旋律が流れ、不穏な空気が漂いはじめ、やがてブラスとパーカッションが荒れ狂い(ちなみにこの曲ではスネアドラムを2台使用)、異常な緊張感をもって曲が進行する。銅鑼の一発の後に、あたりは静まり返り、騒乱の後の悲劇を暗示するホルンの苦しげな咆哮が奏された後、冒頭の主題が繰り返され、力強く感動的な盛り上がりをみせて曲が終わる。この曲の自演盤は、他にBBC響とのものがあるが、別人の演奏ではないかと思えるぐらい違っており、演奏は格段にこちらのほうがよい。

Conifer
75605 51298 2
序曲「酔っ払いベッカス」 Op.5、水上の音楽 Op.82b、記念祭序曲 Op.99、フィルハーモニック・コンチェルト Op.120、ピータールー序曲 Op.97、管弦楽のための装飾 Op.112、弦楽のための交響曲 Op.13
ヴァーノン・ハンドレイ/BBCコンサート管弦楽団

 Malcolm Arnold, Orchestral Music Best Album
 アーノルドの代表的管弦楽作品を集めたベスト・アルバムとでも言えるのが、このハンドレイ盤である(ジャケットが星条旗だから、初めて聴く人はアーノルドをアメリカの作曲家と勘違いしそうだ)。最後の弦楽のための交響曲を除いて、ブラスとパーカッションが大活躍する豪快な作品がこれでもかこれでもかと登場。このアルバムを聴くにつけ、アーノルドは本当に絢爛豪華なオーケストレーションのうまい作曲家であることを実感させられる。豪快でありながらも、がちがちで強引な曲調なのかというとそうではない。単なる「イケイケ」(死語)作曲家ではないということが、このアルバムからも聴き取れるのではないかと思う。総じて「悲劇性」とは無縁の音楽で、「ピータールー序曲」のように、わりと深刻なテーマのものでも、アーノルドのオプティミズムな作風がにじみ出ていたりする。「水上の音楽」や「記念祭序曲」などは、お祭り的な雰囲気が強く、陽気で楽器をゴージャスに鳴らすところなどは、特にブラスバンド愛好家にはお薦め。

CHANDOS
CHAN 9100
大管弦楽のための組曲「クワイ川の橋(戦場にかける橋)」、小管弦楽のための小組曲「ホイッスル・ダウン・ザ・ウィンド」、管弦楽のための狂詩曲「サウンド・バリアー(音の障壁)」、組曲「ホブソンの選択」、組曲「宿屋の6番目の幸運」
リチャード・ヒッコクス/ロンドン交響楽団

 アーノルドの傑作映画音楽作品選。
 ダイナミックな音の饗宴という言葉がふさわしい、アーノルドのエンターテイナーとしての素質を十二分に伝えるアルバムで、聴いていて楽しくなってくる。聴きどころは、何といっても日本人になじみの深い「戦場にかける橋」であろう。この曲を聴いて、今のSFXを駆使した派手派手の映画とは一味も二味も違った、失敗は許されないという緊張感の中で作られた実写による昔のスペクタクル映画を堪能した、あの一時の思い出に浸るというのも良いだろう。このアルバムに収められている曲は、どれも名作ばかりではあるが、中でも私のお気に入りは、イギリス流コメディの粋とでもいえる「ホブソンの選択」という曲である。ユーモアのセンスあふれる曲調に、リリカルでもあり、エレガントな表現を挿入し、ふと寂しげな面影をうかがわせる、そんな滋味あふれる演出が、何とも言えず、いい味を出している。

NAXOS
8.553526
イギリス舞曲集第1集 Op.27、イギリス舞曲集第2集 Op.33、4つのスコットランド舞曲 Op.59、4つのコーンウォール舞曲 Op.91、4つのアイルランド舞曲 Op.126、4つのウェールズ舞曲 Op.138
アンドリュー・ペニー/クィーンズランド交響楽団

 変化に富んだカラフルなダンス音楽!
 アーノルドの管弦楽作品の中でも出色の出来といっても良いのが舞曲集であろう。ピータールー序曲やフィルハーモニック・コンチェルトなどの作品も、もちろんすばらしい出来ではあるが、単なる舞曲の枠に収まりきらないカラフルな色彩感あふれるこれらの作品群は、アーノルドの才能を十二分に花開かせたものといえよう。はつらつとして軽快かつ楽しげな旋律、管楽器によるゴージャスで重厚な音の響き、民俗調の躍動的なリズム、エレガントで流麗なステップ、これらの要素が様々な表情を変えて登場してくる。しかも、一曲一曲が短いので、気楽に聴けるところも大きなポイントだろう。ペニー/クィーンズランドのコンビの演奏もなかなかである。南半球のオーケストラはあまり注目されることがないが、チェレプニンの交響曲を録音したシンガポール交響楽団にしても、このクィーンズランド交響楽団にしても、北半球のオーケストラに負けず劣らずすばらしい演奏を披露してくれる。価格も安い上に、アーノルドの魅力を満載したアルバムである。
前ページへ移動 Modern English Musicへ  トップページへ移動 インデックス・ページへ