ウィリアム・アルウィン

William Alwyn(1905-85)

 アルウィンは、ウォルトンと同様にドラマティックな表現のうまい作曲家である。アルウィン自身、「全て交響曲は、ドラマである。それが古典的な作品であろうとロマン派であろうと、対比と感動のドラマである」と言っているように、彼の交響的作品(交響曲は5曲作曲している)はどれをとってもドラマティックである。この「ドラマ」とは、様々な要素が、その時々の場面で表情を変えながら複雑に進行していくストーリーと捉えることができるだろう。劇的であるというと楽器ががんがん鳴り響き、やたら芝居がかった大げさな表現を連想したりすることが多いが、アルウィンの作品は、ブラスやパーカッションを駆使したダイナミックな旋律と弦楽による繊細で美的な旋律とが渾然一体となり、スケールが大きい中にもこじんまりとした表情を見せ、次から次へとすばやく場面転換を行っていく、複雑でもあり明快でもあるという特徴をもっている。これは、まさしく彼が言うところの「ドラマ」そのものということができよう。実際に彼の交響曲を聴いていると、ストーリーの展開を思い描くことが可能なほどである。さらに、他の管弦楽曲や協奏曲なども繊細かつ優美な表現が聴く者を魅了する作品ばかりであり、これまでに私が聴いたものは、どれもこれも聴いていて損のないおすすめ品である。なお、彼は音楽だけではなく絵画の分野にも片足を突っ込んでいたようで、風景画を中心とした割と多くの油絵を残している(CHANDOSのCDには彼の描いた油絵がジャケットとして使われている)。画風はゴッホとムンクが混じったような感じで、そこには一種独特な世界が繰り広げられている。

アルウィン・ディスコグラフィ(M.M所蔵のLP、CD等の一覧を掲載しています)


CHANDOS
CHAN 9155
交響曲第1番、ピアノ協奏曲第1番
リチャード・ヒッコクス/ロンドン交響楽団、ハワード・シェリー(ピアノ)

 スペクタクル映画を見ているかのような臨場感のある交響曲第1番。
 何かを暗示させるかのような少々不気味なイントロダクションから緊張感を増幅させるブラスによるフォルテへと進む第1楽章は、弦楽による叙情的な旋律とブラスによる咆哮が交互に現われる変化に富んだ内容を持っている。そのまま切れ目なく突入する第2楽章も、第1楽章の性格を幾分か受け継いでいるが、第1楽章よりは明るい雰囲気がある。これまで怒涛のごとくブラスとパーカッションがうなっているところに、突如として美しく柔和な旋律が現われ、また怒涛のフォルテへと突入していく絶妙なコントラストがすばらしい。第3楽章のアダージョは、聴く者を捉えて離さない魅惑の旋律に支配された美的で牧歌的な音楽を展開している。しかし、ここでも身に迫り来る不安を象徴するかのような不気味な旋律が聴かれる。第4楽章は、これまでの不安を払拭するかのような力強いファンファーレが奏され、途中で悲劇を暗示する旋律が現われるが、コーダへ向けて俄然盛り上がりをみせ、トランペット、ホルン、トロンボーンが高らかに勝利の喚声をあげつつドラマティックに終わりを迎える。ピアノ協奏曲第1番は15分強という少々短めの曲で、ドイツ風の重厚さは見られず、どちらかというとフランス風、ないしはロシアの新古典派風の色合いを持つ。これは、イギリスを代表するヴィルトオーゾ、クリフォード・カーゾンのために書かれた作品でもある。

CHANDOS
CHAN 9093
交響曲第2番、「マスク」より序曲、交響的前奏曲「魔法の島」、序曲「ダービー・デイ」、喜ばしき祭典へのファンファーレ
リチャード・ヒッコクス/ロンドン交響楽団

 暗いながらも情熱的な2部構成の交響曲&アルウィンの魅力満載の管弦楽曲選。
 暗き情熱がほとばしる交響曲第2番は、ピアニッシモから徐々にフォルテへと不安を増幅していくかのように進行していくアルウィン十八番の展開によって始まる。この交響曲は古典的な4楽章構成にとらわれない、2つの連作交響詩とでもいった作品となっている。第1部は、暗く陰鬱な中に徐々に頭をもたげるように音の波が打ち寄せ、波がひいた後にしばらく鬱々とした雰囲気が続き、またブラスとパーカッションによる大きな波が打ち寄せる。第2部では、最初からフォルテによる悲劇的なモチーフが演じられるが、最後には力強く美しい旋律とそれに続く穏やかな調べが全体を支配する悲劇性を幾分か緩和し、曲は静かにコーダへと進んでいく。「マスク」序曲は、軽快なリズムによって16〜17世紀にかけてのイングランドを表現した明るい作品である。「魔法の島」は、シェークスピアの「テンペスト」から楽想を得たとされ、ちょっとワーグナー風のモチーフが入った幻想的な雰囲気を持った作品で、アルウィンの管弦楽作品の中でも注目の逸品。フル・オーケストラのための序曲と銘打たれた「ダービー・デイ」は、勝利に向けて疾走する競馬の様子を描いたもので、エキサイティングな魅力あふれる曲である。喜ばしき祭典へのファンファーレは、モデラートの幾分ゆっくりとした荘重なブラスとティンパニの演奏に混じって、中間部で木琴とグロッケンシュピールのちょっとリリカルな旋律が妙にはまった佳作。

CHANDOS
CHAN 9187
交響曲第3番、ヴァイオリン協奏曲
リチャード・ヒッコクス/ロンドン交響楽団、リディア・モルドコヴィッチ(ヴァイオリン)

 ヒロイックな悲劇性を帯びた交響曲第3番と、ヴァイオリンとオーケストラの明朗な響きのコントラストが映える協奏曲。
 3楽章構成の交響曲第3番は、悲劇性を前面に押し出したような鋭い表現が目立つ。前2作の交響曲も曲想に悲劇性を内包した表現が多々見られたが、特に第1〜第2楽章にかけては、それが強調されている。第3楽章では、それまでの悲劇的な曲想を引きずりながらも、苦悩からの救済、解放を表すようなおだやかさをもって終わる。この交響曲第3番を聴いていると、アルウィンのドラマティック・シンフォニーは、基本的なラインこそ変わっていないが、その表現方法において一層の深みが増しているように感じられる。カップリング曲のヴァイオリン協奏曲は、ヴァイオリンの繊細で饒舌な唄いまわしと、オーケストラの雄大でどっしりと落ち着いた表現のコントラストが楽しめる。この曲は、ブルッフやチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲と比べると派手さはないが、決して見劣りすることはない華麗かつ叙情性をたたえた聴きごたえのある秀作といえよう。

CHANDOS
CHAN 8902
交響曲第4番、エリザベス風舞曲、祝典行進曲
リチャード・ヒッコクス/ロンドン交響楽団

 往年のハリウッド映画ファンにはこたえられない大型巨編が目白押し。
 ゆっくりと静かに始まる導入部は、やがて曲の進行にしたがって徐々に盛り上がりを見せ、勇壮なブラスの雄たけびが第1楽章の山をかたち造る。聴いていると『ベン・ハー』か、それとも『スパルタクス』か、往年のハリウッド・スペクタクル巨編で、皇帝やら貴族やらがぞろぞろと入場してくる場面の音楽のような、そんな雰囲気があったりする。2楽章と3楽章も、所々でチャールトン・ヘストンが目の前をよぎり、オリヴィア・ハッセーが「おお!ロミオ。何故あなたはロミオなの」とのたまい、カーク・ダグラスがローマ兵を相手に大立ち回りを演じている。ここでも、アルウィンのドラマティック・シンフォニーが見事に結実している。エリザベス風舞曲は、1957年のBBCライト・ミュージック・フェスティバルでアルウィン自身の指揮で初演されたエリザベス1世と2世の治世、つまり中世と現代の2つの時代のコントラストを表現した作品で、交互にそれぞれの時代のスタイルにのっとった舞曲が演じられる。祝典行進曲は、ロイヤル・フェスティバル・ホールにおける国王ジョージ6世の即位式典のための曲で、さすがにお祭り用の行進曲とあって脳天気である。エルガーの威風堂々やウォルトンの戴冠式行進曲よりもおめでたさでは遥かに上を行く。それにしても、即位式典やらロイヤル・ウェディングやら、何かあるたびに作曲家に曲を作ってもらえるなんて、イギリスの王族ぐらいだよなあ。なんてしあわせなんだと思ってしまう今日この頃である。

CHANDOS
CHAN 9065
オータム・レジェンド(秋の伝説)、田園風幻想曲、悲劇的間奏曲、リーラ・アンジェリカ
リチャード・ヒッコクス/シティ・オヴ・ロンドンシンフォニア、レイチェル・マスターズ(ハープ)、ニコラス・ダニエル(コールアングレ)、ステファン・テース(ヴィオラ)

 弦楽合奏と多彩な楽器とによる表題付協奏曲集。
 こじんまりとした幻想的で美しい協奏曲を集めた作品集で、ドラマティック・シンフォニーを描くアルウィンとは一味違った魅力を味わうことができる。コールアングレ(イングリッシュ・ホルンとも言う)と弦楽合奏による「オータム・レジェンド」は、静かな中に不気味さを秘めた曲。中間部からコーダへ向けてのコールアングレの味わい深い調べが印象的である。ヴィオラと弦楽合奏による「田園幻想曲」は、和やかでやさしい旋律が心を癒してくれるような曲で、ヴォーン=ウィリアムズの「揚げひばり」のような雰囲気も併せ持っている。ティンパニの連打が悲劇的なイメージをいやがうえにも高める「悲劇的間奏曲」は、1930年代のヒトラーとムッソリーニによる対外侵略によって世界情勢が戦争へと至る危機的状況を反映した作品で、一貫して暗さがつきまとう。このアルバム中、特に注目の曲として是非聴いておきたいのが「リーラ・アンジェリカ」で、天使の歌という意味である。これはハープと弦楽合奏による協奏曲で、他ではなかなか聴くことができないハープの甘美な調べと弦楽の流麗な旋律とがマッチした傑作である。この曲は、音の詩人ディーリアスやフィンジ、さらにはブリッジに匹敵する優美さを兼ね備えており、交響曲で感じとれるダイナミックなアルウィンとは違った美的な空間を楽しむことができるはずである。
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