港町ツーリズム − ウォーターフロントの再生と新しい交流

大切にしたい海と共生する生活文化

北海道の函館は、最も人気がある港町の一つです。幕末の1854年に国際貿易港として開港場になり、洋館や外人墓地もあります。横浜、神戸、長崎、尾道などと共に、函館山から望む夜景が有名です。また、運河や倉庫などの歴史的建造物を保存しながら水際を再開発して、多くの旅行者を集めています。

平安時代に開港し、北前船や造船で栄えていた尾道は、尾道水道に面した駅前の部分が、再開発によってすっかり景色が変わってしまいました。尾道水道をはさんで正面に向島の一部になった小歌島(おかじま)があり、尾道駅を降りてすぐに自然の海岸が見えます。尾道は、瀬戸内海でも最も島が多いと言われるしまなみ地域の玄関口であり、自然の海岸を再生することの大切さを訴えるシンボルとなることでしょう。

尾道駅から東に歩いてすぐのところにあった木造の長屋も1998年に姿を 消しました。この長屋は戦後まもなく雁木に面して立てられたもので、小さな商店や食堂がならぶ風景は、大林宣彦監督の映画や、多くの作家の紀行文などに登場し、尾道の顔の一つになっていました。「清水食堂」は、やっと9人が座れる小さな店ですが、潮がひいている時は、雁木に新聞紙を敷いて穏やかな尾道水道を眺めながら食事をすることができました。私たち日本人は、雁木や灯台、神社など、歴史ある港町の風景を大切にして、海との際の空間で海とに濃密にかかわってきた生活文化を継承していかなければなりません。

 尾道から小歌島を望む

余談ですが、堀井令以知は、『語源をつきとめる』(講談社現代新書1990年)の中で、「物事をするのにちょうど都合の良いときをシオ、シオドキなどというが、潮をいう英語のtideは、時間のtimeと同じ語源である」と述べています。昔から私たちは太陽のリズムだけでなく、月のリズムに影響されてきたことを改めて認識することができます。

「日本ぐるっと一周・海交流」

NPO地域交流センターは、2002年から3年計画で日本各地にある海の交流拠点をネットワークし、海を活用した体験交流を実施する「日本ぐるっと一周・海交流」というプロジェクトを推進しています。このプロジェクトは、海の活用を考えると共に、内陸部の地域との交流も活性化させ、こらからのくにづくりを考える機会を創出するものです。2002年度は、北海道(小樽〜寿都〜奥尻〜松前〜室蘭)から南九州(鹿児島錦江湾)まで、15の地域で体験交流イベントが開催されました。

地域交流センターは、このプロジェクトを通して、海を活用した交流(ツーリズム)の拠点が整備され、情報提供や交流をコーディネートするスタッフがいる“海の駅”づくりを提案しています。隣接する港と港が連携し、日本全国がぐるっとつながり、また、海と内陸部の交流を見直すことによって、まちづくりを考え直すことが望まれます。潮の流れや風を利用し、天気と相談しながら旅をゆっくりと楽しむようなライフ・スタイルを取り戻すことも大切です。また、海から日本の海岸線を見ながら、海の活用と共に「自然破壊の進んだ海岸線をいかに再生するか」を考えなければなりません。

1994年に千葉県で開催された第11回全国都市緑化祭(グリーンフェアちば)の会場は、海岸線の埋め立てによって造られた幕張と稲毛でした。現在の海岸線は、かつて自然の海岸線があったところから1キロメートル以上も沖になっています。明治以降100年に渡る海岸線の埋め立てによって、多くの自然海岸が失われてしまいました。この埋立地に植えられた緑が、やがて「なつかしい」と思えるようにしたいという願いが「なつかしい緑を未来へ」というテーマに込められました。海外の旅行者は、日本のかみそり堤防とテトラポットにショックを受けるそうです。外国人に指摘されるまでもなく、日本の美しい海岸線を再生する努力が必要です。

ちなみに、日本初の海岸防波堤を手がけたのがエッシャーの父だったのです。坂根厳夫は、『科学と芸術の間』(朝日選書1986年)で「オランダの版画家M.C.エッシャーといえば、無限に滝の水が循環するふしぎな絵や、トカゲや魚のモザイク模様の作品などで、世界の若者たちの人気を集めている作家である。ところが、このエッシャーの実父であるG.A.エッシャー(1843〜1939年)が、明治初年に日本政府が招待したお雇い外国人技師として来日し、五年間も滞在して各地の治水事業に尽くしていたばかりか、日本人の現地妻までいたことが、最近明るみにでてきた」と紹介しています。

環境の保護活動の拠点づくり

今日、人類の未来と地球環境との関係において、明快な未来の方向性が見えなくなっています。人口の増加が最大も問題点と言われていますが、地球全体的には、21世紀半ばまでは減少傾向にならないようです。また、発展途上国が発展する権利と環境保護との間に矛盾があり、経済的な発展による地球温暖化をどこまで防止できるかが疑問視されています。

アメリカのボストンにあるケンブリッジ・セブンという設計・コンサルティング会社は、特に水族館の設計では世界的に有名で、ボストンのニューイングランド水族館をはじめ、ボルチモアや大阪の海遊館などの実績があります。これまで、人類の未来と健全な環境を調和させるプロジェクトを世界各地で提案してきました。

海洋関係のプロジェクトでは、海洋研究所と傷ついた海洋生物のリハビリテーション施設、そして、生きた海洋生物を見学することができる教育展示施設の3つが近接したまちづくりを訴えています。また、国際的なシンポジウムの開催ができるコンファレンス・センターや、ビジター・センターが世界各国に必要であり、それらがグローバルに連携することが需要になります。これによって、人間の未来と健全な自然環境を調和させ、グローバルな海洋環境の保護を推進するため、世界各国で進められている海洋環境の保護活動が、相互に連携して活動することの大切さを訴えています。

ボストンにあるニューイングランド水族館には、ボストン港を見渡せる部屋があり、窓には、What’s wrong with this picture?と書かれています。そして、ゴミが体積している海底の水槽も展示され、環境に対する関心を促していました。人類にとって大切な水際の空間で、環境破壊が世界的に進む中で、今後、ウォーターフロントの開発がますます重要になっています。

 ニューイングランド水族館の窓

進化のゲートウェイ「ウォーターフロント」

日本では昔から、干潮でできた潮だまりに、焼いた石をいれて海水を沸かして露天風呂として利用してきました。また、万葉集にも詠まれている古代の「藻塩」は、海草にたっぷりと潮水を含ませ、焼いてから水に溶かし、その上澄みを煮詰めてつくりますが、ミネラルを多く含み、魚や野菜の旨味を引き出して、食事を美味しくするそうです。

フランスを中心にヨーロッパでは、海岸を健康づくりの場として活用しています。海辺のきれいな空気や、海水、海藻、海泥などを利用するのが海洋療法をフランスでは、タラソテラピーと呼んでいます。海洋性気候を生かして、温泉欲や食事療法、運動療法を組み合わせた病気の治療やリハビリテーションが行われています。海で進化した私たちが陸の生活の中で受けるさまざまなストレスを、海が癒してくれます。

地球上の生物は、海の中で生まれ、上陸という大きな冒険において、前進と後退を繰り返しながら進化してきました。肺の前身となる浮き袋を獲得しながらも海に戻ったのが魚類です。爬虫類として海に戻ったのが海亀であり、哺乳類として海に戻ったのが、クジラやイルカ、オットセイやセイウチです。人間も海の成分を胎内の封じ込めて陸地を上がった歴史を体内に記憶しています。現代人がウォーターフロントやホォエール・ウオッチング、ダイビングなどを求めるのは、生物として当然の行動です。新化のゲートウェイである海との際をもっと大切にしたウォーターフロントの見直しが必要です。

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