健康ツーリズム − 旅行者と住民とを健康にするまちづくり

健康づくりにも有効な旅

日本旅行業協会の「旅と健康」調査プロジェクトで、2001年に実施された東京から九州の湯布院や阿蘇、雲仙、長崎などを回る2泊3日のツアーでは、「旅には体をリラックスさせ、疲れた心を癒す効果がある」ということが確かめられました。リラックスした状態の時にでるアルファ波の比率が増加、NK細胞が活性化、活性酸素を押させる酵素も増加、さらに、ストレスを感じた時に分泌されるアドレナリンなどの物質の減少が確認されたそうです。

健康ツーリズムの目的地として、日本国内で最も着目されている地域の一つが沖縄です。長寿県として世界的にも有名ですが、1996年10月に旧厚生省は、豊かな自然と温暖な気候を利用して、沖縄をアジアの健康づくり拠点にする「ヘルシーアイランド沖縄構想」をまとめました。南フランスの保養地などで普及しているタラソテラピー(ギリシャ語で海を意味する「タラサ」と、フランス語の「セラピー」の合成語)を導入しようという計画です。また、1997年度には同じく旧厚生省が調査した沖縄型健康増進プログラムで、沖縄の自然や文化に触れることで、ストレスの減少や免疫機能の活性化が報告されています。2003年2月に、1週間の日程で実施された「おきなわ長寿セミナー」では、13人中3人が活性酸素を除去する酵素、スーパー・オキシド・ジスムターゼ(SOD)の活性度が上がったそうです。

第二次世界大戦の当時、日本人の研究をしていたルース・ベネディクトは、『菊と刀』(社会思想社1972年)の中で、「日本人はまたよく好んで遠くの神社や寺へ参拝にでかけるが、これもまた非常に楽しい保養になっている」と述べています。保養や休養の「養」は、「明日に向かって英気を養う」という、能動的な意味があり、農閑期に旅に出ることは当時の日本人にとって理想的な休養だったのでしょう。江戸中期のころには街道が安全に整備され、民衆が秋の収穫が終わった後に、休養のために遠くの温泉や神社へも行くことができるようになりました。広島県にある厳島神社への参拝者も、岩風呂や七浦巡り、町内見物、芝居・軽業・羽二重人形見物など、物見遊山に多くの日数を費やしていたようです。

日本列島は、南北に三千キロに渡って細長く、亜寒帯から温帯、亜熱帯までの気候帯に属し、植生や食材、文化も多様で、健康づくりの面から見ると多くの資源に恵まれています。特に島という地形は自然の特性を利用して、自律神経やホルモンの働きを適正にしたり、アトピー性皮膚炎などのアレルギー症状を和らげたりする効果があると言われています。

世界長寿の旅

「100歳以上生きたい」または「120歳まで生きる」と言った目標を持っている人を対象に、世界の長寿地域を訪ねる旅も魅力あります。長寿に関する情報「一年中温暖で空気がきれいな中国の広西チワン族自治区では、低脂肪で栄養価が高い自然食を食べ、畑仕事で体力を養っている」「コーカサス山脈のグルジア共和国では、塩分の害を打ち消すカリウムを含むブドウやプル−ンや、腸に良いヨーグルトをたくさん食べている」「アフリカのマサイ族は、塩分の摂取量が世界一少なく、ミルクをたくさん飲んでいる」「南米のアンデス山中にあるヒルカンバ村では、野菜、果物、牛乳やチーズでカリウムをたくさん摂取し、食物繊維が多く含まれるトウモロコシとイモを主食にしている」など基にして、いろいろな企画ができます。

現地で100歳以上の人に会い、長寿の秘訣を伝授してもらいます。「いつも笑みを絶やさないこと」「野菜をたくさん食べること」ことなど、一般的なことであっても本人から直接聞くことに価値があります。現地の生活を体験し、最後に「長寿の旅」参加者全員で「私たちは100歳まで頑張って生きます」と宣言して、署名などをしてはどうでしょう。このような企画を考えれば日本国内で100歳以上の高齢者が多い九州、四国、中国地方の高齢化や過疎化が進む地域も、健康ツーリズムの資源を持っていることになります。

癒しの旅

高齢化社会になり、中高年のグループや子育てを終えた熟年夫婦の旅行が増加しました。特に四国八十八ヶ所巡礼や京都・奈良の寺社めぐり、自然との触れ合いを通じて自らを見つめ直す旅が人気を呼んでいます。不況によるリストラや親の介護による疲労などが背景にあると言われています。今後、「癒し」や「心」、「命」などをテーマにした旅は、更に増加すると考えられます。

「四国観光立県推進協議会」のパンフレットには、「四国八十八ヶ所巡り 時が経ても変わらず人の心を癒し続ける四国の旅。発心・修行・菩提・涅槃と空海の軌跡を辿ります」と書かれています。空海は、いろいろな事情で四国に流された人々、虐げられた人々を救えなくては、人の道を説くことができないと考えて、人々を癒すため遍路の旅をしました。人と人との絆を再発見し、癒し癒される関係を見つめなおす人生としての旅を可能にする受け皿が四国です。

富山と言えば「薬売り」と「立山」が連想されますが、薬草の採れる山々に囲まれた世界が描かれた「立山曼荼羅」が残されています。ヒマラヤ山脈があるチベットにも「薬草曼荼羅」があり、この二つ地域は「健康」をキーワードに共通点が多くあります。霊山信仰で山に登り、足腰を鍛えることは、自然を生かした健康増進法として、ストレス社会を生きる現代人をも癒してくれます。

居心地の良いコミュニティ健康施設

オーストリアのチロル山脈の中央に、オリンピックが開催された風光明媚な都市のインスブルックがあります。郊外にあるランスという小さな村に、ランサーホフという民間の健康施設があります。ドクター・K.X.マイヤーが創始したマイヤー健康法に基づき、消化器官の機能低下と、それに起因する器官の機能不全の原因を発見し、処置して健康を回復させるための施設です。一本の木の成長と生命力がその根に依存しているように、体の器官の中でも特に腸は4,000uの広さがあり、さまざまな治療の中心になっています。消化器官の静養、老廃物の除去、機能回復の3つを柱に、身体と精神および心理面でのケアが施されます。

ランサーホフは、4人のドクターを中心に最高の教育を受けたセラピストで構成されるチームが治療にあたります。最高の医療技術への信頼によって、利用者は心を解放し、治療の効果も上がります。利用者がすぐに居心地の良いコミュニティの中にいるように感じてもらうため、顔写真を円形に貼ってスタッフの紹介をしていました。患者と病院のスタッフとが自然に思いやりのこころが生まれる環境をつくることによって、自然治癒力が高まるようです。約3週間の滞在中に観光も楽しめ、都市生活者がたえず何かに追われているような気分やストレスから開放され、リラックスできることを大切にしていました。

長期滞在しても飽きないまちづくり

ドイツでは、健康を目的に長期休暇をとって旅行をする人が多くいます。それも病気になってから休むというのではなく、病気にならないようにする健康づくりを目的としたものです。現在、この健康ツーリズムの受け皿となる温泉保養地が250以上もあるそうですが、これは、日本の温泉保養地を参考にして人気が出たそうです。クーアオルトやクーアシュタットと呼ばれる温泉保養地の起源は、ローマ時代にさかのぼります。その後、ローマ帝国の衰退とともにさびれていましたが、1900年ころ、ヨーロッパの王侯貴族が休暇を楽しむ保養地として栄えました。その時、社交場としてつくられたのがクーアハウスと呼ばれる施設です。

フランクフルトの北にバート・ホンブルクという都市があります。バード・ホンブルクは、温泉保養地として古くから栄えた町で、現在では、フランクフルトの高級住宅地にもなっています。ここに近代的なレクリエーション施設タウナス・テルメもあります。このバート・ホンブルクで1840年、ブラン兄弟がヨーロッパ最初のカジノをクーアパルクの中につくりました。このカジノのシステムを、フランソワ・ブランが南仏モンテカルロにもたらして大成功し、世界的に有名になったカジノ公国モンテカルロの基礎となったとも言われていいます。

 タウナス・テルメの外観

クーアシュタットの一つ、ヴィースバーデンにはクーアパルクと呼ばれる公園を中心に、劇場やショッピングセンターがあり、周辺には多くの観光名所もあります。クーアハウスにはカジノもあり、高度化・多様化した現代人が長期の滞在しても、けっして飽きことがないようにまちづくりが行われています。「健康を求めて人が集まる町は、そこに住む人にとっても健康的な町である」ということを標榜していました。

バート・ナウハイムには有名な糖尿病クリニックがあります。家族的な雰囲気の中で平均19日間滞在して治療と健康教育を受けます。夫が糖尿病の場合、奥さんが料理の指導を受けます。糖尿病には日本料理が良いことが海外でも認められているので、将来、海外から糖尿病患者を受け入れることも考えられます。そのためには、ホテルや医療施設だけでなく、町全体でお客様を受け入れることを考え、長期滞在に対応できるようにすることが大切です。

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