10年後(少の主観)

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彼の人生の歩みが断ち切られた日まで書かれたその日記帳。
わたしはそれを閉じると、本棚の隅に収めた。
「おねぇちゃん」
ふいに背後から声がした。
振り返ると、まだ六歳になったばかりの男の子が泣きべそをかきながら立っていた。
「どうしたの、ロブ?」
「あのね、あのね、またミーシャがね…」
わたしは男の子と同じ目線までしゃがみこんで、服についた泥を軽く払ってあげた。
「またやられたのね、ぱー?」
「ぐー」
小さな握りこぶしを作ってアピールしてくれる。
「そう。それは酷いわね。お仕置きしなくちゃ」

わたしはおねぇちゃんと呼ばれたが、実際はこの子と血縁関係も戸籍上も繋がってはいない。
いや、この小学校を流用して居住している建物に住む全ての子供達にはほとんど家族がいない。
いたとしてもそれは兄弟姉妹の関係であり、父母祖父母といった家族関係のものは一人としていなかった。
これが、夜神ライトが世界中にばら撒いたデスノートを処理する為に、死神大王が介入した結果だった。
デスノートの所持者はデスノートを渡した死神でないと殺す事は出来ない。
しかし、人間界にあるデスノートの元の持ち主である死神はすべて夜神ライトによって殺されてしまっている。
その為、強攻策が採られた。
死神界の死神すべてを動因し、デスノート所持者の周囲の人間を徹底的に排除して、所持者を孤立させる。
所持者を餓死させるか、または精神が衰弱するのをまってからデスノートを放棄させ殺す。
その後、デスノートに関する情報を知り得る人間全てを殺す。
夜神ライトが死に際に世界中にデスノートに関する情報を配信したせいで、本当に多くの人間が死ぬ結果となった。
どれだけの人間が死んだのか、その具体的な数字は判らない。
生き残ったのは、8歳以下の子供達だけだったのだから。
子供達は団結し、力を合わせて生きてきた。
小学校を拠点に生活物資を集め田畑を、作り子供の力だけで生活をはじめた。
少なくとも、ここイギリスではこのようにして10年もの歳月が流れたのだった。

わたしはしばらくの間、少年の頭をさすり慰めていた。
と、窓の外が騒がしい事に気がついた。
窓の縁に大勢の人影が見える。
時刻は午後0時過ぎ。
いつもなら昼食の為に皆は校内に戻っているはずの時刻だ。
なんだろう?
わたしは少年を椅子に座らせ大人しくしているように言うと、玄関先へと向かった。

「おねえちゃん大変!」
部屋を出たところに大慌てで走ってきた女の子が声をかけてきた。
「どうしたのエーデル。外が騒がしいようだけど」
「それがね、もうとても大変なの」
息も絶え絶えで口にする。
「大人がね、大人の人が来ているの」
「へぇ…男の人?」
「そう!しっかも凄い格好良いの!ウチの男子なんか全然目じゃないのよ。モデル雑誌から飛び出してきたかと思ったほど」
「そう。表玄関にいるのね?」
「うん、おねえちゃんに会たいって言っていたよ」
ついに来た。
わたしはエーデルに笑みを浮かべたまま、こぶしにだけ力を込めた。
「わかったわ、ここまで伝えに来てくれてありがとう」
「どういたしまして」
いまだ上下動させているエーデルの肩をポンと叩いて表玄関へと向かう。
すれ違うわたしに彼女は視線を向け、
「あっ。おねえちゃん、どうして男の人だってわかったの?」
不思議そうな顔で尋ねてきた。
「貴方の目が輝いていたからよ」
エーデルは顔を真っ赤にした。

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