Desire 〜あなたの欲しいもの〜 1
 今日は11月11日。
 アンジェリークは、いつも通りの執務をこなしながらも頭の中は彼へのプレゼントのことで一杯だった。経済力は
断然彼の方があるし、欲しい物を聞いても答えない。プレゼントするものは何であれ喜んでくれるのだが、やっぱ
り本当に欲しい物をあげたい。

「…まさか、私…なんて言わないわよねー」
 言ってはみるものの、彼の態度からしてあり得ない事ではない。
「一応、訊いてみようかな…」
 聖殿の廊下の窓から空を見上げて呟く。
「…何を訊くのだ?補佐官殿」
 突然質問相手が現れて、アンジェリークは驚いた。
「ク、クラヴィス様、こんにちは。いいお天気ですね」
 一瞬話を逸らそうと違う話題を持ち出す。
「?天気が訊きたいのか?」
 クラヴィスはやはりごまかせない。アンジェリークは仕方なく正直に話すことにした。
「あの、クラヴィス様の欲しいものってありますか?」
「?」
 質問の意図が分からないといった顔で、アンジェリークを見下ろす。
「今日お誕生日でしょ?それで…」
「…ああ」
 クラヴィスは、ようやく判ったというような顔で微笑する。
「私はお前が選んだものなら何でも嬉しく思うが?」
「いつもそう仰るから困るんですよ?」
 ちょっぴり拗ねた顔をするのが可愛い。
「贈り物を選んでいる間、ずっと私のことを考えてくれているのであろう?私と一緒にいない時間でもお前の心を
占有出来るのは、他の何にも代えがたいプレゼントだと思うが」

「…んもう、すぐそうやってごまかすんだから。つまり、私がプレゼントに困っているのがお好きなんですね。意地
悪っ」

 アンジェリークは金の髪を揺らして後ろを向いた。
「…本当のことを知りたいか?」
 クラヴィスは、少女の柔らかな金の髪を手で掬い、口付けた。
「え?」
 アンジェリークが期待のまなざしで振り向く。
「…朝まで…傍に居て欲しい…」
 切なく囁き、触れるだけのキス。自分を真剣に見つめる瞳に胸が高鳴り、触れたと思った瞬間に離れてしまっ
た唇に目を奪われる。

「…今宵はずっと…」
 アンジェリークは真っ赤になりながら頷いた。



「クラヴィス様って、ずるいのよね。あんな顔で誘われたら断れないじゃない…」
 どのみち執務終了後、プレゼントを持って私邸に行く予定ではあったのだが、あの会話だと当然今晩は泊まり
で明朝の出勤はクラヴィスの私邸からとなる。婚約しているとはいえ、結婚前に彼の家から出勤というのはあま
り好ましくない。平日は出来るだけ断っているのだが、誕生日などの記念日が休日とは限らない。

「…仕方ない…か…」
 彼と一緒に居たいのは、アンジェリークも同じ。今回は、答えの予測がついているのに聞いた。つまり、誘わせ
たことになるのかもしれない。

 ピンポーン。
 静かな邸に明るい電子音が響いた。
「…夜にチャイム鳴らすのって何だか気が引けちゃうなー」
 約束してるとはいえ、一人暮らしではない恋人の家に夜訪問するのはかなりドキドキだ。
「服も着替えたし、髪もセットし直したし、大丈夫よね?」
 アンジェリークは、チャイムを鳴らした後なのに近くの窓に姿を映してみたり手鏡で髪形をチェックしたりと落ち着
かない。

「…気が済んだか?」
 クラヴィスは、アンジェリークが全身のチェックをしていた窓から顔を出した。いつから見ていたのか、込み上げ
てくる笑いを抑えてるような笑顔だ。

「クラヴィス様!なんでこんなとこにいらっしゃるんですか?部屋
の灯り点いてなかったと思うんですけど…」
「…ああ、出迎えに行く途中でお前の姿が見えたのでな。気付くまで見てるつもりだったのだが…」
 そう言って、アンジェリークの口元にそっと指先を当てる。
「お前に風邪を引かせるわけにはいくまい」
 お互いの視線が絡み、アンジェリークが目を閉じるのと同時に唇が重なる。
「…まだ冷えてはいないようだな」
 唇が離れた瞬間の彼の言葉に、アンジェリークは真っ赤になる。
「…もう、意地悪」
 クラヴィスはアンジェリークの聞き慣れた台詞に微笑を返し、玄関の方に目線を遣った。
「玄関の方へ回るといい。ここから抱き上げても良いが…」
 アンジェリークは、思わずワンピースの裾を押さえる。白いミニのワンピースの丈は膝上十五センチ位までしか
ない。抱き上げられると見えてしまう。

「あ、私、玄関から入ります!」
 慌てて玄関へ向かうアンジェリークを見て、クラヴィスは声を出さずに笑う。
 カチャリと玄関のドアを開けると、頬を朱に染めたアンジェリークが立っていた。大きく襟ぐりの開いた白いミニの
ワンピースに、パステルピンクのストールを巻いていた。襟がオフショルダーなっていて、襟元に赤いリボンの刺
繍が施されている。

「改めて、お誕生日おめでとうございます!」
 アンジェリークは最高の笑顔を見せて、クラヴィスを見上げる。
「…ありがとう。今日は、世話係にも休暇を取らせたので、遠慮は要らぬ。ゆっくりして行くといい」
「はい。有難うございます」
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