リソウのコネコ

 その日仕事から戻ってドアを開けた時には、もう普段とは違う気配を感じていた。ワイフは背中を見せてダイニングにしゃがみこんでいたが、その背中が何かその日に起きた事件を物語っている。こういう時はワイフは背中で語る才能があるのだ。そして、困惑したような笑顔をこっちに向けたと同時にそれは目に止まった。小さな茶色いシマの子ネコがボクに向かってかけよって、好奇心に満ちた目出見上げた。「…、またか…」ハナミズの子供らを里子に出した時の苦労が一瞬甦り、先の見えない不安にかられている自分がいる。ワイフはなぜにそこまで自分を追い込むのか。ほんの数年前まで、ネコの痕跡に目を腫らしていた同一人物とはとても思えない。しかし、好奇心に満ちた黒い丸い目で見上げる、少し面長のチャトラの、手足が伸びはじめた小さなネコを見つめているうちに大した理由もなく納得している自分がいた。
 その子ネコの真の魅力を見い出したのはその晩の事だった。ミミゾウがベッドを破壊したために最近はフローリングの床に直接布団を敷いて寝ていたのだが、その布団の中に、なんの躊躇する事なく入ってきたのだ。子ネコが…。袖から出た素肌の二の腕に少しくすぐったい、固めの毛と、柔らかい感触と体温が触れた。怖れを知らないのか、僕らを信頼しているのか。とにかく、子ネコは自らの意思で人間たちの肌に触れてきたのだ。正直にいって衝撃だった。なぜなら、ハナミズは布団にのってくることはあっても、人肌に触れにくるわけではないのだ。暖かな寝床を求めているだけで、僕らを求めている訳じゃない。ミミゾウにいたっては、布団に近寄ろうともしない。彼にとっては用足しに使って怒られるだけの場所でしかないのだから。ものの本によれば、こういった行動はオスに比較的多いらしい。メスはどちらかといえばクールで、時折気が向いたときにだけ人にスキンシップを求めるそうだ。この子ネコは異例に人間が好きなメスという事になる。こうなったらハナミズを怒らせようが、ミミゾウを嫉妬させようが至福の夜を過ごす事にした。ただし、期限付だ。残念だが今は3人めのネコを育てるだけの余裕はないのだ。明日からは里親を探さなければならない。元々そのつもりだったから、名前もつけるつもりはなかったのだが、布団の中で体に触れてくる小さく柔らかな肉塊からいつしかマメと呼ぶようになった。幸いだったのは、ハナミズもミミゾウも嫉妬に狂うことなく、いつも通りに振る舞っていた事だ。それはそれで、また悲しいものがあった…。

 

  ネコ好きの条件

 気付いた方がいるかどうか、僕はペットであるとか飼うといった言葉を極力ひかえている。僕にとってネコたちは共同生活者であり、生活のパートナーなのだ。少なくともハナミズと暮していると、立場は対等なのだと思い知らされる事が時折ある。飼い主とペットという言葉は適切ではない。彼らの権利を尊重しつつ、健康に責任を持ち、ストレスを感じさせない環境を維持していく事が理想であり、それを遂行しているつもりだ。ネコはイヌのように人間に従順ではない。それが本能である以上、それに相応な関係を築いていなければならないのだ。ネコは「お手」も「お座り」もしないのだ。

 マメの里親が見つかった。いや、正しくは里親を紹介してくれる人が見つかったというべきか。それは以前にも里親探しにおせわになった動物病院で、さっそくマメをキャリーバッグに入れて連れ出した。
 待っていたのはまだ若い女性で、挨拶するなり保険の外交をやっていると自己紹介した。こういう事らしい。彼女が担当しているご夫婦が子ネコを探していて、そこにマメの話しが舞い込んできたという事なのだ。そうと聞いて僕もワイフも不安を感じたのは言うまでもない。もし、彼女が契約を取り付けるためにマメを利用しようと言うのなら、それは納得できる事ではない。僕らだってネコたちが邪魔で里子に出している訳じゃないんだ。ともに暮せないが、せめて幸福でいて欲しいと思っている。実際、悲しい思いをしたし、その時の教訓だけは忘れはしない。しかし、彼女は成績を上げるためではない事を力説した。
「保険屋ですが誤解しないで下さい」
そういう言葉を繰り返した。彼女はネコを渡すまで自宅で預かるつもりでマメを連れて帰った。 彼女の言葉に嘘はなかったろう。時折近況を教えてくれた。もちろんその際に保険を売りつけるような無粋なマネは一切ない。本当は彼女が自ら引き取りたかったのではなかったのだろうか。なにしろ人の寝ている布団に入り込んでくるようなネコだ。情がうつれば手放したくなくなるだろう。新しい里親の手に渡す日、彼女は妹と二人で泣いたそうだ。
 僕とワイフの本心は、彼女にマメを引き取ってもらいたかった。止むを得ない事情もあるだろうし、彼女が紹介する人たちならば、引き取られたマメが不幸な目にあう事もないだろう。その後の報告によると、マメは新しい環境でかわいがられているそうだ。ご主人と一緒にTVのサッカー中継を見るのが好きらしい。幸福な情景が目に浮かんだ。少しばかりの嫉妬を込めて…。

 後日談になるが彼女からカレンダーが届いた。パウチされたそれは、保険会社の販促物ではなく、大きくマメの写真を引き伸ばしたオリジナルだった。

ぬくぬく

  まむしに注意!

 暑い夏の午後には河川敷きに涼みにいくようになった。歩いて数分の多摩川は地域住民の憩の場であり、絶好の散歩コースである。ドッグウォッチングも楽しいのだが、他に遊ぶ所がないとも言う。ゴールデン、ラブラドールといった、ここ数年流行のレトリーバーを多く見かける。替って、それまでの主流だったシベリアンハスキーの姿はめっきり減った。バブルの頃、ネコも杓子も連れていたあのハスキー犬はいったいどこへいってしまったのか?。犬種にもよるだろうが、10年以上の寿命をもつ犬たちだから、僕の目に見えないところで細々と散歩させているのだろうか…。まったく見当もつかないでいる。
 昭島市は多摩川の河岸段丘上に広がり、駅から階段状に下っていく。わが家は駅よりだいぶ低い位置にありながらも丘の上マンションといった印象がある。そこから更に河川敷きへと下って、最期の一段を下りる坂道にそれはあった。そこは用水路に沿った、人一人通れる程度の広さで、崖側はシダ類を含む湿った雑草が生い茂っている。そして、その入り口には、近くの小学生向けに立てたのだろう「マムシにちゅうい」と看板が立っていた。僕もワイフも少なからず躊躇した。家からわずかな距離にマムシがいるというのももちろんだが、ここは郊外といえ東京都である。地方に住んでる頃でさえ意識した事のない危険が、今目の前にあった。
 僕の以前に聞きかじった認識では、複数人でしげみを連なって歩く場合、前から2番目の人が噛まれる率が高いという事であった。もともとマムシは臆病な動物で、1人目の足音に驚いて攻撃されたと判断し、防衛の為に反撃する時にはすでに2人目の足がある、と聞いた。真相は知らないが、そういった話しを聞くと、やはり先頭きって行きたい気持ちは強い。もちろん、きちんと舗装された道もあるが、遠回りだし、車の通行もある。10メートル程の距離だが、間隔をあけて下るというアイデアで、夫婦間の信頼を保つ事ができた。それにしても「マムシ」という言葉のインパクトは大きい。同じ噛まれるにしてもネコとは次元の違う痛手を負う事になる。とはいえ、こういった場所は日本中にあり、本来植物の生い茂った場所に分け入るときは、マムシに噛まれるリスクを日本人として考えておかねばならないのだろう。そこに自然への畏怖が生まれ、長らくこの国は世界的にも稀な森林資源を維持してきたのだ。「マムシに注意!」結構な事じゃないか。河岸に残されたわずかな緑を守ってくれているのだ。どうせ噛みつくなら、この緑を奪おうとしている人間だけ噛んでくれ…。

 

  篭のカナリヤ

 越してきた年の夏は例年にない冷夏で、翌年米不足で大騒動となった事は記憶に新しい。じつはその夏の涼しさを、僕らは軽々しく考えていた。単に郊外だから、多摩川の近くだから…、その程度の認識でこの冷夏を冷夏とも思わずにいたのだ。僕らは二人とも、日中都心に出て、エアコンの効いた職場にいるわけだし、休みは休みで出かけない日はなかった。昼の暑さはハナミズのみぞ知るといったところだが、どうも彼女は暑さなどものともしない忍耐力がある様にも思える。とにかくそんな理由でエアコンなど買おうなどと考えもしなかったある日ある夜、事件は突然起きた。松本市内で有毒ガスにより数人の犠牲者が出た云々…。後に言う松本サリン事件である。報道によれば、連日の涼しさに皆エアコンを使わず、窓を開け放していたことが被害を拡大させた一因であるとも言っていた。この事件が宗教団体によるテロであったことは周知のとおりだが、この当時はまだ噂の域を出ず、都市生活者のエアコンの必要性ばかりを僕らは問題視していた。
 翌年の暑さは身に堪えた。窓を開け放しても風が吹かない。街全体がサウナの様に蒸し、淀んだ空気が身にまとわりついてとにかく不快だ。まして部屋は3階。風が吹かなければ階下の熱気がそのまま床暖房のように伝わってくる。また、よせばいいのに、こんな時に限ってハナミズがまとわりついてくるのだ。あの毛皮は暑くないのか。何を考えているのか分からないが、柔らかく暖かい皮毛の感触が汗ばんだ肌に触れる度に不快指数ははね上がった。もう我慢できない、エアコンを買おう!。そう思い立ってワイフが電気屋を巡り、取り付け工事のその日まで苦行のような日々が続いた。
 一つ気付いた事がある。ハナミズの鼻が妙にきれいである。いつものようにハナを垂らす事なく、呼吸も穏やかで、なんら問題のない健康なネコのようであった。この高い部屋の温度が幸いしたのは確かだ。人間でも、暖かい所では垂らしていたハナも引っ込むというもの。彼女は自然の摂理にしたがって体調を回復させる一時期があるのだ。

 3月になって都心の地下鉄に毒ガステロがあった。高円寺に住んでいたら巻き込まれていたかもしれない時間帯だった。ニュースに、ガスマスクに防護服に身を包んだ、鳥篭を下げた人たちが映っていた。映画「未知との遭遇」に見た1シーンだ。本当にカナリヤを連れてくるのだと知った。そういえば松本の事件でも、人間だけでなく動物たちも命を奪われた。彼らにはエアコンを買うような自衛手段はない。毒ガスをまかれれば、篭の鳥のように死を待つしかないのだ。そんな事をタイ米のカレーを食べながら考えた。

 

  富士山が噴火する?

 毒ガスの話をしたなら、この話題を避ける訳にはいかないだろう。とかく1990年代とは、暗黒の時代としか言いようがない。人類のいがみ合う理由がイデオロギーから民族問題にシフトし、宗教間の争いも益々酷く、これまで幾多の血を流してきながらそれを学習しない、この生き物の愚かさを露呈させる一方だった。国内にしても、不況、災害、テロ…、誰もが荒んでいた。かく言う僕も、日々の生活に疲れはじめ、車で職場まで通っている。もちろん、相当に早く起きねばならず、冬場などはかえって辛い思いをし続けている。 まだ夜明けには早く、駐車場からは白い富士山が薄明りに見えていた。晴天の日が続き、いつしか富士山を見ながら窓に張り付いた氷を落とすのが日課になっていたが、ある日不思議な事に気付いた。
 整った円錐形に見える富士山も山頂から崩れかかった部分が数ヵ所あり、恐らく山中湖の上あたりだろうか、斜めにえぐられたすぐ東側に少し黒っぽい部分が見えた。最初はわずかな朝日に浮かんだ影だと思ったが、それは理屈にあわなかった。そこは真っ先に陽光を受け、白く輝く場所なのだから。最初に気付いたのは12月の半ば、それから年をまたいで見られたが、雲に隠れた日の翌日は山頂が真っ白になり、また徐々に黒い部分が広がっていくようだった。簡単に説明のつく現象である。これに似た出来事が幕末の頃に記録されている。安政地震の直後の事で、東南海地方の海溝型地震と富士山の活動の関連は、これまでの記録を見る限り明白と言っていい。つまり、近々噂される東海地震が起り、富士山に何らかの活動が起る可能性があるのかもしれない。山頂付近の黒い影は、雪を溶かす程の高い地熱を意味している。その兆候は以前からあったのだ。伊豆大島三原山の噴火予知で知られる琉球大学の木村政昭教授の著書によると、数年前の河口湖、西湖の異常増減水は地殻の動きによって水脈を圧迫し、解放したためではないかと書いていた。
 富士山が噴火する。どういう被害をもたらすのか。雲仙のように火砕流が麓の街を呑みこむのか、18世紀の浅間山のように噴煙が北半球を覆い、多くの餓死者を出してフランス革命の一因となしたあの噴火を再現するのか。いずれにしても暗黒の時代に幕引きする象徴となり、愚かな人類への最期の審判を下す災害となるのだろう。幸福な日常はその時を境に終りを告げ、苦痛に満ちた毎日が始まるのだ。

 そこで僕の妄想は跡絶えた。その朝の富士山は霞んでよく見えなかった。乗り込んだ車のラジオから、関西地方で起きた地震の一報が流れてきた。数千人の犠牲を出し、数万人の被災者が路頭に迷い、幾多の動物たちの幸福な日々に終りを告げた、阪神淡路大震災である。

五号目は雲の上

  キャッツトランスポーター登場

 根っからの車好きである。なにしろスーパカー世代だ。速くかっこいい車には目がない。だが、今の生活には特別必要でもなく、仕事柄容易く車を使う事ができるおかげで、マイカーを持とうなどとは考えた事もなかった。それが、ひょんな事から小さな軽自動車が転がり込んできた。まぁ、都内で持て余した車が処分に困って人づて人づてで巡り巡ってきただけだが、金のかからない軽自動車ならと考えていた矢先、飛びついてしまった。
 実はかかりつけの動物病院は不便な場所にあった。いや、正確には自宅と病院は同じ線路の際にあり、近くに駅さえあればすぐの場所なのだ。これを、バス、電車を乗り継いで行かねばならず、そのバス停や駅までもがネコを担いでではかなり難儀な距離でもあった。車を使うのは容易いが、突発的に必要になった時にはどうしようもない。救急車が来てくれると噂に聞いたが、実際ネコの急病で呼ぶというのはどうだろうか。そういう理由で、車があれば便利だろうかと思っていた。
 僕らの生活にモータリゼーションが持ち込まれたことは、想像以上の変化をもたらすことになった。なにしろネコと暮すには、日々様々な物の購入の繰り返しだ。ドライフード、砂、シーツ。また、水道の安全を考えミネラルウォーターも購入していたので、一回の買い物は大仕事だったが、これが改善された。ディスカウントショップでのまとめ買いもでき、時間の余裕もできた。病院への行き来も楽になったおかげで、ちょっとした体調不良でも診てもらえるなったのは大きい。
 僕らのように郊外に住み、近くに動物病院がない人間には車は必需品であることを実感した。動けばなんでもいいのだ。いい車は必要ない。新車を買う必要もない。それがネコへの愛情と思えば、決して高い買い物でもないと思う。だって、それ以外にも転用できるのだ。日々の買い物のアシはもちろん通勤にレジャー…。結局ウチの車は伊勢にドライブしたり、富士山に登ったりと酷使し、いつしかオイル漏れを起していた。10年落ちの軽自動車をここまで酷使するのもやりすぎだが、廃棄処分だった車の寿命を2年ちょっと伸ばしやったと考えたら、ちょっといい事した気持ちである。それに元がただなら、ついに寿命が来たと判断した時にも勿体ないという思いはない。勿体ないといえば、業者に払った解体費用が1万円だった。ともかく、2度目の車検を前に、わが家のネコ運搬車は2台目に乗り継ぐ事になった。あいかわらず10年落ちの軽自動車である。

 ところで、様々な事情で車を持てない、免許を取れないという人もいると思う。そんな人のために、動物専門のタクシー業者がいるらしい。こういったサービスがもっと普及してほしいと、ペーパードライバーのワイフも思っているに違いない。

 

  ゲロとウンコ

 うっうっと、胃の奥から涌き起る不快な音が、夕食の座卓の傍らから聞こえた。僕とワイフは咄嗟に、床に広げた雑誌、クッション、散乱する洗濯物を払い除けた。ハナミズは肩をいからせ、大きく口を開けて内容物を床に出して見せた。それは殆ど未消化のドライフードが食道の形に固まった物である。こうも見事に原形を止めていると、少しも気持ちが悪くならないものだ。だが、もう2回、ハナミズはもよおす。周囲の物を取り払った床に、2発目が排出されると、それは決まって泡だった水っぽい嘔吐物で、3発目は出しそうな素振りだけで、何かを吐いたことはない。いつも決まって3回だ。これが終ると、何事もなかったように、またドライフードを食べはじめるのだ。やれやれ、僕は手近に置いているトイレットペーパーをくるくると腕に巻取って、厚く束ねて嘔吐物を処理する。こんな事がしょっちゅうあるので、わが家にはティッシュペーパーを買う習慣は廃れ、常にトイレットペーパーを使うようになってしまった。最近は再生紙のロールも安くなって、大量に消費しても以前ほどの罪悪感はない。しかし、薄い紙をとおして取り上げる、あのナッツバーのような物は、掴んでみて始めて嘔吐物である事を認識させる不快な柔らかさがあった。
 ネコが吐くのには、異物を吐くだの体重をコントロールしてるだの言われるが、ハナミズを見る限り食いだめして詰め込んで、許容量を超えて…、そんな感じだ。何しろノラの生活も長かったし、食えるときに食いためる習慣をつけていたのではないだろうか。ちなみに、ミミゾウが吐くときはたいてい毛玉である。水っぽい嘔吐物の中に決まって細長いミミゾウ自身のクリーム色の毛の塊が混じっているのだ。

 ハナミズがまた奇異な行動に出た。両足をピンと伸ばしたまま、前足だけでバタバタと音を立てて歩き始めたのだ。最初は何かと思ったが、ハナミズが尻を擦りつけた床の汚れを見てそれと分かった。よっぽど固かったのだろうか、ウンコが切れずに肛門から半分出たままになっている。ミミゾウと違い、トイレで失敗したことのないハナミズだが、さすがにこれは参ったとみえた。潔癖な彼女がとった苦肉の策だったのだろう。結局僕らがハナミズを押さえつけて、ウンコを引き抜く訳だが、この時のトイレットペーパー越しの感触がまた、嘔吐物並みに不快だ。そんなこちらの気も知らず、ハナミズは何事もなかったように体をなめている。まったくいい気なもんである。僕らは苦々しく思いながら床の掃除を徹底的にやらねばならなかった。匂いを残せば今度はミミゾウがそこに粗相しかねないのだ。
 ネコと暮すのは本当に手間がかかる。汚い話だが、こういった事が、ネコと共存するという事なのかもしれない…。

 

ドラえもんの真実

  イカとアワビ

 直接見たわけではないので、真相は知らないが、あるネコ好きの間でまことしやかに囁かれているある噂である。とある漁村で死んでいたそのネコは腹を大きく膨らませ、口からイカの足が出ていたそうだ。干イカを盗み食いして、腹のなかで膨らんだからだろうというのが皆の推理である。そもそもネコにイカを与えるものではないらしい。イカに含まれる成分に、危険なものがあるらしく、昔からネコがイカを食うと腰が抜けると言い伝えられている。同様に、ネコに危険な物の例えで、アワビを食うと耳が落ちるといった言葉がある。想像では、血流が滞って、末端が壊死するという事なのだろう。不思議な話だが、ネコの食べられない食材にはなぜか魚介類が多い。ついでで書くが、魚の骨も、ネコは消化できないらしい。煮干しなどでなければ、身をほぐしてあげなければならない。昔の常識ではネコは長生きできないのだ。

 さて、こいつはアワビを食ったのだろうか。家の近所に耳のないネコがいる。名前はホーイチ。もっとも、誰の承諾もなく勝手に呼んでいるだけなのだが。さらに付け加えると、ミケ柄なので恐らく雌だろう。僕の名付けのセンスに迷惑しているネコは少なくないだろう。それにしても、ネコの耳がないというのは印象が変わるものだ。丸い顔がますます丸くなる。ドラエモンはネズミに耳を噛られたそうだが、不便はないのだろうか。人間の側から言わせると、一番困るのは表情を読み取りづらくなる事か。耳の動きはヒゲ同様にネコの感情で動く部分だ。ホーイチのように外ネコであれば、雨を防ぐ事ができないわけだ。耳ダニにはかかりやすいに違いない。また、音のなる方向を見極めるにも不便じゃないだろうか。高価なアワビを食った代償としては大きすぎるだろう。いや、アワビなんて回転スシでもめったに食わないのに、そんな贅沢が許されていい訳はない。かわいそうに、ホーイチの耳は鋭利な刃物で切られたようにきれいな切り口が残っていた。本人があまり気にしていない様子なのがせめてもの救いだ。悪戯としたらあまりにも酷い話だ。
 駅前のロータリーに住んでるネコは片方の耳だけが垂れている。スコティッシュフォールド?。これはどう判断すればいいのだろうか…。
 わが家の食卓に魚料理があがるとミミゾウが自分の皿の前で分け前を待ついけない習慣ができてしまった。ネコと暮す心構えを仰々しく唱えてきたが、ここで自身の甘さを露呈してしまい、これまで駄文に付き合っていただいた皆様におわびを申さねばならないが、与えるメニューに気を使っている事だけは理解して欲しい。決してアワビなど、僕らでさえ普段食べない贅沢な物は食べさせないのだ。

 

  クロネコ一家の離散

 その日の仕事が終る前にN村さんから電話が入り、タイムカードを押すと大急ぎで大森に車を飛ばした。すでにN村さんは大きな段ボール箱を用意していて、その中を覗き込むと、痩せ細った小さな白黒の子ネコがガッと牙を向いて僕を威嚇した。
 N村さんのマンションの近くで、野良ネコが子供を産んだ事は1月程前から聞いていた。秋ぐちに産まれた野良ネコは生存率が低いと聞いていた。なんとか救ってあげたいが、N村さんのマンションにはウサギの先住人がいて、それも大家に内緒らしい。相談を受けて、僕もポスターを作って動物病院に貼らせてもらったりしていたが、同時に進めていた子ネコの捕獲にやっと成功した所だった。
 僕を威嚇した白黒の富士額の下に、真っ黒に鼻筋が白いのと下顎の白いのがいた。合計3匹。ポスターを作るときにもらった写真では総勢7匹だったが、野良の子ネコを捕まえる苦労は経験済みである。1人で(かどうか分からないが)3匹を捕えただけでも上出来である。だが、箱の下にうずくまっていた2匹はどうにも元気がない。写真ではまだ青かった目も潤んで、血走っているようにも見える。この2匹を守っているつもりなのか、富士額は頻りと僕に牙を剥いていた。
 残った子ネコたちはどうなるのだろう。母ネコの負担が減る分多少の生き残れる可能性もあるかもしれない。寒い時季に産まれたとはいえ、全部が全部死ぬとは限らないのだ。いや、希望的過ぎるだろうか。出窓で篭に収まっている黒ネコたちの衰弱ぶりはどうだろう。N村さんにこれ以上の事を望むのも酷だし、あとは運にすがるよりない。僕らは僕らで子ネコたちの回復に尽力しなければならなかった。いつもの動物病院で診てもらい、幸いにしてネコたちの体調は回復の兆しをみせ、少しずつミルクをなめ始めた。
 ようやく家の中を探索出来るほどに活動的になると、3匹の個性が少しずつ際立ってきた。富士額は相変わらず僕らやハナミズに威嚇し、顎の白いのはおっとりしている。もう1匹の、鼻筋の白いのはちょっと元気がない。写真で見た時に一番かわいいと思った子ネコだと気付いた。少し丸顔で鼻筋のアクセントの効いた個性的な柄で印象が強かったのだろうか。

 土曜日の午後、職場にワイフから電話が入った。事情を説明して早退し、高速を飛ばして家に帰ると、鼻筋の白い子ネコは日当りのいい出窓で死んでいた。寝ているのかと思い、ワイフも気付かなかったそうだ。その死に顔は、少し険しいように見えた。僕らの力が足りなかったのか、忙しさにまかせて努力を惜しんだのか、無言で責められていた。兄弟たちも、その死を理解しているのか、数日はおとなしくしていた。

こんなコたちが…

 つづく 
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