はじめまして
蛍くんと準くんの夏休み:第1章 作 Mizumori Sho (みずもり・しょう)
 待ちに待った夏休みです。
 準くんは、教えられたとおりの駅に降りました。初めてのひとり旅で、かなり緊張しています。
 「よく来たねえ」
 準くんがきょろきょろしていると、後ろから声をかけてきた人がいます。
 「は、はじめまして・・・」
 準くんはどぎまぎしながら挨拶します。
 「よし、じゃあ行こうか」
 「は、はい」
 
 準くんには親友がいます。でも、その子に逢ったことはありません。遠くに住んでいるので、手紙をやりとりするだけの友だちなのです。では、どうして知り合ったかというと、お父さん同士が仲がよくて、このふたりならきっといい友だちになれるだろうって、手紙を書いてみることを勧めたのです。そしたらやっぱり話が合って、まだ見ぬ親友になったというわけなのです。
 その子の名前は、蛍くんと言います。
 
 準くんは、駅まで迎えに来てくれた蛍くんのお父さんの車に乗り込みました。
 「あれ、蛍くんは?」
 「ちょっと恥ずかしがってるのかな。うちで待ってるってさ」
 「・・・」
 準くんは人見知りする性格なので、ドキドキしています。
 ・・・蛍くんって、どんな子かなあ。

 そのころ蛍くんは、うちで準くんの到着を待っていました。
 「ねえ、少し落ち着いたら」
 お母さんが、蛍くんに笑って言います。気がついたら、さっきから動物園のシロクマみたいにうろうろ歩き回っています。あれこれ準備しておこうとか、どんなお話ししようとか、考えることがいっぱいあって、なんにも手につかないのです。そしてそれ以上に、やっぱり人見知りする性格なので、ドキドキしているのでした。
 ・・・準くんって、どんな子かなあ。

 「おうい、準くんを連れてきたぞ」
 お父さんが、大きな声で蛍くんを呼びました。
 「お、おじゃまします」
 準くんは靴を脱いで、家に上がりました。蛍くんはあわてて部屋から出てきて、廊下で準くんと対面しました。
 「・・・はじめまして、準です」
 「蛍です、はじめまして・・・」
 ちょっと恥ずかしそうに、ふたりは挨拶をしました。そして、ズボンの横で手の汗を拭いて、大人がするみたいに握手をしました。

 ふたりは居間のソファに座って、おしゃべりをしています。
 「蛍くん、得意な教科は何?」
 「理科と社会かな」
 「あ、ぼくも」
 「あ、そうなの」
 「・・・・・・」
 「・・・・・・」
 「どうしたの、あんなに逢うの楽しみにしてたじゃない。もっとおしゃべりしたら」
 ジュースを持ってきてくれた蛍くんのお母さんが、笑って言いました。
 「そうだけど・・・ねえ」
 「・・・うん」
 手紙ではいろいろ話せるのに、実際逢ってみると言葉が出てきません。ふたりとも照れ屋なので、なかなかうちとけることができないのです。

 今日の夕食はオムライスです。
 「蛍くん、嫌いなものある?」
 「魚とか嫌い。準くんは?」
 「ぼくはニンジンが嫌い」
 「あ、うちでニンジン嫌いって言わない方がいいよ」
 「どうして?」
 「あ、いやちょっとね」
 「・・・・・・?」
 今一つ会話がぎこちないふたりです。
 
 「川咲くーん」
 そのとき、外の方で蛍くんを呼ぶ声がしました。
 「はあい」
 蛍くんは口にご飯を入れたまま返事をすると、スプーンをおいて玄関に出ました。呼んだのは蛍くんの近所の友だちです。
 「ねえ、今日は毎年恒例の肝試しだよ。8時からだから絶対来てね」
 「き、肝試し今日だっけ・・・」
 蛍くんはうろたえました。忘れてたわけではないのですが、思い出さないようにしていたのです。実は去年、怖がりの蛍くんは肝試しで大変なことになったのです。幸い、おどかした子に見られただけですんだのですが・・・。今年は絶対行かないぞと、決めていたのです。
 「いま、友だちが来てるんだ、だから・・・」
 「ちょうどいいじゃん。その子も誘ったら」
 蛍くんに呼ばれて、準くんも玄関に出てきました。
 「ねえ、肝試しだって。準くんどうする?」
 「真っ暗な墓地で、おどかしたりおどかされたりするんだよ。楽しいよ」
 蛍くんの友だちが横から口を挟みます。
 真っ暗、墓地・・・肝試しをしたことがない準くんは、それを聞いてぞっとしました。準くんも大変な怖がりなのです。でも、蛍くんの手前、行かないって言ったら意気地なしと思われてはいやなので、困ってしまいました。
 「け、蛍くんが行きたいって言うんなら・・・」
 それを聞いて、蛍くんも困りました。準くんがいやだって言ってくれたら、行かずにすんだのに。でも、ここで自分が行きたくないって言ったら、準くんに弱虫だって思われてしまいます。
 「ぼ、ぼくも準くんがどうしてもって言うんなら・・・」
 「じゃあ決まりだね。児童公園で待ってるからね」
 「は、はは、ははは・・・」
 友だちを見送る蛍くんの顔はひきつっています。準くんも途方に暮れて玄関に立ちつくすのでした。

 長かった夏の陽もとっぷりと暮れました。この時間、いつもなら人のいない児童公園に、町内の子ども達が集まってきています。ほんとは全然来たくなかった蛍くんと準くんも、仕方なく参加しています。
 児童公園の裏山が墓地になっていて、ふたり一組でそこを通り抜け、一番奥にあるお堂に置いてある「ゴール」と書かれたカードを持って帰ってくるというルールです。子ども達はおどかす方とおどかされる側に別れます。蛍くんと準くんの組は、くじ引きでおどかされるグループに決まりました。
 ・・・ま、まずいなあ・・・。
 蛍くんに去年の恐怖がよみがえってきました。そうしたら急におしっこがしたくなりました。出がけに気が動転していて、トイレに行くのを忘れていたのです。公園の公衆トイレをちらっと見たら、そこは薄暗くてひとりで行けそうもありません。準くんについてきてなんて、恥ずかしくて言えません。
 ・・・何とか大丈夫だよね・・・。
 蛍くんは、自分に言い聞かせました。
 
 スタートです。前の組の子からすこしずつ時間をあけて出発していきます。この待っている間が、何とも言えずイヤなものです。準くんは、思わずぶるっと身震いしました。そうしたら、やっぱりおしっこがしたくなってきました。
 ・・・どうしよう。
 でも、今トイレに行きたいなんて行ったら、怖がってるみたいに思われます。蛍くんのうちですませてくればよかったと後悔しても、もうダメです。
 ・・・な、なんとか我慢しよう。
 準くんも、仕方なくあきらめました。

 いよいよ蛍くんと準くんの順番がやってきました。ふたりは並んで、おそるおそる墓地に踏み出していきました。
 さっきまで明るく照らしていた月齢12の月が、雲に覆われてあたりは真っ暗になりました。 風が出てきて木立をざわざわと揺らします。時々がさがさっという得体の知れない音がして、おもわずびくっとしてしまいます。
 「なんの音だろ?、準くん」
 「さ、さあ」
 どちらからともなく、ふたりはいつの間にか手を握りあっています。努めて平静を装ってますが、手のひらは汗ばんで冷たくなっています。

 そろそろ墓石が点在するあたりに来ました。ここは古くからの墓地で、昼間でも薄気味悪いのです。
 ・・・なんか出てきそうだなあ。
 何となくイヤな予感がしたそのときです。
 いきなり、バサバサっというものすごい音がして、目の前に何か白いものが落ちてきました。
 よく見ると、全身に包帯を巻いたミイラ男ではありませんか!。
 「きゃああああああああああ・・・」
 ふたりは両手をぎゅっと握って、同時に悲鳴を上げました。でも、全然声になっていません。背筋がぞくぞくっとして、顔から血が引いていきました。下半身から力が抜けるような感じで、その場にへなへなと座り込んでしまいました。そして・・・。

 −続く−

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