その1:天までとどけ
 のび太くんはそんなにダメ人間なのだろうか。
 さすがに最近ではあまりひどい言い方はないが、それでも『ドラえもん』という漫画は好きだが、のび太は嫌いだ、などという話を耳にすることがある。何をやらせてもさえない少年、これが世間一般ののび太くん評だろう。

 藤子漫画の醍醐味を一言で表現するのは難しい。ストーリー展開のおもしろさ、SF的技法、心理描写のたしかさ、そしてもちろん漫画としての絵・・・。挙げていけばきりがないが、その中で一つだけ採り上げるとするならば、主人公が魅力的と言いたいのである。

 のび太くんに限らず、藤子漫画の主人公男の子キャラには共通点がある。勉強が嫌い、運動が苦手、いじめられっ子、泣き虫、弱虫・・・さっき「さえない」と書いたが、やはり、そういわれても仕方ないのかもしれない。
 たしかに、どこか依存的な「弱い」生き方の藤子漫画の男の子よりも、もっとかっこいいヒーローの方が「主人公」の名ににふさわしいだろう。
 しかし、そんなかっこいいヒーローに感情移入すると、疲れるのである。
 自分自身のことを考えてみる。子ども時代の、いや、大人になった今現在でもそうであるが、決してかっこいい、ひとに誇れる人生ではなかったし、これからもきっとそうだろう。そんな自分が、スーパーヒーローに感情移入すると、自分とのギャップを感じ、気後れしてしまうのである。
 その点、弱さを抱え持つ藤子漫画の主人公達には、容易に自分を重ね合わせることができるのだ。
 弱いままの、そのままの自分でいいのだ、それしか生きる道はないのだと、再認識させてくれるのである。

 しかし、決してそれだけで終わってはいないのだ。
 藤子漫画の主人公達は、みんな優しい。ひとのしあわせを願い、人のために何かしてあげようという心を持っている。そのために、自分の弱虫を奮い立たせる勇気も持ち合わせている。
 残念ながら、この点では私は遠く及ばない。
 だが、自然の、等身大の生き方を見ていると、ああ、自分もがんばらなくてはいけないなあと思う。弱いけど、ちょっとの勇気と優しさを持って生きていくことの大切さを、藤子漫画の主人公達は教えてくれた。

 人間の弱さを冷笑する見方もある。またその一方で、人間は弱いから強くならなければいけないという考え方もある。しかし、真実はその間にあるのではないだろうか。自分は弱い、しかし、その弱さと向き合うときに、はじめて優しさや勇気が生まれると思うのである。そして、まわりの人間もまた、自分と同じ弱い人間であるという共感の視点が生まれるのである。藤子漫画の主人公達は、この共感の視点を持っている。作者である藤子先生もまた、人間に対する深い共感で作品を描いてこられた。そして、見ている我々も、同じ視点を共有することができたのである。

 藤子漫画から学んだものは多い。しかし、この人間観ほど大きな影響を受けたものはない。藤子F先生の作品には特にその傾向が強いので大好きだ。

 今回のタイトル「天までとどけ」は、映画「ドラえもん のび太とアニマル惑星」の主題歌のタイトルから取った。藤子漫画の、そして人間の本質をとらえたすばらしい歌詞なので、ぜひ聴いていただい。
 そして、そらにいらっしゃる藤子F先生へ、深い共感と感謝の気持ちの一端をお伝えしたかったのである。

 この想い、天までとどけ!。

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