2001年5月12日にペリー・コモが老衰のため、フロリダの自宅で88才で亡くなりました。ペリー・コモはもともとピッツバーグのキャノンズバーグという田舎町の床屋で、1936年に歌手デビューし、40年代半ばよりミリオンセラーを連発するようになりました。「歌う床屋」なるキャッチコピーもあったようですが、以来ずっと第一線で活躍し続けた大スターです。
ヒットチャートにおける実績をみると、45年の「Till
The End Of Time」が初ヒットで全米第1位。以後、No.1ヒットを14曲獲得。Top
10ヒットは36曲、Top 20が44曲、Top 40が34曲、その他100位以内で22曲。素晴らしいとしかいいようのない実績です。ビング・クロスビーやフランク・シナトラのような華やかなイメージ(これは主に映画出演からくるものだと思いますが)こそないものの、常に大衆に愛されてきた大歌手でした。
その代わり、TVでは56年より自分のホスト・ショーを持ち、この『ペリー・コモ・ショー』は日本でも放映され、人気を呼びました。この放送が日本のヴァラエティ番組のヒナ型となったのは有名な話であり、その意味では日本のTVヴァラエティ史において忘れてはならない人でもあります。今回の報道では、この辺のことに触れた記事がなかったのは残念でした。TVは見ませんでしたが、どうせワイドショーなんかでは取り上げもしなかったのでしょう。放送局や新聞社によっては「床屋」という言葉を自主規制(!?)しているところもあるらしく、「歌う理髪師」なんて出たところもあるようで。バカかお前は。
今回は彼のクリスマス音源の変遷を、簡単にですがまとめてみました。クリスマスソングの録音は、彼の実質的キャリアが始まった40年代半ば、46年の8月に始まります。このときのセッションで録音されたのは、以下の8曲となります。
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That Christmas Feeling
I'll Be Home For Christmas
Silent Night
O Come All Ye Faithful (Adeste Fideles)
Jingle Bells
Santa Claus Is Comin' To Town
Winter Wonderland
O Little Town of Bethlehem |
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これらはSP盤、及びSPアルバム『Perry
Como
Sings Merry Christmas Music』として発売され、"Winter
Wonderland"が全米10位まで上がりました(B面は"That
Christmas Feeling")。また"Jingle
Bells"が全米74位にランクされました(B面は"O
Come All Ye Faithful")。翌47年には"White
Christmas"が録音され、前年には"Silent
Night"とのカップリングで出ていた"O
Little Town of Bethlehem"に代わって、こちらが収録されました。このSPアルバムは51年に10インチLP化されましたが、このときには上記の8曲に"White
Christmas"を加えた9曲入りとなっています。
また、53年にはもう1枚の10インチアルバム、『Around
The Christmas Tree』が作られます。収録曲は8曲。
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'Twas The Night Before Christmas
(The) Twelve Days of Christmas
God Rest Ye Merry, Gentlemen
C-H-R-I-S-T-M-A-S
Joy To The World
Rudolph the Red Nosed Reindeer
Frosty the Snowman
(The) Christmas Song
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このアルバムは2つのEPも作られ、先の4曲は「Around
The Christmas Tree」のタイトルで、そして残りの4曲は「Christmas
Joy」のタイトルで発売されました。またこの2枚の10インチLPの収録曲をそれぞれAB面にまとめたのが、56年に発売されたLP『PERRY
COMO SINGS MERRY CHRISTMAS MUSIC』です。
このアルバムが出るまでの間に、シングルやEPオンリーで出たクリスマス音源もあります。チャートに入ったものからあげると、まず51年の"It's
Beginning To Look Like Christmas"。"There
Is No Christmas Like a Home Christmas"をB面にしたこのシングルは全米19位まで上がりました。54年の"(
There's No Place Like ) Home For The Holidays"は全米8位まで上がりました(B面は一般曲の"Silk
Stockings")。この他に49年に"Ave
Maria"が全米22位まで上がっています(B面は"The
Lord's Prayer")。
ランク外のシングル/EPですと、50年に"Christmas
Symphony"が"There Is No Christmas〜"(51年のシングルに使われたのはこのテイク)とのカップリングで出ています。また53年の録音ではシングルオンリーとなったのが"I
Saw Mommy Kissing Santa Claus"。先のアルバム収録音源"Rudolph
the Red Nosed Reindeer"とのカップリングで「Como
for Kids」のタイトルで発売されました。ちなみにもう1枚、「Perry
for Kids」のタイトルで、"Twelve Days
of Christmas"と"'Twas The Night
Before Christmas"のカップリングが同時発売されています。もう1つのシングルオンリー音源が53年に出たフォンテイン・シスターズの"Kissing
Bridge"で、歌の途中で彼がカメオ・パフォーマンスで登場します。50年にEPで発売された"The
First Christmas"は、クリスマス・キャロルのメドレーを彼の語りとともに聞かせるもので、B面には"Santa
Claus Is Comin' To Town"と"Jingle
Bells"(共に既発音源)が収録されました。
次のアルバムは59年の『Season's Greetings
from Perry Como』で、この年の7月に録音、そして9月に発売されます。これがステレオで録音された彼の最初のクリスマスアルバムでした。収録曲は以下の通りです。
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(There's No Place Like) Home for the Holidays(*)
Winter Wonderland(*)
Rudolph the Red-Nosed Reindeer(*)
(The) Christmas Song (Merry Christmas to
You) (*)
Santa Claus is Comin' to Town(*)
White Christmas(*)
Here We Come A-Caroling
〜We Wish You a Merry Christmas
God Rest Ye Merry, Gentlemen(*)
O Holy Night
The Story of the First Christmas: Medley)(*)
Narration with Christmas carols:
O Little Town of Bethlehem
〜Come, Come, Come to the Manger
〜The First Noel〜O Come All
Ye Faithful
〜We Three Kings of Orient
Are〜Silent
Night
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上記の曲目のうち、(*)印がついたものは前のアルバムやシングル等に収録されていますが、何れもこの59年での再録音です。"The
Story of the First Christmas"は、50年にEPで出た"The
First Christmas"の再録音になります。そして、68年に彼はもう1枚クリスマスアルバム、『THE
PERRY COMO CHRISTMAS ALBUM』を作ります。収録曲は以下の通りです。
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Christmas Eve
Do You Hear What I Hear?
Christ Is Born
The Little Drummer Boy
There is No Christmas Like a Home Christmas(*)
O Holy Night(*)
Carol Medley:
Caroling, Caroling
〜The First Noel
〜Hark! The Herald Angels Sing
〜Silent Night
Silver Bells
Toyland
Have Yourself a Merry Little
Christmas
Ave Maria(*)
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(*)がついたものは再録音です。シューベルトの"Ave
Maria"は59年にもシングル用に再録音しており、これが3度目の録音でした。またこのときのセッションでは、"Some
Children See Him"という曲も録音され、アルバムには収録されずに終わりましたが、99年に発売されたCD『グレート・クリスマス・ソングズ』で、ようやく陽の目をみました。
また、このアルバム前後にシングルオンリーで出た音源というと、まず67年の"Love
Is A Christmas Rose"があります。B面の"Christmas
Bells"とともに、この2曲は編集盤にも入ることもなく、83年の彼のボックスセットの特典シングルとなっただけでした。次に74年のシングル"Christmas
Dream"、これは映画『オデッサ・ファイル』のために作られた曲で、ミュージカルで有名なティム・ライスとアンドリュー・ロイド=ウェーバーのペンによるものです。このシングルは全米92位に入り、彼のクリスマスシングルとしては、最後のチャートインとなりました(B面は68年録音の"Christ
Is Born")。そして81年のシングル、"I
Wish It Could Be Christmas"(B面は68年の"Toyland")。これは同年の彼のTVプログラムのために録音されたものでした。
ここまで紹介したアルバム4枚(先の10インチ2枚を12インチLPにした56年盤も数えるなら5枚)が、ペリー・コモのオリジナル・クリスマスアルバムといえるもので、この他のものはこれまで紹介した音源の編集盤です。ただライヴ盤のみに収録されたクリスマスソングというのがあり、94年に出たダブリンでのライヴCD『Irish
Christmas Concert』では、"Bells
of St.
Mary's"、"Happy Holiday"、"We
Need a Little Christmas"といった曲が取り上げられています。
こうしてみると、彼の取り上げたクリスマスソングは50曲近くに及んでおり、再録音やライヴ音源まで含めるとのべ70曲くらいが音源として残されていることになります。そしてその大半が、クリスマスレコードを作ることが、人気歌手としての一つのバロメーターでもあった時代の録音。それを考えると、いかにペリー・コモが大衆に愛され続けてきた大歌手であったかを改めて感じずにはいられません。
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