酸化と還元

  

はじめに

 水槽の物質循環において、酸化と還元は重要な変化ですし、それを左右する酸化還元電位も知っておいた方がよい概念です。ただ、酸化と酸性を取り違えた文章や、健康食品(水)で宣伝のために使われる酸化・還元の言葉は曖昧さを増幅させるケースもあり、ここで簡単な定義と性質を述べておきたいと思います。

A)酸化(Oxidation)

 分子(原子)から電子を奪うことをいいます。酸素と結合すると酸素に電子を奪われるので酸素と結合するとき酸化といいますが、相手が酸素でなくても電子を奪われれば酸化といいます。
 C+O2→CO2・・・炭素は酸素に炭素の軌道から電子を奪われ酸化されました。
 C+2Cl2→CCI4・・・炭素は塩素に炭素の軌道から電子を奪われ酸化されました。

 また、水素を奪われることも酸化と呼びます。これは水素と一緒にその電子も奪われるためです。
 CH4→C+2H2・・・メタンCH4の水素の電子は炭素原子の軌道にあったので水素を奪われることは炭素の酸化になります。

 なお、酸素、塩素など酸化させる物質は酸化剤といい、自身は電子を受け取るので還元されます。水槽に使われる酸化剤にはオゾンO3や過マンガン酸カリウムKMnO4などがあります。曝気で溶け込む酸素O2も定義からいえば酸化剤です。

 あと、酸化(Oxidation)と酸性(Asid)は別概念です。酸は水に溶けて水素イオンを放出するの物質のことです。二酸化炭素のように酸化物は酸性を示すことが多いですが、混同なさらないように。特に酸化力が強い事と強酸性をごっちゃにしている方がいらっしゃいます。
 電子を奪う力が強いのが酸化力が強いことで、水素イオン濃度が高いことが強酸性です。塩酸HClは強酸ですが、酸化力はありません。硝酸HNO3は酸化力も強い強酸です。硝酸イオン中の酸素を相手に結合させることができるので酸化力を持つのです。

B)還元(Reduction)

 分子(原子)が電子を与えられることです。酸化と反対の方向の変化です。電子や水素を与える物質は還元剤と呼び、還元剤はその反応で酸化(電子を奪われます)されます。還元剤には、ブドウ糖、エタノールなど水素を与えやすい構造を持つ分子があります。
 還元(Reduction)とアルカリ(alkali)は取り違えられることはあまり無いようです。

C)酸化還元電位(ORP:Oxidation Reduction Potential)

 定義は難しいですが、物質の環境が電子を奪いやすい(物質が酸化されやすい)か電子を与えやすいか(物質が還元されやすいか)を示す指標です。

 一応定義を書いておきます
酸化還元電位:Bn=Bo+(RT/nF)log(Ko/Kr)
R:気体定数 T:絶対温度 n:電子数 F:ファラデー Ko:基質の酸化状態 Kr:基質の還元状態
Ko=Krの時Bn=Bo

一般には水素白金電極に対しての酸化還元電位として表示されます。 

D)種々の水の酸化還元電位:ORP

 使用水や水槽水のORPとその大まかな性質を表にします

ORP電位
[mV]

代表的な水

+1100

 電解水、酸性水と呼ばれている水。酸性水と呼ばれていますが、その本分は酸化力です。+1100mVではそれに触れた有機物はたちどころに酸化分解されてしまいます。相手が生物の場合、細胞膜が破壊されるため殺菌されます。細菌、芽包を持つ細菌、結核菌、ウイルスの殺菌に有効です。
 ただ、有機物に触れてしまえば、酸化力が(殺菌力も)瞬時に失われてしまいます。アトピーに効くといわれていますが、アトピーの悪化要因である黄色ブドウ球菌への殺菌能を指していると思われます。皮膚は有機物の量としてはブドウ球菌の比ではありませんので、その酸化力の消費差で皮膚傷害が無いとされています。ただし、これは健常皮膚の話で炎症を起こしている皮膚や粘膜に対しての安全性は不明です。

+500〜
+750

 塩素で消毒された水道水などです。H2O+Cl2→HCl+HClO(次亜塩素酸) この次亜塩素酸の酸化力で滅菌までいきませんが、細菌を腸管感染を起こす量より少なくします。ただ、原虫であるクリプトスポリジウムなどは殺せませんので、免疫力の弱い人は煮沸などを加えた方がより安全です。
 また、源水に有機物が多いとトリハロメタンなどの発ガン性が疑われる物質が生じてしまう恐れがあります。諸外国ではオゾンなどトリハロメタンを生じない消毒法を用いているところもありますが、コストが高くなってしまいます。

+400〜
+500

 よく、曝気された水槽のORPです。浮遊有機物が少なく、生じてもすぐ酸化される状態です。亜硝酸菌は活動できますが、硝化細菌はこのレベルでは休眠するか、もう少しORPが低いところで硝化反応を営みます。

+100〜
+200

 

 川などの流れがあって酸素が溶け込んでいる、自然淡水のORPです。ただ、場所や有機物の量ではORPは低くなります。

−50〜
−200

 硝酸還元が行われるORPです。ライブロックの多孔質の中やライブサンドの厚さ3cm付近で有機物の酸化が硝酸中の酸素を利用して行われ、窒素はN2またはN2Oとして気化して行きます。(反硝化)

−200
以下

 硫酸還元が行われ始めます。硫酸イオン中の酸素がここまで達した有機炭素化合物の酸化に使われ、イオウは還元され硫化水素となります。砂などが黒く変化するので硫化水素の発生が分かります。ただ、硫化水素はより上部の硝酸還元域に登ったとき、硝化反応を助けて、再び硫酸イオンに戻るので、少量の硫化水素は必ずしも有害ではありません。


 補)よく、ORPが+100以下の還元水は身体に良いとうたう、製品がありますが、次亜塩素酸を含んでいないといいうだけで、他には根拠はありません。還元水が体に良いという理由に、ORPの高い水は酸化力が強いので体に良くないという宣伝文句をよく見かけますが、体内という有機物が多い環境では瞬時にORPは下がります。身体の隅々にまで高ORPの水が届いて細胞を酸化するというのはナンセンスと思います。
 なお、次亜塩素酸を含んでいない還元水は細菌の繁殖を押さえる力がありませんので、その水を介した感染症のリスクは高くなります。

E)活性酸素と抗酸化物質

 最近、活性酸素の文字をよく見かけますので、活性酸素と抗酸化物資質についても触れておきたいと思います。

 酸素呼吸とは高分子から電子(水素)をとりだし、その電子供与相手に酸素を使うことです。この過程で得られたエネルギーをATPの形に置き換えて種々の生命活動に使用するのです。
 この時、数パーセントの酸素は直接電子と結びついてスーパーオキサイド(活性酸素)、O2-が生じてしまいます。このラディカルは種々の分子を酸化するだけでなく、生体内伝達物質である一酸化窒素NOと結合すると、パーオキシナイトライト、ONOO-という非常に反応性に富んだラディカルを作ってしまいます。このパーオキシナイトライトという物質は蛋白中のチロシンのニトロ化や脂質の過酸化ばかりでなく、核酸をも傷つけ発癌にかかわる変異源性を持っています。

 O2-(スーパーオキサイド:活性酸素)・・・種々の物質の過酸化を起こす。

 O2-+NO→ONOO2-(パーオキシナイトライト)・・・細胞死、発癌を起こす。

(cf.外から酸化力の強い水が入ってくるのではなく、酸素呼吸に伴って不可避的に細胞内で活性酸素は生じるのです。これを意図的にスクランブルさせる健康食品・水の宣伝を見かけますが惑わされないように)

 スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)はこのスーパーオキサイド(O2-)を過酸化水素(H22)に換えます。過酸化水素はカタラーゼやグルタチオンペルオキシターゼによって無害な水(H2O)になります。

 また、脂肪酸(LH)にスーパーオキサイド(O2-)がくっつくと脂肪酸ラジカル(LOO-)ができてしまいます。これはビタミンEによって過酸化脂質(LOOH)になり、過酸化脂質はグルタチオンペルオキシターゼによって還元されます。
 なお、ビタミンEはこの反応ですぐ消費されてしまいますが、すぐビタミンCによって還元され、再びラディカル消去能を取り戻します。

         SOD カタラーゼ
          ↓   ↓ 
 O2+e-→O2-→H22→H2
              ↑
          グルタチオンペルオキシターゼ
                    ↓ 
 LH+e-+O2→LOO-→LOOH→LOH
              ↑ 
             ビタミンE

 ここで大事な働きをしているグルタチオンペルオキシターゼ(GSH-Px)は金属元素のセレン(Se)を含んだ蛋白です。セレンが不足すると抗酸化傷害がおき、心筋症などの重要な病気になることもあります。
 ただし、セレンは投与に置いて安全域が狭い元素で、健康食品として摂取したセレンで脱毛、嘔吐、爪の変形、脱力感が起きた症例がアメリカで報告されています。この人はセレン中毒がでても、セレンは健康によいと思いこみ、摂取を続けてひどい中毒に陥りました。

 抗酸化物質を列記すると、ビタミンC、ビタミンE、カロチン、SOD(いろんな種類があります)、グルタチオンペルオキシターゼ(セレン)など色々ありますが、今のところ積極的に摂取が勧められるのはビタミンCだけです。ビタミンCは水溶性のため、過剰なら身体はすぐ排泄できるので安全ですし、他の物質の還元能回復にも役立っています。なお、カロチンは喫煙者が多量に摂取するかえって過酸化物を増やすという報告もあります。
 
 タバコに含まれるニコチンには血管収縮作用があります。ニコチンで血管が収縮し、低酸素(還元的)になったところへ、再び血流が回復して酸素がどっと流れ込むと、多量の過酸化物質ができます。タバコには種々の発癌物質も含まれており、相乗作用が懸念されます。また、過酸化物質は動脈硬化の促進因子でもあります。

 健康食品など何か身体に良い物を入れるより、悪い物を入れない方が、合理的です。また、多種の食品を取ることが不足物質の充足、有害物質の低減に役立ちます。宣伝される一つの物に幻想を抱くより、節酒、禁煙で食生活の改善を図るのが、遠回りなようで健康への一番の近道です。

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