ラクツロース

 前段

2007年、EcoSystemで維持する前の水槽はライブサンド、ライブロック、好日性サンゴ、少数のサカナ、スキマーなしの無給餌水槽として維持していました。
この水槽の栄養塩はNO3-N:0.03〜0.05ppm、PO4-P:0.00ppmとほぼ超低栄塩養環境(ULNS)が達成されていました。
これ以上、NO3-Nを下げさせることが出来ないものかと、2002年頃、エタノールの少量投与を行ってみましたが、NO3-N:0.03ppmより下がることはありませんでした。
スキマー無しのためだったかもしれませんし、無給餌とはいえ、自然界より水量に比し、遙かにライブロックやサンゴなどの有機体を多く入れているという閉鎖系では、この辺りの低栄養塩が限度だったのかもしれません。

2007年、ガラス接合面の崩壊という水槽事故に出会い、この年の7月からEcoSystemに移行しました。
以前の水槽と同様、無給餌でしたが、EcoSystemにして半年はリン酸吸着剤を使いながらも、NO3-N:0.20ppm、PO4-P:0.01〜0.03ppmとやや栄養塩が高めに推移しておりましたが、半年を過ぎる辺りからリン酸吸着剤を使わなくても、NO3-N:0.10〜0.15ppm、PO4-P:0.00ppmと低下してきました。
水槽立ち上げ1年でMiracleMudを半量交換した際も、PO4-P:0.01ppmが2ヶ月ほど検出され、Mudにリンが含まれているようです。ただ、餌やりなどからのリン放出を考えたら、非常に微量ですが。
EcoSystem開発者のLeng氏は微量のリンはRefugia維持には必要で、うちのようにPO4-P:0.00ppmは「No good」だそうです。
しかし、外洋水を測定すると、いずれもPO4-P:0.00ppmであり、私個人はその値をキープしていきたいと思っています。

EcoSystem無給餌、安定期はNO3-N:0.10〜0.15ppm、PO4-P:0.00ppmという数字です。(Mudなしより若干硝酸が高い)

2007年以来ずっと無給餌できましたが、最近のミドリイシにも有機物を補給するという流行に流され、ちょっと添加を試みてみました。
2009年よりDT'S マリンフィトプランクトンを2日に一回2キャップ。2010年2月よりマリンフィトプランクトンを中止し、DT'S Oyster Eggsを2日に1回、0.3mlです。
投与後、NO3-N:0.24ppm、PO4-P:0.01ppmと若干の栄養塩上昇が見られました。
 

ラクツロース投与

水槽に炭化水素加えることにより、バクテリアの栄養塩同化によって硝酸、リン酸などを下げるという方法は、上記したように超低栄養塩環境(NO3-N:0.03ppm、PO4-P:0.00ppm)では目立った効果がありませんでしたが、タンパク質添加により、うちの水槽でも若干、栄養塩が検出されるようになりましたので、再度、炭化水素投入実験をしてみようと思いたちました。

他で試みられているエタノールや酢酸、ブドウ糖などでは二番煎じで面白みがありませんので、炭化水素源として、Lactuloseを選択しました。
Lactuloseは二糖類の一種で、医薬品としても使われています。ヒトに投与した場合、ビフィズス菌(Lactobacillus bifidus)や乳酸菌(lactic acid bacteria)などの細菌が増殖し、乳酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸などの有機酸を合成し、アンモニア産生菌の減少を減少させます。
また、水槽での病原細菌Vibrio属はLactuloseを利用しにくい細菌です。
水槽で同じ効果が期待できるか不確定ですが、このようなLactuloseの性質から選んでみました。

使用製品は「ラクツロース」です。薬剤としてのラクツロースはLactuloseが60%含まれ、Galactoseが13%以下、Lactoseが7%以下含まれています。
今後は、物質しては「Lactulose」、製剤としては「ラクツロース」と表記します。

なお、医療では、肝不全や小児の便秘に使います。
肝不全を起こしたひとは腸内細菌の産生するアンモニア等の毒素が肝で解毒されず、脳症を起こします。
この場合、ラクツロースの腸内アンモニア細菌の抑制により、脳症が改善されます。
また、便秘の小児には比較的安全な緩下剤としても使われます。
ヒトに消化吸収されず、ビフィズス菌や乳酸菌によってLactuloseは有機酸に分解され、その有機酸の腸管刺激によってマイルドな緩下効果が期待できます。

ラクツロース↓

DT'S Oyster Eggs↓

投与方法は、DT'S Oyster Eggs30ml(一缶)にラクツロース30mlを合わせます。これでC/N=28.6とCN比20以上になります
(cf:http://www.ne.jp/asahi/mc/minatomachi/cn20.html
CN比20以上としたのは窒素、リンの二次、三次利用も考えてのことです。
なお、DT'S Oyster Eggs30mlには蛋白7%、脂質2.5%、繊維分0.2%が含まれているそうです。

混和法は、DT'S Oyster Eggsを冷凍庫から冷蔵室に移し、低温解凍します。
30mlを15mlずつ二つの容器にわけ、それぞれに冷やしたラクツロースを15mlずつ加えて、良く攪拌し、再び冷凍庫に戻し急速に凍結させます。
(高濃度の糖との混和ですが、冷凍庫で凍結してくれました)
DT'S Oyster Eggsを一旦解凍するのはあまり望ましいことでないかもしれませんが、当方では特に腐敗やその他の有害事象は生じませんでした。

混和↓

結果

450リットル水槽に、一ヶ月半ほど上記の「ラクツロース添加DT'S Oyster Eggs」を2日に一回、1ml(DT'S Oyster Eggsとしては0.5ml)入れました。
他の給餌は行っていません。
その結果は、NO3-N:0.10〜0.15ppm、PO4-P:0.00ppmと全く無給餌だったEcoSystem安定期の栄養塩濃度に戻りました。
炭化水素源としてラクツロースを上記の条件で使用した場合、スキマーなどが無くても、サンゴ給餌分の栄養塩は消去できるようです。
おそらく、有機化された栄養塩はサンゴ等の餌として二次利用されていると思われます。

まとめ
無給餌、Natural System:NO3-N:0.03〜0.05ppm、PO4-P:0.00ppm
無給餌、EcoSystem    :NO3-N:0.10〜0.15ppm、PO4-P:0.00ppm
サンゴ給餌EcoSystem  :NO3-N:0.24ppm、    PO4-P:0.01ppm
サンゴ給餌+ラクツロース :NO3-N:0.10〜0.15ppm、PO4-P:0.00ppm

補1:
糖などのバクテリアの栄養源投与によって有益なバクテリアを増やし、有害なバクテリアを減少させることを「プレバイオティクス(Prebiotics)」と呼び、有益なバクテリアそのものを投与する事を「プロバイオティクス(Probiotics)」呼びます。
バクテリアの栄養源を入れても、水槽のバクテリア多様性が失われていれば、かえって有害なバクテリアの繁殖を招くかもしれませんし、有用なバクテリアを水槽に入れても、そのバクテリアが利用できる資源がないと消えてしまうでしょう。
一般に栄養塩の高い水槽ではバクテリアを始め生物の多様性が減少してるケースが多いようです。

補2:
炭化水素を投与する場合、KHが高いと、サンゴに有害との報告があります。
今回、あえて、ラクツロース投与前KH7〜8だったのをKH10〜12まで上げて実験してみましたが、サンゴに有害な作用は有りませんでした。
ただ、もとから栄養塩が高い水槽はバクテリアが偏っていたり、餌を多く投入する水槽ではやはり高KHが有害なことがあるようです。
今回は、高くなったと言ってもサカナに給餌する水槽よりは遙かに低栄養で、サンゴ給餌も少量でしたので、高KHが有害作用を示さなかった可能性があると思います。
サカナに給餌する水槽で、炭化水素添加を行う際は、その量、KHの値に十分注意してください。


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