C/N20

好気的条件で炭化水素を加え、バクテリアに窒素やリンを吸収させて栄養塩を下げる水槽管理法が、2006年頃より流行し出しました。
ここでは、その水槽管理法を具体的に説明するのではありませんが、炭化水素と窒素の関係についてまとめたいと思います。

なお、炭化水素のうち、実際には水素がエネルギー利用されるわけですが、炭化水素の存在量を示すのに、炭化水素中の炭素を以てその指標にします。
炭化水素を水素供与体と呼んでいるのに、炭素率とか、炭素量とか言うのはそのためです。

多種類の細菌が存在する好気環境で、炭素源に比べ窒素が多いと、細菌は蛋白、アミノ酸などの有機窒素をアンモニアなどの無機窒素に変えます。(アミノ酸より窒素を切り離し、有機酸を作り出してエネルギー利用する)
これを窒素の無機化といいます。
逆に炭素源に比べて窒素が少ないと細菌は無機窒素を取り込んで菌体成分として利用します。
これを窒素の有機化と言います。
炭素と窒素の量を比較するのに「C/N」(炭素窒素比、炭素率)を用います。
利用可能な炭化水素中の炭素重量をC、その系内の窒素重量をNとし、その重量比で炭化水素と窒素の多寡を比べる指標です。

環境によって変わりますが、C/Nが20以下(窒素が過剰)だと無機化、20以上(炭化水素が過剰)だと有機化が起こります。
サカナの餌のような窒素リッチな有機物だとアンモニアなどの無機窒素が放出され(それに伴ってリンも放出)、流行のエタノールなどの炭化水素添加で炭化水素過剰にすると無機窒素の吸収が起きます。(それに伴ってリンも吸収)
どうしてC/N=20が分岐点になるかというと、細菌の菌体成分はC/N=5くらいであり、菌体を合成したり、代謝でエネルギーを消費すると、その資源としては、C/N=20で構成される場合に、炭化水素と窒素を共に無駄なく使える最適値となるからです。

まとめ
C/N;シーエヌ比、または炭素率と呼びます。
C/N<20・・・窒素の無機化(タンパク質、アミノ酸からのアンモニア、硝酸産生)
C/N>20・・・窒素の有機化(アンモニア、硝酸からのアミノ酸、タンパク質産生)

A) C/N<20の例

1)サカナ、サンゴに給餌する場合
乾燥餌は50〜60%のタンパク質を含み、タンパク質の16%が窒素重量ですから、8〜10%が窒素となります。
乾燥餌を0.1g与えると8〜10mgの窒素負荷となります。
サカナの成長分として吸収された蛋白をひいた残りは、異化されアンモニアなどの形で窒素排出されます。

2)ライブロック飢餓
腐敗したライブロックはアンモニアを大量に出しますが、新鮮なライブロックでも硝酸を少量ですが長期間出すことがあります。
これは、ライブロックに大量に住み着いているフィルター食生物が海から水槽に入れられ、飢餓状態にされると、生存生物は自分の体構成蛋白を分解してアミノ基を切り離し、残った有機酸をエネルギー源として利用します。
このため、C/N比が減少を続けます。
すると、上記の理由で窒素の無機化が卓越し、その分の窒素が長く排出されます。

一方、ライブロック内部では嫌気部分でその硝酸の脱窒による消費もあります。
その結果、ライブロックから出てくる硝酸はその差となります。
水槽に往復水流があると、ライブロックのフィルター食生物や岩内部の硝酸還元菌にエネルギーが供給され、窒素排出は少なくなったり、硝酸低下になったりします。
水流や岩の状態次第で、ライブロックは硝酸を放出したり、分解して減少させたりします。
余談ですが、炭化水素添加をやっている場合は、過剰な細菌というリスクがあり、水槽がこの状態になると枝状ミドリイシが白化しやすくなります。
その点でも細菌捕食を助ける良い水流はリスクの低減になります。
このように、水流は大変大事な要素で、造波装置はライブロック間の有効な水流を作り出す良い装置です。


B) C/N>20の例

1)炭化水素添加
良く循環された水槽は水中にほとんど有機物を含まず、餌・排泄物の硝化によって窒素が加わります。
ということは窒素の有機化に必要な炭化水素が少ない状態で、窒素が負荷されます。(C/N<20状態)
バクテリアに窒素を取り込ませて、有機化して処理するには、外部から有機炭素源を与える必要があります。(C/N>20にする)
これが、最近流行のBP法(バクテリオプランクトンシステム;BacterioPlankton System)の原理です。

代表的な炭化水素添加法について、C/N=20を計算してみましょう。

a)VSV(Carbon)法
ウォッカ40度(C2H5OH)200ml;0.4×200×24/46=41.7(g) 
酢酸5%(CH3COOH)50ml:50×0.05×24/64=1(g) 
砂糖(C12H22O11)21g:21×144/342=8.8(g) 
上記は含まれる炭素量(g)です。
すなわち、VSV;250ml中Carbon51.5gがふくまれ、VSV;0.1ml中ではCarbon20mgが含まれます。
これは、C/N=20では、窒素1mgに相当します。
VSV0.1mlで窒素1mgを有機化する計算になります。

b)Mrutzek and Kokott(2006)法
100リットルにつきVodkkaを1〜3日;0.1ml、4〜6日;0.2ml、7〜21日;0.5mlで窒素、リンが下がり始めたら添加量を減らして行く、という方法です。
ここでは、Vodka0.1ml中Carbonは0.021g(21mg)含まれますから、およそ窒素1mgを有機化する計算になります。
VSV法も、Mrutzek and Kokott法も単位添加量あたりの窒素処理能力は同じくらいですね。

ただし、後述するように、照明をしている水槽ではサンゴの粘液生産や海藻の光合成があり、これらに由来する炭化水素源がありますから、上記の添加量より少ない量で窒素の有機化が始まると思われます。

2)カブトムシやシロアリの代謝
カブトムシやクワガタは、ほとんど繊維分から出来た昆虫マットを食べて、タンパク質豊富な体に成長し、C/N=100と窒素が極端に不足した枯死植物を食べて、シロアリは膨大な生物量を作り上げています。
この、窒素源が少ない環境から窒素豊富なタンパク質を作り出す仕組みにも窒素の有機化の原理が働いています。

シロアリは腸管内に住み着くバクテリアを利用してセルロースを分解して利用しやすい糖や有機酸を作り出す一方、自分の排泄する尿酸をClostridium属の細菌を使って無機窒素とし、両者を併せることで、C/N>20の環境でアミノ酸、タンパク質を作り出しています。
他に、空中窒素も昆虫消化管内細菌により固定しているようですし、それで出来た窒素化合物は上記の排泄リサイクルで無駄なく、自己の成長に利用しています。
この空中窒素固定、排出窒素の再利用で、窒素不足の環境でもタンパク質を作り出せています。

カブトムシやクワガタムシも体外の真菌利用という違いはありますが、同じような原理でタンパク質を作り出しています。
ちなみに真菌育成のために小麦粉をクワガタマットに加える方法がありますが、小麦粉はグルテンの形でタンパク質(窒素)を多く含みますので、小麦粉を入れすぎると、C/N<20となり、窒素の有機化ではなく無機化が進行しアンモニアなどの発生が始まってマットの腐敗に繋がります。

3)ウシの蛋白合成
ウシの反芻によるセルロース分解はよく知られていますが、ウシはこのほかに尿素を胃内に分泌し、尿素から分解された窒素をC/N>20の消化管環境でタンパク質に作り替えます。
牧草を肉に変えてくれるのも無機窒素の有機化が働いているのです。

ちなみにC/N>20の消化管ではメタンが発生し、C/N<20の肉食動物ではインドール、スカトール、アンモニアなどの窒素、硫黄化合物によるガスが発生します。

4)水槽での光合成
サンゴや海藻による分泌粘液、光合成産物は海でも水槽でも大きな炭化水素供給源です。
水槽にC/N>20になるより少量の炭化水素添加で窒素の有機化がおきるのは上記の炭化水素が合わさる結果だと思います。
(サンゴの粘液についてはTetsuo氏が詳しく解説されています)

5)無給餌飼育
無給餌飼育の場合、あらたな窒素・リン負荷はなく、サンゴや海藻の光合成が行われて炭化水素が産生されますから、必然的にC/N>20となり、サカナなどから出された無機窒素は素早くバクテリア、その他の生物に取り込まれ、生物構成物という有機物になります。

補)
水槽内で産生された有機物、微小生物は底棲生物をはぐくみます。
私は、ライブロックやサンゴを砂の上に直置きしていますが、下部が嫌気化する事はありません。岩の下面にはゴカイが張り付き、また岩のサンド層には5mm間隔でゴカイが巣を作っています。これらを養っているのも窒素の有機化と思われます。

直置きして六ヶ月の岩、2年もすると下面全部がゴカイに埋められる。

スポイトで砂を一吹きしたところ、折れたり飛ばされたのもあるが、砂面平均5mm四方に一匹のゴカイが棲む。

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