怪奇 クラゲルゲの恐怖

前編

作:いっぱんじん様

「お先に失礼しまーす。」
節子はいつものように明るくそう言うと事務所のドアを閉め、駐車場に停めてある、自分の軽自動車に軽い足取りで向かった。
 成川節子はとある地方都市で地元企業に勤めながら、24歳になる今も両親と一緒に暮らしていた。
節子の家は比較的裕福で、その会社にも地元の短大を卒業後、父親のコネで就職したものであった。
しかし、育ちの良い彼女は明るく礼儀正しく、仕事にも責任感があったため、社内の誰からも好かれていた。
今日もOLの中でただ1人、1時間ほど残業して仕事をやり終えた節子は更衣室で私服に着替えると会社を後にした。
かなり春めいてきたとはいえ、夕方はまだ寒く、彼女は車に乗るとすぐに暖房のスイッチをつけた。
節子は
「スカートやめときゃよかったかなー」とひとりごとを言った。
その時の彼女の服装は、襟に
水色の縁が入ったやまぶき色のポロシャツに、これまた白と黒の線が襟に入った水色のラコステのVネックセーターを着ていた。
スカートとソックスは白で、少しスポーティな服装である。
それは最近、父や兄に誘われて始めたゴルフの、打ちっぱなしの練習に行くためであった。
会員である節子はそこでゴルフの指導を受けることもあったが、この日は節子がほのかに恋心を寄せている若くてハンサムなゴルフコーチの指導日でもあった。

だんだんあたりが夕闇に包まれ、節子は町外れまで来ると国道から練習場に向かう道に入った。この道路は周りが一面の草むらになっていて、ひと気の少ない道である。
節子はライトを
スモールからオンにした。 
その時である、道の100m程向こうの左側から
赤く点滅する棒を持った黒い制服を着た男が出てきて、節子の車を停止させた。
男は「警察です。付近で重大な事件が発生しました。検問を行っておりますので、お急ぎのところ恐れ入りますがご協力お願いします。この奥で確認を行わさせていただいております。」
と言うと、節子の車をそこから入る細い脇道の奥に誘導した。
200mばかりいくとそこは空き地になっており、警察の車両と思われる大きな白黒のバンと、すでに数台の車が停めてあった。バンの中から警察官が出てくると、
「お急ぎのところ恐れ入ります。簡単な検問ですので、すぐ済みます。まずこの車へお入りになり、免許証をお見せ下さい。」
と節子を車の中に案内した。
中は暗く、テーブルとイスがあり、その警察官は節子をイスに座らせた。
警察官は彼女の免許証を見てからは何も言わずにずっとむこうを向いていた。節子は不安になり、「あのう、何があったのですか?」
とその警察官に尋ねた。
するとその警察官はむこうを向いたまま薄ら笑いを浮かべ、
「この町で若い女性ばかりが誘拐されている。その肉体は新しく生まれるドルゲ魔人の栄養分として使用されるらしい。」
とつぶやくように冷たい声で言った。
節子は驚いて立ち上がり、
「な、なんか変ですよ。わ、わたし、もう帰らせていただきます。」
と言うとそのバンから逃げ出そうとした。しかし、突然、数人の男達が節子の前にたちふさがり、彼女は難なく押さえられて麻酔薬をかがされ、気絶してしまった。バンの奥の扉を開けるとそこにはすでに3人の若い女性が横たえられており、節子もその中に加えられた。正体を現したアントマン達は
「これぐらいで十分だな。」と言うとその場を撤収した…。

 
「う、うんっ、」
少しずつ意識がはっきりしてきた節子が目を開けると、そこは薄暗い、洞窟の様な場所であった。はっとして体を動かそうとしたが両手両足が十字架の様な柱に縛り付けられており動かなかった。あたりを見回した節子はまず、自分の左側にも同じ様に3人の若い女性が十字架の柱に縛り付けられ並んでいるのに気付いた。
2人は不安そうにあたりを見回し、もう1人はまだ頭を垂れたままであった。
彼女達の数メートル前には
縦横3mはありそうな水槽が置いてあり、水面からはボコボコという音とともに白い煙がさかんに立ちのぼり、薄緑色に汚れた水槽の水の中には何か大きなものが入っている。
節子がよく目を凝らすと、それは
1m位はある巨大なクラゲであった!
(な、なにかしら、ここは。私、なんでこんなところに…)

ふと、自分が誘拐された状況を思い出した。
(あの警官、ニセ者だったんだわ。でも新しく生まれるなんとかの栄養として使用するって何のことだったのかしら…)
ここまで考えて節子はハッとした。

(ま、まさかこのオバケみたいなクラゲに食べられるわけじゃ…)

節子もクラゲが、魚など他の動物を捕らえて栄養分にしている事ぐらいは知っている。

(でも、人食いクラゲなんて、聞いたことがないわ。)

不安が募った節子は、横を向いて
「だいじょうぶですか?」
と横にいる女性達に声を掛けてみた。
「は、はい…」
複数の小さな声が返ってきた。さらに節子が
「なぜ、ここに連れてこられたのですか。」
と尋ねても誰も答えない。いや、分からないと言うのが正しいのだろう。
そのとき、洞窟の奥の方から

「ルロロロー、ルロローッ」

という低く不気味な声がしてきた。女性達はお互いに顔を見合わせながらざわめいた。
(な、なに、この声!)
それは節子が生まれて初めて聞く、地獄の底から聞こえてくる様な気味の悪い声であった。
突然、水槽の奥にある台の上に黒い煙があがり、声の主が現れた!

「ルロローッ、ドールゲ!」

そこには
黄色に光る目と爪の他は全身黒いヒダヒダに覆われた巨大なドルゲが立っていた。

「キャーアッ!」

女性達は驚きと恐怖のあまり、声をあげた。
「海に漂う醜き毒クラゲの化身、クラゲルゲよ、お前は悪のエージェントとして若い女をどんどん捕らえて溶かし、人間どもを恐怖のどん底にたたき込んでやるのだ。」

そう言うとドルゲは水槽の前まで来ると煙が立っている水面に手をかざした。
「ドーン!」
煙があがり、
「クゥラーッ、クゥラーッ、」という奇妙な声とともにドルゲ魔人クラゲルゲが水面から現れた!
「キャーッ!」
女性達は突然自分達の目の前で起こっている、信じがたいことにただおびえ、悲鳴を上げるばかりであった。
大きなむち状の触手になっている両手でズルズルと水槽からはい出てきたこの化け物は全身が白っぽく水に濡れて光っており、ブヨブヨした体は2メートル以上はありそうだった。大きな傘状の頭部からは無数の触手が垂れ下がっており、その髪の様な触手の奥には大きく光る目と縦に裂けたような吸盤状の口が見えた。

「さあ、今日は新しく誕生したお前に人間の若い女の味を覚えさせるために生け贄を用意した。存分に楽しむがよい。」
ドルゲがそう言うと、クラゲルゲは女性達に向かってゆっくり歩き出した!もはやこのクラゲの化け物に食べられてしまうことは疑いようがなかった。

(ど、どうしよう!まだ、死にたくない!いやっ!)
もう、のどがからからで声も出ない。しかし、クラゲルゲはまず、節子から一番離れた女性の方へ向かっていった。

「きゃーっ、やめて!来ないで!いやーっ」
白いブラウスにOLの制服らしい黒のベストとスカートに、紺色の襟の付いたカーディガンを着た、髪の下半分にふわっとしたパーマをかけた20代前半と思われる若い女性が、柱に縛り付けられたまま、泣き叫び、必死に逃れようとしている。しかし、彼女は動けぬまま、ついにクラゲルゲが
目の前に立った。

「ジョ、ジョーッ」
彼女の黒いタイツと靴から何か液体が勢いよくたれた。
失禁してしまったのだ…。
もう彼女は恐怖のあまり、うわごとのように何か言っているだけである。

クラゲルゲは両手の触手で柱に縛り付けられたままの彼女を抱きかかえるようにし、大きな傘から垂れている無数の触手をこの女性の体中に絡ませはじめた。
首筋や耳、
白いブラウスの襟もと・ボタンのすき間からも、紺色のカーディガンの肩や腕にも、スカートから伸びている細い足にも絡ませた。
最後に2本の腕をスカートの中に入れ、少しの間、もぞもぞしていたが、突然、その女性はビクッとして
「い、いやっ!」
と叫んだ。
スカートの中の局部の2つの穴にまで挿入されたのだ。
いよいよクラゲルゲは獲物を食べられる興奮が高まり、
「クゥラー、クゥラーッ」と体を細かく震わせだした。
そしてこの女性は、クラゲルゲの触手に絡まれたまま、
「あ、ああっ、あっ」とまた大きな声で叫びだした。
大きな目は見開いたまま、口も大きく開いたままで、彼女の体はぴくっ、ぴくっ、とけいれんしている。それはクラゲルゲの動きと同調しており、彼女の体内へ両手の触手から消化液がどんどん注入され、彼女に絡みつけられた無数の触手からも消化液が分泌されていった。
そしてもう、この女性はうなだれたまま動かなくなってしまった。
しばらくすると、彼女のブラウスの胸元からは
白い泡の様なものジューッとわき出し、そしてスカートから伸びる細い黒いタイツの足もとからも白いクリーム状のトロッとした液体がポタポタ垂れだした。
そのうちこの女性は
自分が溶けてできた白いドロドロに覆われた白いロウ人形の様になってしまい、クラゲルゲは絡みつけた触手と口でそれをどんどん吸収していった。

・・・何十分たったのだろうか、あの若くかわいらしかった女性は完全に溶解して栄養分としてクラゲルゲに吸収されてしまい、今はブラウスにスカートとカーディガンをまとった白骨死体と化し、十字架にだらんとぶら下がっていた…。


 
後編につづく