プライバシー・クライシスと人間の尊厳
                             ichi
 
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昨年1999年8月9日の参議院法務委員会で、通信傍受法が「強行採決」されたとマスコミは伝えたが、実際は強行採決は「未遂」だった。通信傍受法の審議では、電話の「盗聴」が議論されたが、実際の予算請求では「盗聴」設備としてDVD−RAMの導入が計画されている。これにより「電話盗聴」を自動化し、すべてをデジタルデータとして蓄積する事が可能だ。法案の13条でも「暗号化された通信」をいったんすべて保存することが記されている。これによりFaxや電子メールはすべて録音されてしまう。ここでは「傍受すべき通信のみ録音する」という憲法で規定された「令状主義」や「通信の秘密」は完全に破壊される。通信傍受法は「盗聴法」というより「盗聴・丸ごとコピー法」と言うべきだ。この通信傍受法は1年間の準備期間の後施工される予定だ。これに対し、この「盗聴・丸ごとコピー法」を「廃案に」という運動が始まった。また「盗聴・丸ごとコピー法」が国民総背番号制と結びつく時、人間の尊厳の根拠である「自分の意志で物事を考え決める」という自己決定権や、自由な言論を根底から否定することになるだろう。
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 第145回の通常国会は歴史に残る国会となるだろう。去年1月19日から始まり、前代未聞の57日間という会期延長をして、8月13日、暑いさなかに終わった。この長期の国会で、「国旗・国歌法」、新ガイドライン関連法、通信傍受法(いわゆる盗聴法)を含む組織的犯罪対策3法案、住民基本台帳改正案(国民総背番号法案)が、「自自公」によって成立した。
 ここではその中の「盗聴法」についてみてみよう。
 
     強行採決未遂  
 ピースネットニュース9月10日号に「永田町無法地帯を目撃 盗聴法案参院法務委での強行採決茶番劇」という報告がある。これは8月9日の参議院の法務委員会を、国会内のテレビで目撃した人の報告だ。
「8月9日の夜の盗聴法をめぐる茶番劇は、この国の議会制民主主義の終焉をはしなくも露呈していた。この日、参院の法務委員会で審議されていた『盗聴法・組対法3法案』が自・自・公による強行採決によって委員会を通過してしまった。正確にいえば強行採決未遂だったものがいつの問にか採決されたことになっていたのである。この経緯を指して私は茶番と呼ぶ。私はたまたまこの茶番の現場を国会内のテレビを通してリアルタイムで目撃することになった(各局のテレビニュースではこのシーンの録画を流し、法案は可決されたとした)。……午後8時55分頃、民主党の円より子委員の質疑の最中に荒木清寛法務委員長(公明)が突然、懐から何やらメモを取り出しながら『鈴木委員(正孝・自民)から出された動議について挙手を願います』と叫んだところでテレビの音声は途絶えた。後には委員長席に殺到した与野党の委員たちがもみ合う姿だけが映されていた。その直前は円委員が委員長に、理事会の開催を要求していたシーンであった。これに対して委員長が『後刻、後刻』とうわずった声を上げていたと思ったら突然、先の場面が現出したのである。テレビを観ていた私たちや傍聴席で見守っていた人々も、自・自・公が強行採決を試みたことは理解出来たが、到底それが成立したとは思えなかった。翌日午後3時より参院議員会館第一会議室での記者会見の席上、民主・社民・共産の各議員は、口々にこの採決の無効を訴えた。杜民党の福島瑞穂参院議員によれば、採決は少なくとも動議の採決と3案一括の採決の2回は行わなければならない。3案別々であれば4回ないし5回が必要だという。ところが私たちが目撃したシーンではせいぜい1回なされたかどうかである。質疑中だった当の円より子議員も、間題場面のビデオを再生し、議事録を取り寄せた結果、採決はなされていないと断言した。議事録には「聴取不能」の文字が並んでいたのである。そもそも質疑打ち切りがなされていない以上、円議員の発言中の鈴木委員の動議は単なる不規則発言にすぎないと円議員は言う。それでも盗聴法案は強引に会期末前日の8月12日に参院本会議で可決成立したことになってしまった。・・・まさに『何でもあり』の無法地帯が永田町に出現した感がある。」
 これを読んだとき、本当にこんな事が国会で起こったのか疑問だった。マスコミはこの法務委員会での「強行採決」を報じていたが、この報告では、必要な「採決」さえもされていない。「採決不明」あるいは「強行採決は未遂」と、「強行採決」では、天と地ほども違う。本当にこんな事態だったのか?
 では、当事者の円より子議員の声を聞いてみよう。
「世界」緊急増刊「ストップ自自公暴走 日本の民主主義の再生のために」(1999年11月発行/岩波新書)に「国会からの報告」として「自自公の『数』こそ彼らの弱み」と題して円氏が書いている。
「九日夜八時。四三委員会室は異様な雰囲気に包まれていた。議員だけでも一〇〇人を超す傍聴者と各TV・新聞が詰めかけるその中で、私は参院審議の中で次々と出てきた法案の問題点を列挙した。そしてそれらがまだ解明されていないうちに採決に入ることの無謀を訴え、委員長に『総括質疑もしていない。いつやるのか』と質問した。委員長は『理事会で協議する』と口をすべらせた。これでは採決ができない。「では今すぐ理事会を」と迫る私に自民党はあわてて緊急動議の挙手をし、あの乱戦へと突入したのである。
 採決は無効との野党の主張を無視する自自公に対し、民主党は内閣不信任案を提出。しかし、衆院であっさり否決される」。
 
      初めて議事録というものを見る
では、議会の議事録は実際どうなっているかみてみよう。(この議事録は、次のホームページから)。
http://www.jca.apc.org/privacy/data/145kokkai/san/19990809hou.txt
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第145回国会 法務委員会 第27号 1999年08月09日      (1999年08月25日 15:00 登録)
平成十一年八月九日(月曜日)
   午後七時五十三分開会
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  出席者は左のとおり。
    委員長         荒木 清寛君
    理 事  鈴木 正孝君  服部三男雄君
         円 より子君 大森 礼子君
         平野 貞夫君
    …………
    ─────────────
<0001>=委員長(荒木清寛君)= ただいまから法務委員会を開会いたします。
 組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律案、犯罪捜査のための通信傍受に関する法律案及び刑事訴訟法の一部を改正する法律案を一括して議題といたします。
この際、三法律案審査のため、去る六日に行いました視察について、視察委員の報告を聴取いたします。鈴木正孝君。
……………
<0037>=円より子君= 日本国内の凶悪犯罪の発生状況は、欧米諸国と比較して極めて低い水準で推移していることは政府も認めています。
 人口十万人当たりの発生率では、日本は、殺人ではアメリカの約九分の一です。強盗では何と百十三分の一にしかすぎません。銃器を使用した犯罪も増加していません。オウム事件に対する捜査が盗聴法やマネーロンダリングの規制がなかったため十分でなかったという主張は全く論外であります。・・・
 通信傍受法案の成立を急ぐ理由として、国際的な要請があるということも言われてきました。しかし、いわゆる国際組織犯罪条約はまだ金融活動作業部会、いわゆるFATFですが、ここで審議中であり、採択はされていません。条約の内容がまだ確定していないのに国内法を整備するなどということは大変おかしなことです。・・・
 また、この通信傍受法案は固定電話を想定してつくられたものであって、インターネット通信の傍受についてはほとんど想定されておりません。参考人質疑や公聴会でも、この法案のままでは不特定多数のメールが警察に捕捉され、産業に悪影響を与えることが指摘されました。・・・
 さて、令状できちんとチェックするとの説明も政府側からなされました。これまでも裁判所が令状請求を却下したのは〇・一%以下です。審議では、逆に令状では歯どめにならないことも明らかになりました。・・・
 以上が、本日議了できない最大の理由であり、先週金曜日の理事懇で本日の議了に私どもが反対した理由です。………そしてこれから議了、採決しようという暴挙に対し、私たちは大きな反対をいたしますが、これは委員長の職権の乱用であり、強引に委員会を開催するとは、数の論理ですべてを押し通そうという考えであり、そのような数の横暴を国民は決して許さないでしょう。(発言する者多し)委員長、聞いてください。後ろでお話なさらず聞いていただけますか。
<0038>=委員長(荒木清寛君)= ちゃんと聞いております。
<0039>=円より子君= じゃ、結構でございます。(発言する者あり)……後ろでお話をなさっていても聞いてくださっているんだと思います。・・・私は希望をつなぎ、本日強行採決をなさらないことを望みたいと思います。──聞いていらっしゃいますよね。
<0040>=委員長(荒木清寛君)= 聞いております。
<0041>=円より子君= はい、結構でございます。
 二十一世紀はもう目の前です。二十一世紀を担う子供たちが安心して暮らせる社会をこの国がつくっていくために、二十一世紀の日本を監視社会にしないために、与党の委員の皆さんも再度考えを改め、良識ある対応をしてくださることを切に期待するものです。・・・法務大臣の御答弁ももちろん欲しいんですけれども、………大臣はこの総括質疑をすることに反対でいらっしゃいますか、賛成でいらっしゃいますか。
<0042>=国務大臣(陣内孝雄君)= その点については委員会でお決めいただくことだと思います。
<0043>=円より子君= 申しわけありません。今全く聞こえませんでしたので、もう一度お願いできますでしょうか。
<0044>=国務大臣(陣内孝雄君)= 委員会でお決めいただくことだと思います。(「そのとおり」と呼ぶ者あり)
<0045>=円より子君= では、これは多分理事懇か理事会での協議になると思いますので、委員長、ぜひ総理への質問ができるように総括質疑を開いていただきたいんですが、明確なお答えをいただけませんでしょうか。
<0046>=委員長(荒木清寛君)= 理事会で協議をいたします。ただし、そのようなことであれば、どうして金曜日の八月六日の理事懇の際にそういう御主張がなかったんでありましょうか。……(発言する者多し)
<0047>=円より子君= 私どもはまず──皆さんちょっとお静かにしていただけませんでしょうか。(「理事会、理事会」と呼ぶ者あり)・・・
 先週の金曜日は、そういったことの話し合いもできないうちに、荒木委員長が御自分の裁定できょうの組織三法の委員会を開くと、それこそ強行なさったわけで、今ごろ、金曜日になぜ言わなかったのか、そんなことをおっしゃるとは思いませんでした。今ぜひ、もしあれでしたら今から理事懇を開いていただきたいと思います。(「そうだ」と呼ぶ者あり、その他発言する者多し)
<0048>=委員長(荒木清寛君)= 円理事に申し上げます。質疑を続けてください。──質疑を続けてください。
0049>=円より子君= 理事会を開いていただくということの確約がありましたら、私、これから質問したいと思います。(発言する者多し)
<0050>=委員長(荒木清寛君)= 円理事に申し上げます。質疑をお続けください。(「答えは」と呼ぶ者あり)
 先ほど申し上げましたように、理事会で協議をしますということは申し上げましたが、それは今やるべきことではございませんから、質疑を続けてください。──質疑をお続けください。
<0051>=円より子君= 今、理事会を開くとおっしゃいましたよね。協議をするとおっしゃいましたね。いつそれはなさいますか。
<0052>=鈴木正孝君= 委員長
<0053>=委員長(荒木清寛君)= 後刻、後刻……(議場騒然、聴取不能)
 鈴木君提出の動議に賛成の方の挙手を願います。(議場騒然、聴取不能)
   〔委員長退席〕
   午後八時五十五分
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 確かに、議事録を読んでも、審議が強行に中断されてはいるが、必要な採決はされていない。この法務委員会では、何か不明な動議について「強行採決」らしきものはされたようだが、法案については「採決」すらされていない。「強行採決は未遂」というのが事実に近い表現だ。
 ここで大変問題なのは、マスコミの報道だ。多くのマスコミが委員会に詰めかけていたにもかかわらず、この事態を正確に報道したマスコミは皆無だった。マスコミは、「採決不明」や「強行採決未遂」とは報道せずに、「強行採決」と報じた。これは事実に反する報道だ。私はマスコミは必要な報道をしていないと思っていたが、まさか事実と異なる報道をしているとは思ってもいなかった。もし、マスコミがこの時「採決不明」や「強行採決未遂」と報道していたら、その後の事態の展開はおおいに異なったものになっていただろう。違う風に言えば、政府はマスコミは正確には報道しないということを前提にして、国会の議事運営をしているともいえる。
 
     データを地引き網で引っ張る
 盗聴法での議論は電話の盗聴についてがほとんどだった。しかし、現実はこの盗聴法はメールの「盗聴」
正確には「複製・丸のぞき」に威力を発揮する。これについて、ピースネットニュースの1月号に、ネットワーク反監視プロジェクトの今井という人が「盗聴捜査DVDーRAM導入の狙い」と題して解説している。
(注)DVDとは、デジタル記録媒体でデジタル・ビデオ・ディスクの略。映画ソフト、カーナビソフト、パソコンの外部記憶装置などにも利用されている。
その後の国会審議で出てきたDVD
 10月26日の参院決算委貝会で、福島瑞穂さんが盗聴法関連予算について質間されています。警察庁は平成12年度の予算概算要求の中で、盗聴用の記録装置として4億6200万円を要求しています。これは62式ということで、単純に考えて1台745万円の記録用装置を62式買うと聞いております。1台745万円と非常に高いわけですが、『これはどういう中身の記録装置なんでしょうか』という質間をされています。これについて政府側の説明員の林という人が、『それについては記録装置の機能の概要としましては、傍受した電話音声を記録する機能をはじめFAX信号に対応する機能、その他通信傍受法に沿った傍受作業が可能になるような機能を実現するということを考えている』と答えています。この1台700数10万円と言っているものがどういう装置かというと、どうもDVDーRAMというものを内蔵した装置らしいということが明らかになってきました。
 このDVDというのは、非常に多様な使われ方をしてまして、パソコンの外部記憶装置としては最近だんだん標準で搭載されつつあります。……iMacはDVDーROMを搭載した機種がパソコン込みで17万8000円です。DVDプレイヤーは7〜8万から10万ぐらいだと恩います。どうころんでも700数十万円という数字はDVDだけからはちょっと出てこないんです
 DVDというのは、多彩な使われ方が出来ると言われてますけども、記憶容量が大きいからいろんな使い方が出来るというだけのことです。FD(注)に換算すると、現在のDVDの標準のフォーマットが片面2.6ギガ、両面で5.2ギガバイトの容量を持ってます。FD3700枚分ぐらいだと思っていただければいいと思います。これがたとえば盗聴に使われるとして、電話の会話記録をこのDVDーROMに記録すると、普通のアナログ電語の場合、だいたい1秒間に8キロビットぐらいの情報が使用されます。1秒8キロビットで計算すると、5.2ギガというのはだいたい1500時間に相当します。言い換えると62日間です。24時間しやべりまくって、それをずっと盗聴したとしての時間です。こんなことは現実にはありえませんから、1日8時間盗聴だと考えればDVD1枚で片面3ヵ月、両面で6ヵ月分ぐらいの盗聴が出来てしまうというような代物です。
(注)FD:フロッピーデスク
盗聴法の目的は目民に対する総監視体制の確立
 ……ハードディスクなんて、今は30ギガ40ギガなんていうのが10万円以下で買えます。ですから5ギガというのはたいした容量じゃないんです。間題なのは、その容量の大きさよりも音声データがデジタルで記録されるということなんです。コンピュータ盗聴というのは、そのデータがデジタルだからなんです。デジタル盗聴されるがゆえに、あるキーワードで検索をするとか、データベース化するとか、あるいは非常に断片的な情報を拾い集めて全体的に意味のある情報を組み立てていくとか、そういうコンピゴータに非常になじみやすいデータとして蓄積されてしまうんです。
 盗聴法の法案が審議されている過程では、DVDのDの字も出てきたことはなく、電話盗聴というのはカセットテープでやるんだという前提で話されてます。……最初の段階ではインターネットの話はほとんど出ていません。・・・デジタルで記録するなんて話はおくびにも出していません。ところが、実際に盗聴法を施行するとなるとデジタルなんです。盗聴法の目的というのは、犯罪捜査のための盗聴なんかではないんです。文字通り大量のデータを地引き網のように引っ張ってきて;何でもかんでも聞いてしまって、それを後から検索したり並べ換えたり、例えば声紋で特定の個人を特定したうえでデータベース化するとか、こうした電子的な国民に対する総監視体制以外の何ものでもないんです。
 
導入説明書から見えてくる嘘
 ここに警察庁が出した導入説明書というものがあるんです。・・・通話が開始されたこと、通話中であるか否か、通話が終了したことを認識出来ること、というようなことを書いてるんです。それから同一の機械において自動的に一定の時間間隔で傍受と中断を繰り返すような設定に出来ること。こういう導入説明書を書いているんです。・・・ところがこれは盗聴用に現在警察庁が導入しようとしている機械の機能、スペックとして業者に要求していることなんです。……これは人間が傍受して該当性判断するなんていうことじゃない。どんな優れたコンピュータでも、人間に代わって今交わされている会話がこの令状に書かれている罪名に該当して傍受の対象となりうるかどうかなんていうことは判断出来ません。つまりこれは完全自動盗聴です。おそらく電話がかかってきたら録音開始する。電話が切れたらやめるんでしょうね。つまり会話は電話がかかっている間すべて聞くというスペックだとしかこれは判断出来ない内容だと思います。・・・
 やはり福島さんが質問をなさっています。『長時間録音された会話の中から捜査に必要と恩われる単語や人物の声を検索するための音声認識システム、そんなことは可能なんでしょうか』と。それに対してやはり林という人が、『そういうことは不可能であろうと思っています。要するに必要なものをキャッチして必要なものを記録し、不必要なものは消去する。そういう機能を持たすというかっこうになると思います』と答えてます。これはこの人のまったく認識不足であるか嘘であるかどっちかですね。こういうことはまったく可能です。つまり盗聴したテープの中から音声認識技術を使って特定の声紋を識別してある人間の声だけを拾いだすというようなことは簡単に現在のコンピュータ技術で出来ます。それからキーワード検索ということに関しては、音声データのままでは現在の技術では若干難しいかもしれませんが、音声データをテキストデータ、文字のデータに自動変換することは簡単に出来ます。文字データになってしまえば、これは検索なんていうことは朝飯前なわけです。現在導入されようとしている盗聴装置というのは、そういうシステムであるというふうに考えざるをえないわけです。つまり盗聴を自動化し電話盗聴においてもそれをすべてデジタルデータとして蓄積し、音声認識技術や検索技術や等々の技術を使ってそれをデータベース化していく。……法案の審議過程では、非常に言葉を左右してごまかしていたものが具体的な概算請求でばれてくるわけです」。
 
      とりあえす全部の傍受
 今導入されようとしてるのは、古典的なテープに録音する盗聴ではなく、現在のパソコンの技術を前提にした「盗聴」だということがわかる。また「盗聴」という言葉そのものが、現在の技術で政府がもくろんでいるものにふさわしくないと思ってしまう。これについて、東浩紀という人が「通信傍受法と想像力の問題」と題して、雑誌「世界」の臨時増刊「ストップ自自公暴走 日本の民主主義の再生のために」(1999年11月発行)に書いている。
 東は「この法案が、一方でデジタル通信の傍受を想定しているにもかかわらず、他方でその技術的な条件(デジタル通信を傍受する状況)についてあまりも無配慮なこと」を指摘している。
 例えば、通信傍受法第12条に規定された「立会人」が、実際にどう機能するかをみてみると問題点がよくわかる。
「通信傍受法の第十二条は、傍受捜査に第三者が『立ち会う』ことを定めている。この表現からも分かるように、そこでは明らかに、捜査員が被疑者の通話をヘッドホンで試し聴き、傍受すべきか否かをその場で判断し、さらにそれを立会人が監視するという光景を前提とされている。言い替えればこの法案は、あらゆる通信が発信されると同時に傍受され、また理解されることを想定している。しかしすでに述べたように、デジタル通信はそもそも送信側と受信側の時間的一致を必要としない。……例えば電子メールを発信とともに読むのは不可能だし、携帯電話の通話もまたデジタル化されているため、リアルタイムで聴くためにはそれぞれ異なった復号化装置が必要とされる。それゆえデジタル通信の傍受は実際には、ヘッドホンのイメージで想像されるようなリアルタイムの作業(盗聴)ではなく、デジタル化・暗号化された通信データをとりあえず傍受して保存し、内容の理解と分析はあとから行うという時間的に遅れた作業(データベース化と解析)になることが多いと予測される。そしてデジタル通信がもたらすこの新たな傍受のあり方は、法案が定める立会人規定から実質的な意味を奪い、さらには、それを切断権で強化することもまた不可能にしてしまうと思われる。というのも、通信の記録と内容の理解が同時に行われないのであれば、立会人の役割は必然的に、通信されたデータを記録し複製する作業を眺めるだけ、ひどいときには、その記録を可能にするため行われるシステムの変更作業(例えば、被疑者に宛てられたメールを自動的に複製し捜査当局に転送するように、メール・サーバの設定を変える作業)を眺めるだけになってしまうはずだからだ。この状況においては立会人は、たとえ切断権が与えられたとしても、それを行使することが原理的にできない」。  国会の審議では、「立会人」の「切断権」が議論されたが、今みてきたことは、デジタル通信の「傍受」にはこの切断権や立会人そのものが完全に無力のものとなることである。また、傍受法には、デジタル通信に対応した条文が次の13条にあり、かなり正直に「無差別に」録音することを宣言している。
 東はこう指摘する。「この法案の第十三条は、『外国語による通信又は暗号その他その内容を即時に復元することができない方法を用いた通信』について、とりあえず、『その全部』を傍受し、のちほど『速やかに、傍受すべき通信に該当するかどうかの判断を行わなければならない』と定めている……。これは条文上はあくまでも例外規定だが、携帯電話や電子メールの傍受ではむしろこちらが原則になると思われる。というのも、デジタル化された音声データやテクストデータは、ある意味ですべてが『内容を即時に復元することができない』ものだと言えるし、実際に解読に時問が掛かることも多いからだ。とすればこの場合、捜査当局は被疑者の通信をとりあえずすべて傍受する(複製する)ことが許されるのであり、『傍受すべき通信のみを傍受する』という令状主義は実質的に維持されない。つまりここでは、アナログ通信の傍受を前提とした例外規定が、デジタル通信の傍受を前提としたとき原則へと変わってしまい、その結果、法案の根幹にあるべき理念までが大きく揺らいでいる。……治安と自由どちらを選ぶのか、国家主義か人権かといった困難な議論をするまえに、まず可決された条文の不備を技術的に指摘しておかねばならないように思われる」。
 国会の多くの議論はアナログ通信の状態を前提にして進んだ。しかし、東は、デジタル通信の現実をふまえ、法案にデジタル通信の傍受について必要な「歯止め」がまったくない事を指摘している。
 
      権力は聴いているか? 
 また、東は運動側が「盗聴法」という表現を使用した問題点も指摘している。
 「朝日新聞は、通信傍受法に原則反対する立場から5月下旬に『権力が聴いている』と題する連載記事を載せている。・・・そこでは必然的にヘッドホンによる盗聴が傍受捜査のモデルと考えられ、デジタル通信の傍受はほとんど扱われなかった。例えば連載記事のひとつは、傍受記録を録音した『磁気テープ』の保管に懸念を表している。これそのものは正当な懸念だが、やはりデジタル通信の傍受では事情が異なる。例えば電子メールの傍受、すなわち複製を考えた場合、データが収められたフロッピーディスクやハードディスクそのものの保管は中心的な問題にならない。というのもデジタル情報はたやすく複製・転送され、しかも痕跡を残さないのが特徴なのであり(だからこそメールの傍受もできる)、オりジナルがいくら厳重に保管されていても、決してデータそのものの機密性を保証しないからだ。したがってむしろそこで必要なのは、記録媒体そのものの保管条件の厳格化ではなく、傍受したデータを複製し、必要な処置を加えてデータベース化し、さらにそれを転送してほかのデータベースと結合させること(いわゆるデータ結合)を防ぐための、まったく別のタイプの厳格化要件になるだろう。しかし盗聴という隠喩を用いているかぎり、ひとはそれについて考える必要がない」。
 「第二に、『盗聴』には『盗むこと』が含まれている。このイメージは私には、通信傍受法をめぐる議論をきわめて情緒的なものに変え、生産的な指摘を妨げてきたように思われる。・・・・確かに私の考えでも、可決された条文では傍受捜査の濫用の余地が大きく残されている。しかしそれは決して、捜査当局が倫理的に腐敗しているからではないし、またそのように言う必要もない。第十三条を例に述べたように、可決された条文の術語はデジタル通信の傍受をまったく考慮に入れておらず、結果的に、捜査当局の腐敗以前に条文のレヴエルで令状主義が揺るがされている。このような欠陥は冷静に解決されるべきものであり、警察組織がそもそも信用できるのか否か、国家がそもそも信用できるのか否かといった、答えのない本質論とは決して混同すべきでない」。
 後半の指摘をあなたはどう思いますか?私は、これからの議論や運動にはこのような感情を一定抑えた主張がとても大切なような気がする。相手の土俵でも相手の論理的な不備を指摘する必要がある。
 ここまできて、「盗聴法」に変わる表現はなんだろう?「盗聴・丸ごとコピー法」とでもしておこう。
 
      釣り針とイマジネーション
  「盗聴・丸ごとコピー法」は、1年間の準備期間の後施行される予定だ。それに対して、「盗聴・丸ごとコピー法」を廃案にという運動が始まっている。
 去年1999年、11月2日に東京で「盗聴法廃止へ!署名運動発足集会」が約100名の参加で開催された。ピースネット12月号でその様子が紹介された
「この署名運動を最初に呼びかけた海渡雄一弁護士は、具体的な署名運動の説明とともに、『この法律に有効な歯止めをかけていく方策を考える中で生まれたのが盗聴法の廃止運動です』と、運動の意義を語るとともに、『1.署名をいろんなところで持ち込んで、市民のプライバシーを侵害する警察にこういう権限を与えたらどんなおそろしいことになるかわからないということを広く社会に対して示す。2.施行規則や予算面での対応については、携帯電話の盗聴技術の間題とか細かい間題が出てくるので、有効な時期に有効な発言をきちっとしていきたい。3.盗聴法の廃止を求める議員立法を国会に出して自・自・公との間に見えやすい争点をつくる。4.警察の活動をどうコントロール出来るのかを考えていく必要がある。イギリスでは秘密警察活動まで含めた監視機構が出来ており、警察に対するオンブズマン監視機構がイギリスでは現実に機能している』という、盗聴法廃止運動の四つの課題を提起しました。
 さらに海渡さんは、『昨年の10月ジュネーブの国連規約人権委員会で出された最終見解の中で、人権救済のための独立の機関をつくりなさいということがはっきり勧告されています。その勧告には、とりわけ警察と入国管理収容センターの二つの施設については緊急に人権救済機関をつくる必要があるということが勧告されています。盗聴法廃止運動が警察の暴走に歯止めをかけるような運動にしていきたい』と運動の展望を述べました」。
 2000年1月10日段階で「盗聴・丸ごとコピー法」廃止を目指す団体は全国で199にのぼっている。
 また、1月26日には参議院議員会館で「盗聴法の廃止を求める国会議員と市民のつどい」が開かれた。その様子をピースネット2月号で見てみよう。
悪報『盗聴法』廃止に向けて動き本格化
稀代の悪法『盗聴法』を廃止しようという運動が活発化しています。1月26日には参議院議員会館で『盗聴法の廃止を求める国会議員と市民のつどい』が開催され、民主・社民・共産・国民会議・二院クラブの各野党から衆参国会議員16名が参加しました。ウィークデイの午後にもかかわらず市民も約100名が参加し、『盗聴法廃止』の声がいよいよ高まってきたことを示しました。盗聴法反対運動を記録したビデオ『盗聴法ゴミ箱へ』が上映され、各党議員からそれぞれ盗聴法廃止に向けての決意が語られました。……このつどいの中で注目すべき点は、民主党のネックストキャビネットの法務大臣である江田五月衆院議員が参加したということです。院内集会を開催するごとに国会内に『盗聴法廃止』の機運が広がりつつあるということが実感された集会でした。29日には有楽町マリオン前で、盗聴法の廃止を求める街頭署名活動が実施されました。約40名の市民がチラシを配布しながら道行く人々に請願署名運動がスタートしたことを伝え署名を呼びかけました」。
 今まで、「悪法」が通ってしまえば「終わり」という考えが支配的だった。しかし、「悪法」を作ったのは人(議員)である。「悪法」をなくすことが出来るのもやはり人(市民→議員)だろう。この動きが成功すれば、日本の民主主義が新しい貴重な一歩を踏み出すことになり、そのとき、私たちは、国家のために人びとがあるのではなく、人びとのために国家があることが実感できるだろう。
  
 去年1999年、7月17日、朝日新聞の論壇で平松毅氏(憲法学者)が、「突出する日本の個人情報管理」と題し、ドイツでのIDカード導入にふれ「自己情報決定権」の大切さを指摘した。
 「つまり、自分に関するどんな情報が結合され、それがどう利用されるかが分からないと、目立った行動をとった場合、そのことが記録され、利用されるのではないかと不安にかられ、自制が働く。その結果、自分の意思でものごとを計画し、決める自由が制限される。それは、個人の発展の機会を妨げ、民主主義の基礎である個人の自己責任に基づく自己決定の権利を危うくするので、人間の尊厳を冒すとの判決が連邦憲法裁判所から出されたのである」。
 人間の尊厳の根拠に、自分の意志で物事を考え決める自己決定の権利がある。不利益をうけるという不安から「自制」させられる事は、人間の尊厳に対する侵害だという考えだ。日本にも根付いてほしい考えだ。
 
「盗聴・丸ごとコピー法」は、国民総背番号制と結びつくとき、人々の行動や、考えを萎縮させる効果を発揮するだろう。国民総背番号制の問題点を斉藤貴男という人が「プライバシー・クライシス」(文春新書)で指摘している。
「平和とは、人々が政治的な問題に関心を払わなくても生きていける状況のことだ。そんな時代が長くつづき、”戦争を知らない子供たち”が人口の大部分を占めるに至ったのは、それ自体は素晴らしいことである。/ただし、そうなると体験に代わる想像力ないし優れた知性が不可欠になる。釣られれば殺されて食べられるのを想像できないから、魚は釣り針に引っかかる。どこまでが安全で、どこからは危険だということを察知するイマジネーションが失われれば、人間も破滅する」。
            (2000年2月二十七日)
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