あなたの秘密を誰が知る?
ichi
| 映画「エナミーオブアメリカ」は国による個人情報管理の恐ろしさを描いている。米国は盗聴の歴史が30年以上にのぼる。日本でも盗聴法が成立したが、憲法が保証する通信の秘密や令状主義が崩されようとしている。国民総背番号制の法律も成立した。これらは、国が個人の情報管理を目指している。諸外国では国民総背番号制やIDカードへの反対が起こっている。今回の法改正は情報管理の一歩であり、これ以降の取り組みが大切だ。暗号の普及やIDカードを持たない取り組み、公文書公開の取り組みが大切だ。 |
はじめに
私たちは、アメリカをどうイメージしているだろうか?「自由の国」「民主主義」「軍事力」「インターネット」などが、多くの人が思い浮かべる言葉だろう。
1999年4月に「エナミー オブ アメリカ」(原題Enemy of the State)という映画をみた。ここで描かれたアメリカは今まで知らないアメリカだった。
CIAをしのぐ機関NSA
「エナミー オブ アメリカ」の展開は次のようだ。
米国議会は、テロ防止策として提出された「通信システムの保安とプライバシー法案」をめぐって紛糾していた。法案が成立すれば、国家は思いのままに個人のプライバシーを侵害することができる。
テレビニュースの画面でタカ派議員が「アメリカに住む外国人の多くはアメリカに敵対意識をもっている。彼らからアメリカを守らなければならない」と言う。それをみて「プライバシーがなくなる」と危倶する妻に、「僕はテロリストじゃないから平気さ」と気楽に受け流す弁護士の男が主人公である。
NSA(National Security Agency:国家安全保障局)の行政官レイノルズは、法案反対派のハマースリー下院議員を暗殺する。その暗殺の場面が偶然ビデオテープに映される。そのビデオテープを渡されてしまった弁護士は、世界最先端のテクノロジーを総動員してビデオテープを探し回るNSAの職員たちに、追われることになる。
映画では、NSAのその恐るべきデータ収集・操作力を見せつけられる。自分のすべての行動は完全に監視されており、逃れる術はほとんどないとわかる。NSAの機関が、発信機、盗聴機はもちろん宇宙からの衛星カメラまで利用して、たった一人の無実の男を徹底的に追い詰めていく。
個人データの入手も、クレジットカードなどの遠隔操作も実に簡単にできてしまう。キーボードに男の社会保障番号を入力する。するとNSAのコンピューターは、本人や家族の経歴だけでなく、男が依頼を受けている労働争議の件、1年間同居した恋人のこと、銀行の入出金記録とその相手先まで報告してくる。男が、ホテルで身を隠そうとするが、すでにクレジットカードが使えなくなっている。
また、もと恋人は、現在男への情報提供の仕事をしているが、彼女と密会する場面を写真に撮られ、それが新聞の一面に載るという具合である。男は知らない間にプライバシーをあばきたてられ、社会的な信用を失い、弁護士事務所の職を奪われる。
ここに登場するNSAは実在する組織であり、映画で使われている技術はNSAが10年前にすでにもっていたものと言う。NSAはアメリカ国防省に属する機関であり、予算も職員数もCIAをしのぐ規模だが、極端な機密保持のため、米国においても長い間隠され続けてきた。1980年代にはNSAを知る人は米国民の1%もいないと言われていたが、1990年代に入って暗号の管理組織として知られるようになってきた。しかしその実態はほとんど知られていない。NSAの本部はメリーランド州にあり、1キロ四方ほどの敷地に4万人〜5万人の職員が働いていると言われる。数十台のスーパーコンピュータが稼働し、米国政府の通信を盗聴から守り、外国の通信を盗聴している。
(以上、ピースネットニュース’99年5月第134号、’99年8月第137号から)。
ここで、私が印象に残ったのは、国の組織が個人情報を知り集中管理することの恐ろしさだ。そのために盗聴は、大変威力を発揮する。また、個人情報が一つに集められることが、大変危険だ。そうすれば、国がクレジットカードに操作を加えることで、個人の経済生活を破壊することができるようになる。さらに、国の情報への支配が強まり、国が地方のマスコミ(この場合新聞)に情報を提供し、男を社会的に葬るような記事を載せさせることも可能になっている。
アメリカの盗聴の歴史
どんな経過でこのような事態に至ったのだろう?
「ピースネットニュース」(第133号、99年4月)によって、その経過をまとめてみよう。これは、電子フロンティア財団の元代表で、グローバル・インターネット・リバティー・キャンペーン(GILC)の発起人、また米国自由人権協会(ACLU)の副理事長でもあるバリー・スタインハード弁護士を招いての集会(3月下旬)で明らかにされたことだ。
アメリカでは1968年に盗聴が合法化された。(何と今から30年以上前だ)。
「政府はその際に、盗聴はきわめて特殊な犯罪に対してのみ行なわれ、一般市民は関係ないと説明した。ところが、それはまったく嘘だった。盗聴の対象は当初は誘拐や殺人事件が中心だったが、対象はどんどん広がっている。政府はテロリズムと戦うために盗聴が必要だと言う。しかし政府自身の記録はその逆であることを物語っている。テロリズムに関係した事件での盗聴は7年問に1件もなく、ほとんどのテロは盗聴によらない捜査方法で解決している。ACLUの調査によると、捜査当局が盗聴した内容の83%は犯罪と無縁の一般市民のたわいのない会話であったという。犯罪に関係した通話はわずか17%にすぎない。なお、盗聴件数はこの10年間で2倍以上に急増しているが、皮肉なことに、捜査の効果は減っている」。
「さらに98年、クリントン政権は議会を説得して、追尾盗聴(ロービングタップ)を認めさせた。これはある特定の被疑者に対して、その人につきまといながら、公衆電話も含めてその人が通話する可能性のある全ての電話を盗聴させるものであり、極めて多くの無関係な市民のプライバシーを侵害する可能性が高い」。
では、盗聴にコンピュータ技術が使われると、どのようなことができるだろうか。
「非常に多くの情報が世界中をかけまわっているが、その情報を網羅的に傍受し、収集した情報の相関関係を分析することによりとても多くのことを知ることができるようになる。また、音声認識技術を使えば網羅的に傍受した会話を電子テキスト化し、データベースとして利用することもできることになる」。(日本でも、音声認識ソフトがIBMから発売されている)。
「86年にはコンピュータ通信を盗聴捜査の対象とする電子通信プライバシー法が成立し、議会は技術進歩とともにプライバシー侵害が拡大することに懸念を示した」。
「一方FBIは盗聴捜査の拡大を企て、再三に渡り法改正を要求し続け、とうとう94年にデジタル・テレフォニー法(CALEA)が成立した。通信事業者、メーカーに対して、電話、FAX、パソコンなどの通信設備に盗聴可能な仕様を組み込むことを義務づけるというものである。これは家を建てる際に必ず壁に盗聴器をしかけることを義務づけるようなものである」。
まとめてみると、31年前に電話の盗聴が合法化された。13年前、コンピュータ通信の盗聴が合法化された。5年前、通信事業者、メーカーに対して、通信設備に盗聴可能な仕様を組み込むことを義務づけた(この法律の日本名は「通信支援法」というらしい。信じられますか、こんな法律!)。ただ、あまりにもひどいこの法律の実施は、通信業界の反発で実施されていない。1年前、公衆電話も含めて広範囲な電話盗聴が可能になった。「エナミー オブ アメリカ」でも、一度行方をくらました男の居場所が解ったのは、公衆電話の会話からだった。
令状は歯止めになるか?
朝日新聞は、7月に「盗聴捜査 米国の光と影」と題して、盗聴先進国米国の実状を特集し、「上」(7月15日)で公衆電話の盗聴の実例が紹介されている。
「97年8月以降、ロス市中心部の街角にある公衆電話と隣接するオレンジ郡の公衆電話の計5台が、捜査当局によって4ヶ月間にわたって盗聴された。この間に対象となった会話は約6万5千件。のべ12万人余りの会話を聴かれていたことになる。麻薬取引の売人が公衆電話を使うという理由で令状が請求されたが、逮捕者は一人もいなかった」。
また、特集の「下」(7月20日)で、先にでてきた米国自由人権協会(ACLU)の副理事長、バリー・スタインハード弁護士が司法のチェックシステムについて米国の現状を紹介している。
「司法のチェックシステムが働いているとも考えにくい。昨年は1331件出された令状請求に対して、却下されたのはわずかに2件。それ以前の10年間では、1996年に1件あっただけだった」。警察が盗聴を請求すれば、ほとんど裁判所から令状が発行され、盗聴が実行できるという実態だ。
日本では・・国際社会の要請?
国会で、盗聴法(通信傍受法)が、通ってしまった。この盗聴法について、「ネットワーク反監視プロジェクト」などがホームページを開いている。その中で
「盗聴法Q&A」(http://www.jca.apc.org./privacy/qanda/)というのがある。。盗聴法を理解するため、このいくつかのQ&Aをみてみよう。政府は、この盗聴法は国際的な要請があると主張していた。
Q.「主要先進諸国では盗聴制度が整備がされており、このまま放置しておけば、日本が組織犯罪の"抜け道"となりかねず、組織犯罪対策の強化は、国際社会からの強い要請でもあります」という政党がありますが?
A.主要先進国の盗聴立法の性格はさまざまであり、例えばフランスの場合は、それまで盗聴が無制限に行われ、あまりにも人権侵害の弊害が著しいのでプライバシーを侵害する盗聴を抑制するために立法されています。わが国の盗聴法案のような積極的なものではありません。・・・わが国が組織犯罪の”抜け道”となるとの見解は詭弁です。例えば、米国とドイツのあいだの国際的犯罪組織の通信をわが国を経由させたとしても、両国で盗聴していれば、”抜け道”にはなりえません。
さらに組織犯罪については、国際会議が始まったばかりであって、現時点では何も決まっていません。盗聴捜査についてはまだ審議もされていません。「国際社会の強い要請」とというのは海外の事情に明るくない国民に不確かな情報を流していると言われても仕方がありません。
盗聴の範囲はどうだろうか?
Q.電話の会話以外の盗聴はむずかしいという意見もありますが?
A.盗聴法案が成立した段階で、すでに存在する仕組みを利用して直ちに実施できる盗聴としては、電話の会話があります。現在設置してある電話局の交換機をそのまま利用することができます。しかし、FAXをはじめそれ以外の通信の盗聴にはコンピュータのプログラムや器械を新しく作ることになります。その中には簡単に安くできるものもありますが、開発にかなりの費用を要するものもあります。そうはいっても、法案が成立すれば国の予算で開発することができます。数億円程度の機器の開発も国の予算からすればそれほど高価なわけではありません。また、お金さえかければ、高機能な盗聴器機の開発も可能です。
Q.電話盗聴よりもインターネットの盗聴のほうが無限定といわれていますが?
A.法案の3条1項は、盗聴の対象を「電話番号その他発信元又は発信先を識別するための番号又は符号によって特定された通信の手段」としています。電話では令状記載の電話番号について盗聴されますが、インターネットの盗聴はこの「符号」について盗聴されます。しかし、コンピュータはすべて「符号」で動くのであって、いわば「符号」の世界ですから「符号」というだけでは何を盗聴するのか分かりません。インターネットで不可欠なIPアドレスという符号について盗聴できるとすれば、プロバイダの会員の1人がテロ的カルト集団に所属していると、全会員の通信を盗聴することが可能になります。そして、コンピュータ通信では、その仕組み上すべての情報が一旦記録されます。
わが国の最大規模のプロバイダは約3百万人の会員を持っていますから、そこにたった1人の容疑者がいるだけで、捜査機関は3百万人のインターネット上の情報を入手することになります。それをどのように使うかは事実上捜査機関の自由な裁量にまかせられます。法案所定の刑事手続きにだけ使用する保障は何もありません。容疑者以外でも捜査機関が興味を持った人物がインターネット上のメールや電子会議、インターネット電話などでどのような言動をしているかをコンピュータを使って記録から簡単にチェックできることになります。・・・インターネットの仕組みは複雑なため、・・・マスコミなども十分伝えていませんが、将来的には電話の会話よりも大きなプライバシーの脅威になる可能性があります。うがった見方をすれば、インターネットの知識が十分ではない市民やマスコミが気が付かない間に「符号」というコンピュータにとってはなんの特定にもならない言葉を忍び込ませて幅広い盗聴を可能にしようとしているとも考えられます。
電話での盗聴よりも将来的には、インターネットの盗聴の方が大きな悪影響をもたらす可能性があることがわかる。
いったい憲法はどうなった
盗聴法については、憲法との関連が気になる。
Q.この盗聴法案にはナチスや戦前の全体主義時代の考え方が含まれているといわれていますが?
A.犯罪は実行される前に阻止するのが有効であることはいうまでもありません。しかし、犯罪のおそれがあるというだけで強制捜査が行われると大きく人権が侵害されます。なぜなら「犯罪のおそれ」というのはとてもあいまいだからです。例えば友だちと些細なことで口論になって思わず「ぶっ殺したる〜〜」と口走っただけでも「犯罪のおそれ」があると判断されかねません。全体主義・独裁国家や戦前のわが国ではこの犯罪のおそれだけで身体を拘束する「予防拘禁」が認められ、実際にとてもあいまいな理由で多くの政治犯がその対象とされました。
この悲惨な歴史を反省して、現在では犯罪の事前防止が大切なことは当然ですが、強制力は現実に犯罪が行われたというはっきりした時点以後に行使するのが、自由主義国の刑事訴訟法の大原則になっています。・・・ところが、盗聴法案には限られた条件のもとですが、まだ実行されていない犯罪も対象になっています。この点がナチスや戦前のわが国の法律の復活またはその予兆とされています。
憲法第35条の「令状主義」との関連で、中島茂樹氏が「憲法と矛盾する『盗聴法』」(6月11日、朝日新聞)で指摘している。
憲法第35条は「何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収をうけることのない権利をもっている」。現行犯以外を除き、この権利は「正当な理由に基づいて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない」。すなわち、警察が裁判所に令状を請求するために、対象とする犯罪を特定し、押収する物を特定することを憲法第35条は定めている。しかし、今回の盗聴法は、将来予想される犯罪に関する盗聴(事前盗聴)、盗聴の必要があるかどうかを判断するための試し聞き(予備的盗聴)、令状の範囲外の内容に関する盗聴(別件盗聴)などが認められているため、憲法第35条の令状主義に違反することになっている。
また、憲法第31条の「適正手続き」との関連はどうだろうか。
Q.盗聴したことを通知しないほうが被疑者の利益になるという見解を出している政党がありますが?
A.国民は「知らぬが仏」でいれば良いという古い考え方と言えます。意に反し会話の内容を盗聴されること自体が人権侵害であり、憲法の適正手続きの保障(憲法31条)の元では通知した上で不服申し立ての機会を与えることが必要です。被疑者の利益は不服申し立ての中で法的に主張されてこそ適切に守られるものであって、隠すことが被疑者の利益とは言えません。
われわれ市民には知る権利があります。また、それでこそ、違法な盗聴の市民によるチェックが可能になります。そして、容疑者と同じ電話を使った人やその友人、取引先の盗聴されることの不利益は何ら考慮されていません。
Q.「警察が信頼できないので、プライバシーを侵害するおそれのある通信傍受を認めるべきでない」との意見に対して「国民が警察を信頼していないと言う指摘は、事実に反する」という政党がありますが?
A.・・・国家の仕組みにおいて信頼は濫用の温床です。特に刑事手続きでは国民の人権を侵害するおそれが高いため、単に法律で手続きを定めるだけではなく、手続きの内容自体が人権侵害のおそれがない適正なものであることが必要です。これが適正手続きの保障です(憲法31条)。・・・すなわち、信頼関係があるなしに関わらず人権侵害のおそれがない手続きの保障が憲法の要請です。この法案では、犯罪に関連するか否か、盗聴記録の削除、盗聴内容の別件への利用など多くの点が警察官が裁量を適正に行使するだろうという信頼にゆだねられており、憲法の「適正手続きの保障」に反するものです。
また、このように信頼に依存した制度を先年の共産党国際部長宅違法盗聴をおこなった警察に委ねるのは一層危険です。過去の違法な盗聴を頑として認めないようでは、信頼以前の問題です。
憲法第21条@に「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」A「検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない」とある。私は、盗聴法はこの第21条に明らかに違反していると思う。
あなたが持たされる番号
もう一つ、大変重要な法案が今国会で通った。住民基本台帳法の「改訂」だ。これも個人情報を国が把握しようとするものだ。
7月17日、朝日新聞の論壇で平松毅氏(憲法学者)が、「突出する日本の個人情報管理」と題し諸外国の例を引きながら、次の問題点をあげている。
「住民基本台帳法改正案は、国民すべてに生涯不変の番号を付けると同時に、国民にその番号を付けた身分証明書(ID)カードを携行させようとするものである」。
「背番号制を採用しているスウェーデンのデータ検査院長は、一九九六年に埼玉県で講演したとき、次のように述べた。制度の導入により、一つの番号を知るだけでその個人の所得、病歴、前科、職業など、官公庁が保有する個人に関するあらゆる情報を検索でき、その個人になりすますことができるほどで、その乱用を抑制することはできない。そのた苦情が殺到して国会に廃止が提案されたが、いったん制度ができたあとでは廃止することは不可能だったと。その乱用は、他人の全人格に関する情報が、一つの番号によってあまりに簡単に得られる制度自体に原因があるのである」。
「ドイツでは、IDカードは導入したが、カードの番号を国民背番号として便用できないよう、カード更新のつど番号を変更し、個人情報検索に利用できないよらにした。背番号制を採用することは自己情報決定権を侵すことにつながるからである。つまり、自分に関するどんな情報が結合され、それがどう利用されるかが分からないと、目立った行動をとった場合、そのことが記録され、利用されるのではないかと不安にかられ、自制が働く。その結果、自分の意思でものごとを計画し、決める自由が制限される。それは、個人の発展の機会を妨げ、民主主義の基礎である個人の自己責任に基づく自己決定の権利を危うくするので、人間の尊厳を冒すとの判決が連邦憲法裁判所から出されたのである」。
「ナチスがフランスを征服したときに、すべてのフランス人に背番号を付けた。疑わしい行動をした者をただちに捕らえるためだった。このため、フランスではIDカードを導入するにあたり、警察はカードの個人情報を犯罪の場合以外は蓄積してはならないという条件を付けた」。
「オーストラリアでは、税の捕捉漏れと社会保障の不正受給を減少させるという理由で、八五年にIDカードの発行が提案されたが、カードは現金取引を捕捉できないこと、カードを中央のコンピューターと結合すれぱ全国民のデータベースができ、国民を監視する国民総背番号制になるという理由で反対運動が生まれ、ついに否決された。国民背番号制による官公庁保有の個人情報の統合は、犯罪予防とか脱税防止に有効であるよりは、むしろ、警察力の動員を正当化できない個人の軽微な違反、合法的に行動している個人の過去の経歴や弱点を捕捉し、それにより個人を畏怖させ、萎縮させるのに威力を発揮するだろう」。
「この番号制によって管理される恐怖は、実際に施行されないとわからない。例えば、背番号制の導入後、数十年してやっとその実態を理解した韓国は、今年一月、番号を付ける電子住民カード発行の実施を決めていたのを取りやめた」。
「自治省が発行を予定しているのは、集積回路(IC)を内蔵したIDカードである。その携行は任意だといわれているが、カードを持たないと受けられないサービスがあるため、事実上、任意ではありえない。国はカード携行による利便を強調しているが、この施策を先取りした島根県出雲市では、カードがほとんど利用されないため、当初のカードは廃止された。これに代わる新カードも対象者の一割弱しか希望しないため、機能を縮小した。この制度が住民の利便とは無縁の制度であることを実証したといえる」。
ピースネットニュース第134号(1999年5月発行)では、この韓国の状況が紹介されている。
「韓国では今年からICカードの導入が決定されていましたが、反対運動の高まりで一転中止になりました。以下はその韓国の状況を見てきた白石孝さんの報告です。『韓国では1962年に総背番号制が導入され、現在の紙製のカードには写真と指紋が付いている。最初は無かった番号が南北対立のなかで68年から付けられ、75年には12桁から13桁になった。さらに途中から常時携帯が義務づけられた。13桁の番号を見れば、誰にでも生年月日・出身地などが一目瞭然でわかってしまうというひどいもの。ICカードについても法案が通り施行目前だったが、キリスト教団体や労働組合のナショナルセンターなど民主化を求める人たちが大がかりな市民運動を展開して、撤回に追い込んだ。かれらは現在の身分証制度を改め、住民登録番号を廃止せよとも訴えている』」。
4つの情報とICカード
さて、今回国会を通った住民基本台帳法のポイントは次のようだ。
・すべての国民の住民票に10桁のコード番号を付け、住所、氏名、生年月日、性別の4情報とともに全国の自治体とつないだコンピュータ網に載せ、公益法人の全国センターで一元的に管理する。
・児童扶養手当や恩給の支給など16省庁の92事務に限って、中央省庁も生存や住所確認などのためにシステムを利用できる。
・どこの市町村でも4情報の記載された自分の住民票の写しをとることができる(誰がこれを便利と考えるだろうか?)
また、一番問題となるICカードの扱いは、
・住民は市町村から氏名、住民票コードなどが記録されたICカードを受けることができる。市町村は条例でカードの利用目的を規定する。
すなわち、ICカードは希望者に配布されるということだ。また、カードの利用目的や必要性は市町村で決めていくことになる。
国民に一つ割り当てられると言う番号については
・市町村長は住民一人ひとりに番号を付け、転入者は前住所の番号を継続する。ただし番号は変更できる。
とある。
こうみてくると、国による個人情報の管理はその一歩を踏み出したが、背番号「先進国」の状態をみればまだまだこれから本当の情報管理の問題がでてくるといえる。
国と個人の大きな変化
盗聴法も住民台帳法の改悪も、国と個人情報という点で共通している。
今までは、国と個人の情報は建前では離れていた。
しかし今回の法律で国が個人の中に入ってこようとしている。
これは大変大きな変化だ。しかもこれを良しとする国民はまだ多くない。そのため、次のような処置を政府も考えざるを得ない。
盗聴法では、毎年「傍受令状の請求・発行の件数、罪名、傍受期間、傍受で逮捕した人数などを国会に報告し、公表する」ことに法で決められた。
また、住民基本台帳法では「プライバシー保護の観点から、施行の前提として自自公三党は3年以内に民間部門を含む包括的個人情報保護法(仮称)を制定することで合意した」(1999年8月13日、朝日新聞)。盗聴法では、毎年の国会の報告、住民基本台帳では「個人情報保護法」がどうなるかが大変重要だ。
これからできること
この2つの法律を通して次のことを考えた。
盗聴法では、どう考えても通信の秘密や令状主義をうたった憲法21条や35条に違反したことが、行われようとしている。これは実質的な改憲だ。憲法の大切な原理がいとも簡単に壊されようとしている。
コンピュータネットワーク社会は、ある意味では情報が中央集権的に集められ、捜査・監視される社会だ。例えばクレジットカードで物品を購入することは、自分の生活の情報を特定の団体に提供しているともいえる。クレジットカードが支配する社会は、大変危険な社会といえる。「エナミー オブ アメリカ」でも、追われている弁護士が自分のクレジットが使えなくなり、社会生活ができなくなった。できる限り、クレジットカードを使わずに、現金で処理したい。これは、自分の情報が社会でどう流れていくかについて、きちんと理解し、自分で管理する必要を示している。
インターネットを流れる情報は、莫大になっており、いったん盗聴システムが完備されれば、記録・検索がきわめて容易だ。更にそのつど個人の情報に加えていくことができる。それに対して暗号を広く流布する必要がある。暗号と言えば大げさに聞こえるかも知れない。しかし普通のEメールは「葉書」のようなもので通信の知識のある人ならのぞくことが可能だ。暗号はEメールを「封書」にすると理解すればいい。例えばPGPという暗号を紹介するホームページが多くある。(http://www.jca.apc.org/~taratta/link/tech.html で下の方のハードウエアー関係のページにPGP関係の多くのリンクがある)。
国による個人情報の蓄積は、始まったところだ。ICカードの危険性を知らせ、決してICカードを持たないような運動を作る必要がある。また、自治体がICカードでどのようなサービスを行おうとしているかきちんと監視、提案する必要がある。
国による個人の情報管理の流れと逆に、公文書(情報)公開は、個人によって行政の情報をつかみ広く社会に開示する動きだ。これは大変重要で時には有効だ。私自身、A市に公文書公開でいくつかの文書を請求し、その中のいくつかは議会の答弁でも明らかになっていないことをオープンにできた経験がある。この時、今まで自分とは離れていたり、自分の「上」にあると感じていた行政が、 自分と同じ地平で自分がその中に入り 込んでいくように思えた まだ「エナミーオブ アメリカ」を観ていないあなた、ぜひ観て下さい。これはこれからの国を示しています。