ビッグコミック、2001年6月10日号
 
 
 
C級サラリーマン講座(山科けいすけ 作)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
事態の推移
                                    N
1、抗議の手紙その1 (2001年5月30日)
 
2、編集者の返事その1   (6月4日)
 
3、抗議の手紙その2    (6月7日)
 
4、編集者の返事その2   (6月22日)
 
5、山科けいすけ氏の返事  (6月22日)
 
6、問題の整理と山科けいすけ氏のその後の対応(?)(2001年7月27日)
 
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抗議の手紙その1            (2001年5月30日)
 
前略。
私は20年以上、ビッグコミックを愛読している者です。
6月10日号(No932)の「C級サラリーマン講座」の「日本男子」に大変疑問を持ちました。以下、その理由を書きます。
 
「日本男子」という題のマンガで、西郷部長が英語を話す外国人にぶつかって倒して、それを見ていた女子職員が「ステキ」と述べ、西郷部長の行動を「賞賛」しているという内容になっている。
問題点。
1、この西郷部長の行動は、普通には「無能な上司」、「無礼な上司」、「乱暴な上司」という題がふさわしい。このような無能な人間が「日本の男の望ましい姿」のように言うのは、「日本男子」を馬鹿者扱いしている。
2、この西郷部長の行動は、英語が話せないという「引け目」、「劣等感」を隠すために、相手に攻撃的に向かうという人間として極めてレベルの低い行動だが、それを「賞賛」している。
3、このマンガを外国人が読んだら、日本社会・企業・日本の人々が外国人に対して理由もなく暴力的に振る舞うことが「奨励」されていると考えるだろう。日本の国際的信用を大変落としているマンガだ。また、外国人に対して、理由もなく暴力的に振る舞うことを「奨励」する気分が、実際に災害などの「危機的状況」で外国人に無差別に暴力が振るわれる基礎を作ることとなる。日本人による外国人への「犯罪」を鼓舞している反社会的な内容だ。
 
 一度、このマンガの舞台を「韓国」、「ロシア」や「アメリカ」と変えて、英語を日本語に、英語を話す外国人を日本人と変えて、このマンガを読んでみてください。笑えますか?このマンガを喜ぶ社会や国に行きたいと思いますか?このマンガを笑う人々と国際的に仲良くなりたいと思いますか?
 
 6月15日までに、誠実なコメントや反論をお待ちしています。
 もし、いただけないようであれば、私たちが開いているホームページに、このマンガの問題点、貴社の対応を載せます。よろしくご検討下さい。
 
                            ** 戻る **
 
2、編集者の返事その1                (6月4日)
 
前略
 私ビッグコミック編集部で山科先生の担当をいたしております、△△と申します。5月30日付のお手紙を拝読いたしまして、取り急ぎご返信をさせていただきます。お申し越しの件にうまくご返答できるかわかりませんが、当方としての所感を申し上げたいと思います。
 まずは20年にも渡るご愛読をいただいているとの由、深く御礼申し上げます。さて、山科氏の「日本男子」における表現についてですが、この作品が、お手紙の冒頭で分析なさっておられる通りに『女子社員が「ステキ」と述べ、西郷部長の行動を「賞賛」している』というところで終結する作品であったならば、3点にわたってご指摘をいただいた問題点はまさしく仰るとおりであろうかと思います。ただこの作品は、いうまでもなくギャグであり、作者の目線はこの作品中でこのOLとも、また西郷部長とも一致しておりません。一連の西郷部長ものに通底するのは、男はこうあるべし、という訓戒、寓話の類ではなく(表現上それが明白かどうか、という新たな問題点に関しては、明白である。と当方は考えます。なぜならこの作品がギャグとして提示されているからです。つまり訓戒、寓話の類では笑いになり得ない以上、読者の皆様にその先を考えていただけるであろうと当方では考えております)、ただ単に鈍重な男が、周囲の勘違いによって大人物に祭り上げられてゆくという話で、本人の無自覚と周囲の過剰反応のギャップのおかしさを狙ったものです。
 以上が編集者としてのこの作品への思い、の部分です。ただしそれとは別に、この作品がどう読まれたか、どう読まれうるかということに関しては常に気を配って行かねばならないと、常日頃考えております。その意味で××様のご指摘は、蒙を開かれた思いでした。20年にも渡りご愛読いただいている方にかような誤解を生じせしめたのは、まさしく編集者として不明を恥じ入るばかりです。今後はこのようなことのなきよう一層注意を払って編集作業を進めていきたいと思います。またお気づきの点などございましたら、お知らせいただきたいと存じます。
 末筆ながら、××様の益々のご健勝をお祈り申し上げます。
                                    草々
平成13年6月4日
                        ビッグコミック編集部 △△拝
                              ** 戻る **
 
3.抗議の手紙その2                 (6月7日)
 
<編集者の△△さんへ>
前略
 早速、ご返事をいただきありがとうございます。
 私は、6月10日号(No932)の「C級サラリーマン講座」の「日本男子」に大変疑問を持ち、5月30日付けで文章をお送りした者です。私はお送りした文章に対して、まず作者の山科先生のコメントなり反論なりを期待していました。どうかお手数ですが、別紙に前回と同様3つの疑問点を書いていますので、山科先生に直接お渡しいただいて、山科先生のコメントなり反論なりをお願いします。
 
 さて△△様のコメントについて以下の疑問を持ちました。
 △△様のコメントで「一連の西郷部長ものに通底するのは、・・・ただ単に鈍重な男が、周囲の勘違いによって大人物に祭り上げられてゆくという話で、本人の無自覚と周囲の過剰反応のギャップ」とあります。しかし少し前、「C級サラリーマン講座」で、新入社員と西郷部長が相撲を取る場面のマンガがあり、西郷部長がぶつかってくる新入社員を次から次へと投げ飛ばし、それを見ていた他の役員たちが「西郷部長はもう新入社員の心をつかんでしまいました」と述べ、お互いうらやましそうにしているものがありました。ここでは西郷部長は、「鈍重」では全くなく「たくましい、強い」人物として描かれています。また、西郷部長本人が「大人物に祭り上げられてゆく」ことに対して「無自覚か自覚的」かは、いつも西郷部長の表情を一定にして描いているので、明らかではありません。
 西郷部長は、この「C級サラリーマン講座」に登場する人物群の中で、「鈍重」では決してなく、珍しく「肯定的な人物」として設定されていると理解するのが普通です。△△様の西郷部長の捉え方は、あまりにも「C級サラリーマン講座の実態」とかけ離れています。
 
 △△様、編集者として次の質問にお答えください。
@△△様は、「読者の皆様にその先を考えていただける」と述べていますが、では具体的にこの「日本男子」では、「その先」とは何ですか?
 △△様、編集者ではなく一読者として、前回にお尋ねした次の疑問にお答えください。
Aこのマンガの舞台を「韓国」、「ロシア」や「アメリカ」と変えて、英語を日本語に、英語を話す外国人を日本人と変えて、このマンガを読んでみてください。笑えますか?
Bこのマンガを喜ぶ社会や国に行きたいと思いますか?
Cこのマンガを笑う人々と国際的に仲良くなりたいと思いますか?
 
 大変、お忙しいとは存じますが、どうぞ6月22日までに、誠実なコメントや反論をお待ちしています。
 もし、いただけないようであれば、私たちが開いているホームページに、このマンガの問題点、貴社の対応を載せます。
 なお、送っていただいた図書カードはいただく理由がありませんので、返却いたします。よろしくご検討下さい。
2001年6月7日
                                   ××
<作者の 山科けいすけ氏へ>
前略。
 私は20年以上、ビッグコミックを愛読している者です。
先生がお書きになった6月10日号(No932)の「C級サラリーマン講座」の「日本男子」に大変疑問を持ちました。以下、その理由を書きます。
 
「日本男子」という題のマンガで、西郷部長が英語を話す外国人にぶつかって倒して、それを見ていた女子職員が「ステキ」と述べ、西郷部長の行動を「賞賛」しているという内容になっている。
問題点。
1、この西郷部長の行動は、普通には「無能な上司」、「無礼な上司」、「乱暴な上司」という題がふさわしい。このような無能な人間が「日本の男の望ましい姿」のように言うのは、「日本男子」を馬鹿者扱いしている。
2、この西郷部長の行動は、英語が話せないという「引け目」、「劣等感」を隠すために、相手に攻撃的に向かうという人間として極めてレベルの低い行動だが、それを「賞賛」している。
3、このマンガを外国人が読んだら、日本社会・企業・日本の人々が外国人に対して理由もなく暴力的に振る舞うことが「奨励」されていると考えるだろう。日本の国際的信用を大変落としているマンガだ。また、外国人に対して、理由もなく暴力的に振る舞うことを「奨励」する気分が、実際に災害などの「危機的状況」で外国人に無差別に暴力が振るわれる基礎を作ることとなる。日本人による外国人への「犯罪」を鼓舞している反社会的な内容だ。
 
 6月22日までに、誠実なコメントや反論をお待ちしています。
 
                              ** 戻る **
 
4、編集員の返事その2              (6月22日)
 
前略
 ビッグコミックの編集部の△△と申します。前回いただいたお手紙からお返事が遅れてしまい申し訳ありませんでした。さて、前回いただいたお手紙の時点で、最初のお便りとともにはじめて山科先生にお見せしてご意見をお伺いしたところ、自分なりの返事を書きます、と仰っていただき、その手紙も書き上がりました。それをそのまま編集部でワープロにて清書したものを同封いたします。清書の際には文言はいっさい変えておりません。最初のお手紙から引き続きお問い合わせの3点に関しては、そちらをお読みください。
 前回のお手紙で私宛にご質問の件ですが、以下にお答えさせていただきます。
 「その先」とは、受付嬢たちも作者の意見を代弁したり、世間の常識を擬した存在ではない、ということです。それ以下3つの質問に関しましては、山科先生のお手紙にも書いてあることですが、このマンガが「日本男子」というタイトルにも関わらず、日本男子かくあるべし、というステートメントでは一切なく、日本人の外人コンプレックスに批評の目を向けたものですから、対外的にどう思うか、あるいは立場を入れ替えたらどうか、というご質問は、少なくともギャグの世界・山科先生の表現意図としては意味のないことです。もし、ご不審のご質問があればこのようなかたちで表現意図をご説明中し上げてご了解いただく、ということしかありません。
 以上簡単ではありますが、編集部のご説明とさせていただきます。
 
平成13年6月22日
                         ビッグコミック編集部 △△
                              ** 戻る **
 
5、山科けいすけ氏の返事              (6月22日)
 
 ××様の疑問点についてお答えいたします。
 まず、疑問点の1と2は内容に重複しているところがありますので、併せてお答えいたします。
 西郷部長のような「無能」「無礼」「乱暴」な上司の、人間として極めて低いレベルの行動を「日本の男の望ましい姿」のように言ったり、「賞賛」している、というご指摘ですが、これはそのような態度を示しているのが、一見まっとうに見える受付嬢だから××様は問題にしているのだと思われます。もしいかにもヘンな人間が同様な態度であったのなら、『ヘンな人間がヘンな事言ってやがる』程度にしかとらえなかったのではないでしょうか。
 ギャグマンガの登場人物には、いわゆる普通でないヘンな人が大勢います。私が描くものなど大半がそうです。あからさまにヘンな人間もいれば、ごくごく普通に見えるけれど、やっぱり感覚や行動がちょっとヘン、という人物もおります。もちろんまともな人物も出てきますが、それは漫才でいう「ツッコミ役」で、ヘンな人やヘンな事を際だたせるためのものです。総じてヘンな人間がヘンな事を言ったりヘンな行動をするヘンな世界、それがギャグマンガの世界、現実とは似て非なる世界です。
 説明がくどくなりましたが、これは根本の事なので、ぜひ理解していただきたいと思います。
 話を戻します。西郷部長は仰る通り「まとも」ではありません。でも受付嬢達もまた「まとも」ではないのです。その「ヘン」さにおいて差はありますが、やはり同じ世界の人間なのです。
 この場合彼女たちを「まとも」な人間に設定してもマンガとしては成り立ちます。“ステキ”などと言わず、ただ呆然と“なんなんだコイツ”みたいな表情で西郷部長の後ろ姿を見てればいいわけで、それは「無言のツッコミ」になります。そうはしなかったのは、担当編集者の指摘通り西郷部長が「中身もないのに周囲に大人物と勘違いされる存在」であるからです。当然彼女たちも勘違いして“ステキ”と思います。これは西郷部長シリーズでは一貫した流れ、「ボケ」の西郷部長に周囲が「ツッコミ」出なく(ママ)「ボケ」で返すという内容に沿ったもので、白然な成り行きに過ぎません。「まとも」そうな登場人物だからといって、その言動が正論だったり作者の意見だったりするわけではないのだす(ママ)。非常識人のやることを肯定する非常識人。ただそれだけのことであり、ギャグマンガという非常識な世界の中でだけ通用する言動です。それを現実の世界に当てはめても無意味なことですし、またギャグマンガというものは元来そういう読まれ方をされるべきではないと思います。
 さて3のご指摘ですが、これも肝心なところに誤解があるようです。このマンガで西郷部長の相手は「外国人」ではありません、「ある一部の外国人」です。英語へのコンプレックスというのはもちろんありますが、同じ英語を話していても相手が白人か、非白人かで日本人の態度はまるっきり違います。英語を話していても非白人だとどこか見下すところがありますが、白人だと卑屈になってしまうのが日本人です。白分のマンガを解説するというのは気が進まないことですが、今回に限ってやっておきます。
 外人(白人)コンプレックスのある受付嬢達がその外人の訪問客にあたふたしてアセりまくる、しかしそこに通りがかった「まとも」じゃない西郷部長は、あたふたするどころか堂々と歩いてきて外人をはじき飛ばしてしまう。なんだかわからないが、とにかく彼は白分たちのような「外人(白人)に対するととても情けない日本人」ではない。だからあこがれて尊敬しちゃう。
 これだけです。西郷部長は暴力は振るっていません。手も出していないし、相手を見てもいません。いつも通りズンズンとまっすぐ歩いていたらわけのわからない言葉をしやべる知らない人間が寄ってきたが、興味がないので無視して歩き続けただけ。一方外人は相手が止まると思っていたので避けきれず結果的にはじき飛ばされてしまっただけ。女性達がそれを見て勝手に“ステキ?”と思ったのは「情けない日本人」のゆがんだ心の露出に過ぎないのです。
 さて最後にご指摘の「マンガの舞台を外国に変え、外国人と日本人を入れ替えたらどう思うか」という話ですが、ここまで説明して明かのようにこの仮定はまったく無意味です。このマンガは「日本」を舞台に「欧米人」が相手でないとニュアンス的に成立しないからです。舞台と人間を変えたらまったく違うものになってしまうのにそれに対してコメントしても仕方ありません。
 
                               山科けいすけ
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6、問題の整理と山科けいすけ氏のその後の対応(?)
 
 ここまで読んでいただいたあなた、どう思いますか?
 作者の山科けいすけ氏のように主張すれば、「ギャク」の中では、何を言っても、どんな風に人物を描いても「すべてあり」となりませんか?どんな差別的なことでも、犯罪的なことでも、ギャクと言えば、許されてしまうのではないか?
 山科けいすけ氏のような人物が、「いじめ」や攻撃的な社会関係のもとになっていると、今回の事態で私は確信した。
 小学館の「不買運動」が必要かも知れない。確か「SAPIO」も小学館だったなあ。
                          (2001年7月11日)
 
 このやりとりの後、8月10日号(No937)のビッグコミックの「C級サラリーマン講座」の「西郷部長」は、興味深かった。西郷部長が頭の後ろにセミをつけたまま、会社に戻るという設定だ。ここでは、「泰然」と肯定的に描かれていた西郷部長が、「まぬけ」な人物として「再定義」されようとしている。
 編集委員の方、山科けいすけ氏、ご苦労様です。
 しかし、「正しい」行動は、6月10日号の「日本男児」の問題点を正直にあきらかにし、この「日本男児」を「削除」することだろう。                                   (2001年7月27日)
 
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