マネー革命
新聞・テレビを見ると、経済、特に金融のニュースがトップをにぎわせている。しかし、今、金融がどういう状況になっているのか。何故、何時からそうなったか分かっている人は少ないと思う。実際、私もこの「マネー革命」の放送及び本を読むまで全然理解できなかった。銀行の倒産・合併という話題も本当のところは分かっていなかった。
NHKスペシャル「マネー革命」(1998年)は、第1回が「一日で50億円失った男」、第2回「世界は利息に飢えている」、第3回「金融工学の旗手」たち、第4回「リスクが世界を駆けめぐる」の全4回放映された。
 本稿では、最近の金融情勢を、NHKスペシャル「マネー革命」に沿って考える。
 
T.登場人物
金融の実務に携わる人たち。金融トレーダー(金融商品の売買を専門にする人たち)やヘッジファンドの主催者たちが登場する。
ビクター・ニーダーホッファーは、投資運用会社「ニーダーホッファー・インベストメント」の主催者で、1997年10月27日のニューヨーク株式市場の大暴落により破綻した。彼との独占インタビューは圧巻であった。
ジョージ・ソロス、「クオンタム・ファンド」の主催者。1992年9月16日ポンド大暴落で、巨額利益を上げる。イングランド銀行の買い支えに対し、市場が売り浴びせ勝つ。この意味は、国が市場をコントロールできないことを証明。市場の前では、国も微力となる。
ジュリアン・ロバートソン、1980年に「タイガー・マネージメント」を設立。ジョージ・ソロスと並ぶ有名な投資家。
ロイ・ニーダーホッファー 、中規模の投資会社「R・G・ニーダーホッファー・キャピタルマネージメント」の主催者。ビクターの弟。
ジェームス・バーンズ、日本市場専門の小規模ヘッジ・ファンド、「アベンティン・インベストメント・マネージメント」の主催者。ニューヨーク大学マーティー・スプラマニア教授が顧問。
ジム・ロジャース、スペキュレーター(投機家)で世界中をバイクで旅行。現地の情報で投資。かつて、「クオンタム・ファンド」をジョージ・ソロスと共同で設立した人物。
ルイス・ボセリーノ、CME(シカゴ・マーカンタイル取引所、シカゴ商品取引所)のローカル・トレーダー。S&P500指数先物のおよそ10%を1人で扱う。
トム・ボールドウィン、CBOT(シカゴ・ボード・オブ・トレード、シカゴ穀物取引所)のローカル・トレーダー(自分の金だけを運用する参加者)の名物トレーダー。米国国債の先物の5%を動かす。
彼らは、投資家からお金を集め、株、債権、商品の現物・先物といったものに投資する。ローカルトレーダーは、会社に雇われたトレーダーではなく、自分のお金で自ら取り引きする。このような、ヘッジファンドには、日本の銀行も多額の投資をしている。預金者から低金利で預かったお金を、マネーゲームにつぎ込んでいる。IMFの報告書では、「世界一安い金利で集めた金で、ドルを買い、アメリカ国債を買えば大きな利益が出せる。日本の銀行は、1996年海外投資を200億ドル減らしたのにも関わらず。ヘッジファンドの本拠地が集まっているケイマン諸島では、ノンバンクに対する貸付が190億ドルも急増している。同時にケイマン諸島では、96年、200億ドルの米国債が買われた」と報告されている。
 
※ヘッジファンド―スペキュレーター(投機家)からマネーを集めて投資する資金運用会社。
※「S&P500指数取引」−スタンダード・アンド・プアーズ(Standard&Poors)という格付け会社が選んだ500種類の株式価格の平均値を、一種の株式に見立てて売買すること。
 
U.金融市場
金融市場は、へッジャーとリスクテーカーで成り立っている。近年のコンピュータの発達により、ナスダック証券取引所やロイター通信のように、24時間コンピューターにより取り引きする見えない市場での取引が増えている。ロイターは、外国為替取引の40%を扱う。マネーゲームの加速化で、金融市場に流れ込んでくる投機的な資金も非常に多くなっている。ジョージ・ソロスでさえ、「投機は市場の潤滑油というにはあまりに大きくなりすぎた。ヘッジファンドの資金が、資本主義の崩壊をもたらしかねない。」と警告している。
アダム・スミス以来200年以上経つ。日本では、経済を目的とする雰囲気が今あるが、実は経済は目的ではない。我々の社会の目的は、みんなが豊かで安心して暮らせる社会をつくること。それは、200年以上議論されてきた。しかし、経済が目的になっている。「金をいかに儲けるか」、これはあまり品格のある話とは思えない。人々が歴史を重ねてきたのに、あいかわらず「金儲けは善だ」ということだけで議論されている。社会をよくする。みんなが豊かで、争いがなく、安心して暮らせる社会を作ること。その中に経済があり、企業活動があり、我々の日常的活動がある。経済至上主義がいつまでも続くとは思えない。
 
※へッジャー  ―将来のリスク(危険)をヘッジ(回避)したい人。
 
V.金融工学
マネーゲームの拡大とともに、金儲けの学問すなわち金融工学が非常に発達した。金融工学とは、金融商品の理論価値や潜在リスクを割り出すことを研究する学問であり、デリバティブ取引の真価とリスクを割り出す方法を探究する。
金融工学がなぜ発達したのか、その歴史を見てみよう。
 
@はじまり
1971年8月15日ニクソン大統領が、金とドルの交換を停止。通貨は、変動相場制に移行する。しかし、金とリンクを失った通貨は非常に不安定となる。そこで、金融先物の市場が必要とされるようになった。通貨に続いて債権、金利、株価指数などさまざまな金融商品の先物取引が始まった。
1973年アメリカの株式市場大暴落、暴落幅は大恐慌並。優良株だけを買っておれば良かった時代は終わる。
 
A金融の自由化
アメリカは、衰えた生産力をいかに回復させるか。もし回復が困難なら、いかに産業のありようをどう変えていけばよいのか。何よりも国民を養うに足る金をいかに稼ぐか。海外に流出していった膨大な額のドルをどうやってアメリカに還流させるか。
一つは、アメリカ製品を無理矢理にでも買わせる。もう一つは、金融の自由化を迫り、金融商品を買わせ、その代金としてドルを還流させることである。他国に自由化を迫る以上、まずは、率先して金融を自由化して見せなければならなかった。こうして、アメリカは、1980年代に入って次々と規制を撤廃し金融を自由化していった。
金融の自由化は金利の規制を撤廃することでもあった。金利が日々変動するようになると、銀行は従来のように安い金利で借りて、高い金利で貸すという単純なことでは経営が成り立たなくなる。固定金利では安定して経営できた銀行もいつ逆ざやになってもおかしくない自由金利の元では従来のような経営をしていては消えて行くしかなかった。さまざまな工夫をして利ざや稼ぎをするしか生き残れなくなったのである。こうした時代背景の中で、高度な金融技術がアメリカで発達したのである。
 
B金融工学の旗手たち
ポートフォリオ理論(分散投資の理論)は、「いろいろな証券を組み合わせて持つと取引全体のリスクを下げることができる」という理論。1952年ハリー・マコービッツ(1990年度ノーベル経済学賞受賞)が博士論文として書く。株式投資では、投資先を広く分散させる。何故広く分散すべきなのか。投資を決める物差しは、「利益への期待」だけではなく「リスクへの不安」があると考えた。そして、ポートフォリオには、できるだけ値動きの傾向の違う銘柄を組み入れることでリスクを最小にできることを数式で示した。投資家が直感的に行っている分散投資にはどういうメリットがあるかを科学的に証明した。
ポートフォリオ理論の実用化。ウイリアム・シャープ(1990年ノーベル経済学賞受賞)が「ベータ理論」を考案。「個別の株同士の値動きを比較する」のでなく、「1つの指標と個別の株をの動きを比較する」とマコービッツの理論を実用化。
ポートフォリオ理論のソフト化。バー・ローゼンバーグの作った「バーラ」というソフトウエアーにより世界中へ普及した。その後、現物と先物を組み合わせるなど複雑化した。
オプション価格の算出式。また、オプション取引が活発化し、少ない元手で多額の取引ができるようになり、金融市場が膨張した。オプション取引をするためには、オプション価格を算出しなければならない。このオプション価格の算出式を考案したのが、フィシャー・ブラックとマイロン・ショールズである。それで、オプション価格の算出式のことを、ブラック・ショールズ式と呼んでいる。オプション価格は、ブラック・ショールズ式によって簡単に計算できるようになる。その結果オプション取引が爆発的に普及。その後、ロバート・マートンが伊藤の定理でブラック・ショールズ式の正しさを証明。マイロン・ショールズとロバート・マートンは、1997年ノーベル経済学賞を受賞した。
また、二人は、LTCM(ロングターム・キャピタル・マネージメント)の設立に参加した。しかし、ロシア危機に端を発し、1998年9月破綻した。ノーベル賞受賞の学者を2人抱え、夢のチームといわれたLTCMが破綻したことは、リスク管理がいかに難しいか物語っている。「アメリカの金融技術はものすごく進んでいて日本はもう追いつけない」という空気が浸透していたなかで、アメリカのトップだって一歩間違えばこういう事態になるということを身をもって教えてくれたのである。
 
※先物取引−「青田買い」「青田売り」。お百姓さんにとっては青田売り、買う側は、青田買い。大阪の堂島に世界最初の先物市場が誕生した。
※「デリバティブ」(金融派生商品)−先物取引、オプション取引、スワップ取引、それらを複雑に組み合わせた取引。デリバティブには親がいる。デリバティブは、動詞デライブの名詞形。デライブは「derive」と綴り、「派生する」という意味。デリバティブは「derivative」と綴り、「何か」から「派生したもの」という意味。「何か」が「派生元」であり、「デリバティブの親」である。日経平均の指数取引が現物取引なら、日経平均先物とか日経平均オプションというのがデリバティブ。
※オプショション−古代ギリシアで、哲学者ターレスが「オリーブの搾り機を借りる権利」で大儲けをしたという話がある。「オリーブの搾り機を借りる権利」がオプション。「約束の日時に約束価格で売買する権利」のこと。プット・オプションは、「約束の日時に約束価格で売る権利」。コール・オプションは、「約束の日時に約束価格で買う権利」。プット・オプションの例は、損害保険。損害保険会社は、顧客に「ある条件を満たしたときは、約束価格で損害物を買い取らせる権利」を売る。顧客はその権利を料金を払って買う。顧客が払う料金のことを保険会社では「保険料と呼ぶ」が、これが「オプション料」。または、「オプション価格」という。顧客が買う「買い取らせる権利」は保険会社にとっては「買い取る義務」。保険会社が「損害物を買い取る約束価格」が「保険金」。コール・オプションには、「約束の日時に約束価格で否応なく買い取ることを請求できる」という意味がある。身近な例では、不動産の売買。この物件を欲しいと思う人はあらかじめ手付け金を払っておくと、約束の日時には約束の価格で物件を買うことができる。手付け金が権利料で、オプション料。大切なことは、コール・オプションは権利ですから、約束の日時に買い手にとって不利なら権利を放棄してもよい。その場合は権利料損失だけですむ。ホテルや航空機の予約もオプション契約。
※伊藤の定理−京都大学名誉教授伊藤清氏の定理、経済学とは無関係。「まったくランダムな(不規則な)動きに連動するもう一つの動きを数式に表したもの」であり、ランダム(不規則なデタラメ)に進行する事柄をいかにして数式で表現するかという命題に対して伊藤さんが出した解答であった。それは、「厳密というだけではなくて、それしか方法がない」という性質の解答であった。
※アービートラージ(裁定取引)−「一物二価」は、「一物一価」に収束。「元手いらず」で「ノーリスク」で「確実に儲かる」取引。LTCMが得意としていたが、確実の儲かる取引などないということが、破綻により証明された。
 
W.マネーゲーム
金融マンもNHK(マスコミ)も寄生虫。生産現場のエンジニアの方とか工員さんが流した汗の上にのっている寄生虫である。世界中の秀才たちがモニターの前に座って利ざや稼ぎに一喜一憂する姿は異常としか思えない。それは他人が生み出した価値の上前をはねる行為に見えて仕方がない。あの情熱とあの才能をもっと物づくりに注いだら、どんなに世の中の役に立つだろうか。同時に、日本の金融行政を預かる人たちや金融業で働く人たちには、皆さんが相手にしなければならないのは、すでに紹介した人たちです。是非とも彼らと対等に渡り合える知識と技術と見識とスピードを身につけていただきたい。私たちが稼いだお金を守ってください。
チューリップ・マニアは、「熱狂」を意味し、従って「チューリップ狂」「チューリップ熱」を意味する。経済用語としては、1630年代オランダで起きた、「球根取引のバブルとその崩壊」を意味する。1637年の記録では、「センパー・アウグストス」という品種には球根一個6,000ギルダー、約1億円の値段が付いた。ホールンという町には、チューリップの球根一個と交換された「チューリップ・ハウス」が残っている。ハーレムの美術館では、当時のチューリップ取引に狂じる人たちが猿として描かれている。
グローバル経済とそれにもとずくマネーゲームは、まさにその猿の経済のように思えてならない。
※「センパー・アウグストス」は、ウイルスに侵されてできた品種であり、現在では、全く値打ちはない。
(2000,3,21)
[参考文献]
NHKスペシャル「マネー革命」1998年放送
マネー革命1〜3巻(相田洋、NHK出版)
ETVスペシャル「日本経済今なすべきことA“モノづくりは”危機を救うか」
 
 
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