トービン税 途上国の貧困脱出に活用
  田中 徹二
(NGO・アタックJAPAN首都圏事務局長)
 昨年12月、アタックとい
う非政府組織(NGO)を
結成した。経済のグローバ
ル化に歯止めをかけ、世界
経済を少しでも安定させる
ために、「トービン税」と
いう税制の網をかけること
を主な月標にしている。
 
 ごく簡単にいえば、投機
月的の国際金融取引に課税
して、カネの暴走を抑える
のである。とはいえ、私自
身、トービン税を知ったの
はつい最近だ。98年、フラ
ンスで国際NGO・アタック
(ATTAC=「市民を支援する
ために金融取引への課税を
求めるアソシエーション」
の英語略)が誕生したのを
知ったのがきっかけだった。
 
 彼らの主張を聞いて、月
からウロコが落ちる思いが
したのは、この税収を「開
発途上国の貧困や環境破壊
の対策資金にあてよう」と
いう独自の政策を打ち出し
ていることだ。
(略)
 世界中で動くカネは1日
に1・5兆"2兆ドルと言わ
れている。貿易の決済やほ
かの国での工場建設などに
使われるが、中でも私たち
が問題視しているのは、投
資家が為替や株式の攻撃的
な売買によって短期に利ざ
やを稼ぐ「マネー経済」の
横行だ。巨額のカネが急に
流入したり、引き揚げられ
たりすると、97年のアジア
通貨危機のように国の経済
が混乱に陥る。
 
 怖いのは、それが私たち
市民の月にふれることなく
行われていることだ。知ら
ぬ間に巻き込まれるのはご
免だと言いたい。でも、相
手の実体はどこにあるの
か。手が届かない。
 
 そこで、アタック・フラ
ンスが月を付けたのが、米
の経済学者ジェームズ・ト
ービン(今年3月に死去)
が考案したトービン税。こ
れまで、活発に議論されな
かったのは、「経済のグロ
ーバル化や金融自由化の流
れに反する」などという、
もっともらしい批判が根強
かったためだ。だが、グロ
ーバル経済は、貧富を拡大
させたではないか。
 
 ある学者の試算による
と、短期の金融取引に仮に
0.1%の税を課すと、税
収は年間で約2000億ドル
になるという。南の国々は
北の先進国の大量生産・大
量消費の犠牲になってきた
のだから、この税収を、い
わば南北の所得再配分の手
段として使ってしまおう、
という訳である。
 
 アタック・フランスの粘
り強い活動が実り、昨年11
月、仏国会は欧州連合(E
U)諸国が足並みをそろえ
ることを前提に、トービン
税導入を採択した。政治的
意思があれば、実現可能で
あることを示したのだ。
(略)
今、当会の会員は約150人。
社会運動の経験のない人が
多い。大阪や京都にもアタ
ックができた。トービン税
を知って「こんな手があっ
たのか」と月を輝かせる人
もいる。
 
 グローバル経済の侵食に
よって、各国経済を守って
きた規制のオブラートが一
枚一枚はがされている。家
を一歩出ると、弱肉強食の
世界市場のまっただ中。そ
れを肌で感じている人が増
えていると思う。
 
 
環境協働管理への道 為替取引税で貧困対策を
                明日香客員研究員(東北大学助教授)
                     朝日新聞2002年2月3日
 
 アジアの経済発展はめざましい。それでも、1日1ドル以下で暮らす「絶対的貧困層」のうち、4人に3人がアジアの農村や都市のスラムに集中している。
(略)
荒廃する農村
(略)
 余剰労働力となった農民は、新たな生活の糧を求めて都市に移り、都市環境悪化が加速される。
 農業を続ける人たちは、価格競争で生き残るために、土地の適性を無視した非持続的な農業を行わざるをえない。それでも農村の貧困、都市への集中は止まらず、都市も農村も貧困と環境悪化に悩まされるという二重苦が続いている。
 
 環境悪化による健康被害も深刻だ。貧困層の多くは、`調理や暖房に最も安価な燃料である石炭を使う。地球温暖化の原因となる二酸化炭素のほか、酸性雨をもたらす硫黄酸化物、煤塵などの大量排出を招く。煤塵に含まれる有害物質は、調理を担う女性や子供の呼吸器官をむしばむ。衛生状態の悪い農村もスラム街も、感染症の温床になる。
 
 環境悪化と貧困の悪循環で被害が集中するのは、女性、子供、疲弊した生態系など、社会における「脆弱な存在」だ。アジアの未来を考える時、この悪循環を断つ政策を構築していかなければならない。
 
 まず注目したいのが、通貨危機を未然に防ぎ、貧困対策や環境保全の財源となりうるトービン税だ。ノーベル経済学賞を受けた米国の学者、ジェームズ・トービンが提唱した国際的な税制度で、毎日100兆円に上る国際為替取引に、例えば0.1%の税率をかける。投機目的の短期資金移動を抑止する効果を期待できるうえ、年間約15兆円に上ると予想される税収を国際機関などを通じて環境保全や貧困削減に充てられる。
 
仏では法律化
 
 フランス下院は昨年11月、欧州連合諸国が足並みをそろえることを前提にトービン税の導入を法律化した。カナダ国会は99年、世界で初めて「早期に導入すべきだ」との決議を採択した。日本での動きは鈍いが、むしろ日本の音頭取りで、トービン税を財源にしたアジアの貧困・環境戦略を始動させることができれば、アジアの人々から歓迎されるだろう。
 
 地球温暖化対策を財源にする手もある。京都議定書のルールでは、先進国が途上国で地球温暖化ガス排出削減を手伝った場合、その削減量をクレジットとして取引市場で売買できる。アジア各国がクレジット取引量の一部を自動的に積み立てて、他の環境問題の解決にも使える基金をアジアに作るのも一案だろう。
 
 途上国への環境保全技術の技術移転も大事だ。特許権は企業利益にとって重要なのは言うまでもない。だが、貧困が原因で環境保全技術を利用できない状況を放置しては、環境悪化と貧困の悪循環は断ち切り難い。エイズ治療薬で実現しつつあるように、緊急度の高い環境保全技術だけでも、特許使用料などを軽減する仕組みを検討したい。貧困と環境悪化の悪循環は、アジアが直面する最も深刻な人道問題でもあるからだ。
 
 
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「テロとグローバリゼーションそして貧困」を突破する
オルタナテイブとしてのトービン税
                    ATTAC Japan事務局 田中徹二
                 (ピースネットニュース2002年1月号)
 
突破口としての「トービン税」
 
 21世紀の2年目の幕が明けた。年頭にあたって
のマスコミの論調は、「テロとグローバリゼーショ
ンそして貧困」であった。弱肉強食の経済のグロー
バル化が、豊かな国をかつてなく豊かにする一方で、
途上国に圧倒的な貧困をもたらし、その貧困や不平
等が極端な原理主義やテロリズムの温床になってき
た一このような視点は、次に述べるジョセフ・スティ
グリッツのみならず、9・11テロ以降広く受け人れら
れてきた見解と言ってよいであろう。
 
 問題は、ではどうすれば貧困や不平等を解消して
いくことができるかである。残念ながら、日本のメ
ディアや識者からはその政策提言をみることはでき
ない。しかし、ほとんど知られていないことである
がだからこそ、メディアや識者が政策提言できない
でいるのであるが一、昨年11月フランスの国民議
会(国会)が「トービン税」法案を採択したと、言う
ビッグニュースが飛び込んできた。
 
 この「トービン税」こそ、途上国の貧困等を解消
するための強力な武器のひとつである。今日までこ
の税制は”理想としては分かるが現実性はほとんど
ない”ということで葬り去られてきた経緯がある。
ところが、フランス国内でのATTACの強力な運動
もあり、今や陽の目を見ようとしている。フランス
が突破口となり、それがEU(欧州連合)内へ、そして
アメリカや日本へと飛び火していけば、本当に実現
することが可能になるのである。
 
 これまでのグローバリゼーションのもとでの途上
国支援のあり方と、なぜ今「トービン税」が浮上し
てきたかを見てみることにする。
 
日本のマスメディアから―−提言は見えず
 
 NHKテレビは元旦に『世界はどこへ向うのか・
新たな秩序への模索』(NHKスペシャル)という
番組を放映し、その中の「グローバル経済と貧困」
というセッションで、昨年のノーベル経済学受賞者
であるジョセフ・スティグリッツ(コロンビア大学
教授)は次のように語った。"テロの背景には、
上国の絶望的な貧困と圧倒的な不平等の広がりがあ
る。それをもたらした要因は経済のグローバル化
あり、なかでもIMF(国際通貨基金)の何でも規
制緩和、民営化すればよいとする市場原理主義にあ
る"、と。スティグリッツの言葉は基本的に正しい
と言える。
 
 ここに付け加えれば、中国やマレーシアなどほん
の少しの国を除いて途上国はことごとく借金(債務)
を背負いその返済に苦しんでいる。それらの国々は、
IMFと世界銀行に管理されているが、IMFなど
はアメリカや日本、そしてEU諸国によって経営さ
れているといってよい(これらの機関は出資金に応
じて票数が与えられており、先進国だけで過半数
押さえられている)。従って、大部分の途上国は先
進国、すなわちG7(先進主要国)によって管理さ
れていること、換言すればG7の準植民地といって
も過言ではない状態となっている。ここから言える
ことは、世界は単に豊かな国と貧しい国があるとい
う平板な図式になっているのはなく、豊かな国が貧
しい国の首根っこを押さえ介入しているという
"支配一被支配"の図式になっているのである。
 
 話を戻そう。それではどうすればこのような貧困
や不平等を是正していくことができるであろうか?
スティグリッツは言う。「(開発援助にあたってIM
Fのようなやり方ではなく)途上国の声を、意志を
民主的に取り入れること」、と。なるほどそれはそ
うであるが、これまでNGOなどからもそのような
提案がされていたにもかかわらず、いっこうに改善
を見せていない。とすると、IMFや世界銀行など
開発援助の仕組みを根本的に変えない限り、実効性
のない提案に終わりそうである。
 
 この課題に対し、コメンテーターとして出席して
いた佐和隆光京大教授と岡本行夫外交評論家は、そ
れぞれ次のような提案を行った。前者は「豊かな先
進国から、貧しい途上国への強制的な富の移転をさ
せる何らかの仕組みが必要」、後者は「ODA(政
府開発援助)を増やすこと、技術援助を行うこと」
など。しかし、何らかの仕組みと言うのでは提案に
なっていないし、後者のODAなどはそれこそ掛け
声ばかりで、逆に減少してきているのが実態である。
 
 このように、残念なことに貧困が問題と言ってい
る3人の識者から有効な提案を聞くことはできなか
った。では、冒頭で述べたトービン税が有効な提案
となるのか、その前にトービン税とは何かについて
見てみる。
 
トービン税とは
 ートービン博士の意図と地球規模の課題
 
どのような税で目的は何か?
 
 この税は国際的な金融(為替)取り引きに課税
するというもので、この考え方を最初に唱えたジェ
ームス・トービン博士(1981年度ノーベル経済学
受賞者)の名前をとってトービン税と呼ばれている。
唱えたのは今から30年も前の1972年であった。
目的は、すべての国際金融取り引きにわずかな税を
課すことによって、短期の投機的な金融取り引き量
を減少させようとするものである。
1970年代初頭の世界の為替取り引きは、1日あ
たり約180億ドル程度であったが、86年には0.2
兆ドル、90年代半ばには1.3兆ドル、そして98年
には1.5兆ドルと飛躍的に増加してきた(BIS・
国際決算銀行など)。ちなみに、モノやサービスと
いう貿易取り引きは年間4.3兆ドルであるから、
それは為替取り引きのわずか3日分に過ぎない。この
増大する為替取り引きの約85%が短期の資本移動
という投機色の濃い取り引であり、これが為替市場
かく乱の最大要因となっている。このIT(情報通
信)技術に武装されて全世界を駆け巡る巨額な金融
取り引きこそ、今日の経済のグローバル化の推進力
であり、バブル経済を煽るとともにカジノ資本主義
の元凶となっている。
仕組みであるが、すべての為替取り引きにわずか
の税を、例えば0.1%課税することにより、短期の
投機的な資本取り引きはその回数が多いので高率と
なる(毎日取り引きすれば年率48%にもなる)。が、
一方で直接投資など長期の金融取り引きは極めて低
率の税しか課せられないことになる。このことによ
り短期の投機的取り引きにブレーキをかけようとい
うものである。
 
トービン税を地球的課題のオルタナティブに
 
 トービン博士の意図はもともと市場かく乱の原因
である短期の金融取り引きにブレーキをかけ、市場
を安定化させるとともに国内政策の自立性を回復し
ようというものであった。ところが、今日グローバ
リゼーションに異議申立てする運動側からトービン
税を新たに捉え返そうという作業が始まった。つま
り、わずかの課税といえども、例えば0.1%でも単
純計算で3,600億ドルになり、その税収は巨額
になる。そこで、この税収を国際社会が対処できていな
い主に途上国の貧困や持続的開発、環境、病気、
安全保障という国際公共財を賄うという政策に
使用することが可能である、と。
 
 現実的には、様々な要因から年間に約1660億ド
ルの税収となると予測されるが、98年のODA総
額518億ドル、世界の貧困をなくする基礎的社会
的支出400億ドル(国連推計)を優に超える額
ある。かつて92年の国連環境・開発会議(地球サ
ミット)で貧困対策や環境対策など持続可能な開発
のための資金は年間1,250億ドル必要と算出されて
いた。しかし、国際社会はその支出をサボタージュ
し、貧困や環境対策よりは途上国を踏みつけての経
済拡大を行ってきたために、今日のテロを生み出す
までの絶望を蓄積してきたのである。トービン税の
実現は、地球的課題となっているといっても過言で
はないであろう。
 
フランスーEUで切り開かれた地平を全世界に波及
させよう!
 
 冒頭述べたように、トービン税は理想としては分
かるが実現性はないと言われてきていたが、ついに
昨年11月19日フランスの国民議会で投機的外貨・
外為取引に対する課税(これこそトービン税)が、
最高0.1%まで引き上げ可能な課徴金として採択
れた。ただし、EUの他の諸国がまったく同一の措
置を取った場合にのみ実施されるという条項が付い
た(「トービン税の可決」ATTACフランスの11
月20日付コミュニケ)。この条項は、一見実施する
のを送らせる、あるいは邪魔するための措置に見え
ながら、逆にいえばEU加盟諸国ですべて可決すれ
ば本当に実現できるということを意味する。
 
 ATTAC(市民を支援するために金融取
への課税を求めるアソシエーション)はその
名称の通り、トービン税実現を重要課題として98年
フランスで結成されたのであるが、「アタック運動へ
の世論の支持」(同上コミュニケ)こそがフランス国会
を動かしたのであった。また、EU閣僚理事会でもフラ
ンス政府の提案によりトービン税に関しての予備調
査を行うことが決められた(11月16日)。ここに
至り、EU諸国内のNGOや労働組合は絶好のチャ
ンスを迎えているといえよう。
 
 もとより、EUだけでの実現ということでは地球
的課題は半分しか成就しない。大きな外為市場は他
のG7諸国、とくにアメリカと日本にも存在する
(ちなみに、最大の外為市場はロンドンで32%、続
いてニューヨークで18%、東京8%、シンガポー
ル7%、フランクフルト5%、チューリッヒ、香港、
パリで4%一98年4月現在)。
 
 フランスーEUで風穴が開けられようとしている
今日、私たちはこのウェーブを受け止めつつこの日
本の地でーほとんどゼロの状態からの出発とな
るがー、運動をまき起こしていくことが求めら
れている。いわば地球的課題への挑戦である。その
第一歩として、トービン税も議事になるであろう第
2回世界社会フォーラム(1月31日〜2月4日ブ
ラジル・ポルトアレグレで開催)に参加し、世界の
人々とともに討論を行っていく予定である。
 
※卜一ビン税の説明については、西南学院大学の吾郷健二
教授の小論文『いわゆるトービン税について』を参考にし
ました。
 
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