7 植生

 地上には多数の植物が集まって生えている。「植生」とは植物の集まりのことである。植生には全然人手の加わっていない自然植生(原生林など)と人手の加わっている代償植生(二次林など)とがある。

 本村には二、三の極めて特徴ある植生が見られるので、それについて述ぺることとする。

  (一) 賤母国有林

 純粋の原生林は北アルプスなどで見られるが、賤母国有林も原生林に近い自然林である。

 賤母国有林は賤母山を中心とする山地である。最低地は海抜約三三〇bの木曽川、最高点は賤母山山頂の七六七bで、垂直分布の上で下部は丘陵帯、上部は低山帯に属している。地形がら見れば直接木曽川に降水を流す北向きの急斜面と、木曽川の支流で北流する東の賤母本沢と西の賤母沢の流域が主で、行政上賤母本沢の流域と北斜面の一部は南木曽町に、賤母沢の流域と北斜面の大部分が山口村に属している。

このうち主として北斜面を中心とする地域は植物学的に貴重な地域として昭和三七年に学術参考保護林に指定され特別に保護されることとなった。この区域は南木曽町と山口村の両町村にまたがっているが、面積は山口村の方かはるがに広い。この区域が学術的に貴重であることの第一は林内に暖帯植物が多いことであり、第二には多数の大木が茂っていて原生林的林相を保っているからであろう。

 この森林を対岸から眺めると針葉樹林とみられるが、一歩林内に踏み人って見れば針葉樹の大木の中に混じって常緑広葉樹の多いことに気付く。針葉樹は下部ではモミが多くてツガも混じり、上部ではヒノキが多くてコウヤマキが混しっている。常緑広葉樹としては高木のアラカシ・ウラジロガシ・シラカシ・ツクバネガシ・サカキ・シキミ・ユズリハ・ヒイラギ・ソヨゴなどがあって、つる性のテイカカズラが高くはいあがっている。低木にはイヌガヤ・アセビ・クロソヨゴ・ヒサカキ・チャノキがあり、林下にはヤブコウジが多い。

 これらは大部分が暖帯植物とみられるものであるが、落葉広葉樹にも暖帯植物が多く、アペマキ・クヌギ・アカメガシワ・イイギリ・カラスザンショウ・イロハモミジ・ゴンズイ・ケケンポナシなどの高木、シロモジ・ヤブムラサキ・コパノミツバツツジ・コックバネウツギ・ミヤマトサミズキ・ミツバツツジ・ヤマコウバシなどの低木があり、オオクマヤナギ・ウラジロマタタビ・サルトリイパラなどつる性木本も混じっている。

 これら樹木の樹上にはマツグミが寄生し、ビメノキシノブ・オクタマシダ・カヤラン・マメヅタラン・ヨウラクラン・ムギランなどの着生植物が着生しているが、これらも暖帯植物である。

 林下の草本にも暖帯植物が多い。 ハイチゴザサ・オニヤプマオ・メヤプマオ・ナガパヤプマオ・ヒメウワパミソウ・マルミノヤマゴボウ、ヒメカンアオイ・ミヤマネコノメ・コガネネコノメ・ミカワチヤルメルソウ・マツカゼソウ・ナガバノスミレサイシン・ミヤマタゴボウ・アキチョウジ・トウゴクシソパタツナミ・シロバナイナモリソウ・ヒメガンクビソウ・スズカアザミ・ムラサキニガナ・コウヤボウキ・シュウプンソウ・ヒノドコロ・ヤプミョウガ・ヤブランなどのほか、ヒメフタパラン・ペニシュスランなども見られる。

暖帯植物の中にはシダ植物も多くこの林内でもカクヒパ・ヒロハトウゲシパ・アオホラゴケ・ホソパコケシノブオオバイノモトソウ・キジノオシダ・ウスヒメワラビ・セイタカシケシダ・ホソバイヌワラビ・ムクゲシケシダシケチシダ・ビロハイヌワラビ・ウスヒメワラビ・オオクジャクシダ・ペニシダ・ヨコグラヒメワラビ・ヤワラシダ・ヒメワラピ・チャボイノデ・イノデモドキなどがあり、岩上にはマメヅタが着生している。

 以上ここにあげた各種のうちヒノキとコウヤマキは温帯を中心に分布しているが、その他はいずれも暖帯植物で、その種数は木本が四○種、草本は三一種のほかシダ植物が二三種あって計九四種となる。これは暖帯植物の範囲を厳密に規定した数で、この範囲を多少緩めて温帯下部まで分布するサジラン・シラキ・ミツパツツジなどを加えれば計一○八種となる。この狭い範囲に、これほど多種の暖帯植物の見られる所は県下では他にない。なおシダ植物は右の二三種のほか温帯性のものが五五種あり、合わせて七八種となる。このように多種のシダ植物の生活している所が県下の他にあろうか。またこの国有林に産する植物の種類は五八五種で、変品種を加えれば六一五となり、この面積にこの数も驚くべき数である。

 このようにこの国有林に植物の種数が多く、その上暖帯植物やシダ植物の多いのは、位置が暖帯と温帯にまたがり、地形が複雑であり降水量の多いことのほか、尾張藩政以来約三百年の間保護されたためであろう。なお学術参考保護林に指定されている区域は木曽川本流に直面する斜面だけであるが、支流の谷間にも保護を要するもののあることに注目されたい。

賤母国有林の植生は山日村や南木曽町南部における自然環境(主に位置・気候)の下に成立した、この地方本来の植生であって、もし現在の植林を伐採し耕地を放棄して全村民がこの地から引上げれば、やがては全村がこの国有林のような植生に戻るであろう。ちなみに発電所工事にあたり、ここで伐られた直径九○abのモミの樹齢は二七○年であった。

 

 (二) まごめ自然植物園

 まごめ自然植物園は神坂地区から山口地区にかかろうとする大戸という海抜六二○bの鞍部にある平地にあり、一部は湿地になっている。垂直分布の上では低山帯の下部に位置していて、近年まで薪炭材などとして繰返し伐採されてきた雑木林であった。現在の植生は伐採を取止めてから三、四○年の間に自然に成立したものである。

 位置の上から当然のことながらコナラを主とした落葉樹林で、コナラに混しってアペマキ・クリ・ハナノキ・イタヤメゲツ・オオモミジ・カスミザクラ・ヤマザクラ・ユクノキ・イヌエンジュ・オニグルミ・ホオノキなどの落葉樹に、少数のアカマツ・・ネズミサシ・スギなどの針葉樹が高木層をなしている。

その下の低木層にはクロミノニシゴリ・ウメモドキ・ミヤマウメモギキ・ネジキ・カナクギノキ・シロモジ・ノリウツギ・コウヤミズキ・マンサク・ヌルデ・ヤマウルシ・サンショウ・ユモトマユミ・オニウコギ・アオダモ・コパノミツバツツジ・ヤプムラサキ・ガマズミ・ツクバネウツギその他多種の落葉樹に、イヌツゲ・ソヨゴなどの常緑樹も混じっている。

 更にその下層にはスズカアザミ・キセルアザミ・スイラン・サワシロギク・ノハナショウプ・スルガテンナンショウ・ヘビノポラズのほか、湿地にはサギソウ・サワラン・オニスゲ・ゴウソ・ミカズキグサなどが生え、ミズゴケ類が地を被っている。

 この植物園には幾つかの特徴がある。その一つは垂直分布上の丘陵帯の上限を越えているにも係わらす、ペニシダ・ヤワラシダ・サクラバハンノキ・カナクギノキ・コバノミツバツツジ・クロミノニシゴリ・ヘビノポラズ・スイラン・サワシロギク・アキチョウジその他計二〇種以上の暖帯植物が自生していることである。第二の特徴は、ヤチカワズスゲ・ミヤマシラスゲ・ミカズキグサ・コバノトンボソウ・サギソウ・サワランその他計四○種以上の湿生植物が見られることで、これらの中には暖地性の湿生植物が多い。

 特徴の第三は、タヌキモ・ミミカキグサ・ムラサキミミカキグサ・モウセンゴケ等の多種の食虫植物が見られることであるが、更に第四として、ヒトツバタゴ・サクラバハンノキ・ヘビノボラズ・コムラサキ・サワシロギクなどの、県下では分布的に珍しいものや、裏日本に分布するミヤマウメモドキが見られ貴重であり保存に努めたい。

 

  (三) 竹林

 竹林は段丘の縁や谷筋に多い。木曽川の川岸にはマダケとハチクの混生林が多く、上部段丘の縁、南向きの斜面や谷筋にはモウソウチクとハチクの混生林が多い。メダケもそれらの中に混じっている。

 竹林の林下にはアオキやヤブツバキ・シキミ・ヒイラギ・ツクバネガシ・アラカシ・ヒサカキ・イヌツゲ・チャノキなどの常緑樹の幼木、時にはシュロの実生も見られ、チゴユリ・ホウチャクソウ・イノデモドキ・ペニシダ・ヤプラン・ヤブコウジ・ミヤマフユイチゴなどのほか、テイカカズラ・ビナンカズラ・アマチャヅル・スズメウリ等のつる植物も入りこんでいて暖帯植物が多く含まれている。

モウソウチクは竹の子をとるため、マダケ・ハチクは砂防や水防のため、また竹材を利用するため植えられたらしいことは、その生育場所からも知ることができる。

 

   (四)  常緑広葉樹林

 前にも述べたように本州中部地方では梅抜五○○b以下の地域を植物の垂直分布の上で「丘陵帯」と称し、曖帯植物の多い所とされている。山口村では賤母国有林の下部と、山口地区の耕作地の大部分が丘陵帯に属している。

暖帯植物としての樹木は常緑広葉樹(照葉樹ともいう)で、それが森林を作れば常緑広葉樹林で、本村の前にあげた丘陵帯の区域は、この森林の成立するはずの区域である。

事実賤母国有林の下部にはカシ類・サカキ・シキミ・ヒイラギ・ユズリハなどがら成る照葉樹林があり、シキミだけの立ち並ぶ純林もある。しかしこの国有林以外の所には照葉樹林と言える程の所はない。ただ木曽川に沿った崖縁のような所には狭いながらも、それに近い状態の所がある。そこにはアラカシを主とし、ツグパネガシ・ウラジロガシ・ユズリハなどの照葉樹に、落葉樹のケヤキ・コナラ・クヌギ・アペマキ・ヤマザクラ・アカメガシワが混じり、林下にはアオキやチャノキも見られる。このように照葉樹林の成立するはすの所に、真の照葉樹林の見られないのは、森林として残された所も時々伐採されてきたからであろう。

 

(五) 水田の小型草本

 この村の水田では多種の小形草木が見られ、中には珍稀なものもある。木曽川沿いのある水用に多いのは、アゼトウガラシ・スズメノトウガラン、珍しいのはミズキカシグサ・ヒメキカシグサ・ミズマツパ・アプノメ・サワトウガラシ・キクモで、ミゾハコペ・シソクサ・アゼナ・ホシクサ類も見られる。