5 植物地理学上からみた山口村

植物には種類が多く、種類によって形が違うように性質も異なっている。熱帯のジャングルでなければ生きられないようなものもあれば、極北の地でも育っているものもある。

植物の生えている地球の表面は所によって形成された歴史や地形・地質・土壌が異なり、温度・湿度も多様である。

 その中で植物の生育に最も大きな影響を与えるものは温度・湿度などの気侯的要因であるとみられている。したがって多数ある植物の種類の中には広い範囲に亘って生えている種類もあるにはあるが、ある一部の地方にだけ分布ているものもある。つまり植物は種類によって分市する区域がきまっていて、それによって地球表面は幾つかの区域に分けられ、それを「植物区系」といい、その特徴と在る揮類を「区系要素」という。

 わが国は南北に長い島国て、北日本は比較的冷涼であるが西日本は一般に温暖である。また日本海寄りの地方は冬季に降雪量が大きく夏季は乾燥する裏日本型気候に支配され、太平洋寄りの地方は夏季に降水量が大きく冬季は乾燥する表日本型気候に支配されている。南北に長い長野県の気侯は北部は裏日本型であり南部は表日本型であるが、それらを除く大部分は降水量が少なく温度の年年較差の激しい内陸的気候が支配的である。

 山口村は県の最南部に位置し、表日本型気候の支配下にあるので植物にも表日本型のもの、すなわち表日本区系要素とみられるものが多いことと考えられる。

 そこで山口村に野牛している植物で分布型をもっていると考えられるものを捨ってみると、トクサ・イヌスギナ・イワシロイノデ・プナ・ドクウツギ・キクザキイチゲ・トリアシショウマ・エゾノタチツボスミレ・オオバセンキュウ・ジンヨウイチヤクソウ・エゾシロネ・ハンゴンソウ・ヤマハハコ・オヤマボクチ・オオウバユリ・エゾスズラン など一○種は北日本型とみられるものであるが、さすがにその個体数は少なく、木曽谷北部諸村に比べれば種数、個体数ともにはるかに少ない。

 日本海寄りの地方を中心に分布する裏日本型とみられるものでは本村の大戸にミヤマウメモドキが多く自生していて興味がもてる。すぐ北隣の田立の天然公園には裏日本型として知られるヒノモチが南下してきていて、ツルツゲとの間に雑種オオツルツゲを生んでいるが、それとは大きな違いで、木曽川がその南下を阻んでいるようである。

 これら二型のほかフォッサマグナ地帯がら西に分布する一型があり、低木のカナクギノキ・シロモジ・マルバノキ・カワラハンノキ・ヘビノボラズ・ウシカバ・サカキ、草木のアキチョウジ・スイラン・カンサイタンポポ・ナガバノキソチドリなど11種がこれに属し、これを狭義の襲速型とみることが出来る。

 関東地方から西の太平洋側に分布する型もあり、木本ではサクラパハンノキ・ダンコウバイ・ムクロジ・ヤマハゼ・コアジサイ・ヤマアジサイ・コウヤボウキ、草木のサジラン・オオクボシダ・カタヒパ・カニクサ・コガネネ・コノメソウ・ギンパイソウ・ンュウブンソウ・ナガパノスミレサイシン・ササクサ・シライトソウなど17種がこれに属す。

 岐阜県南部と愛知県東部を中心に分布するものにハナノキ・ヒトツバタゴがあり、ミカワチャルメルソウ・リョウノウアザミもこの仲問とみられるが、これを美濃三河型と呼んでいる。本村には此等が分布しているので同型のシデコブシ・シラタマホシグサの野生は確かでないが美濃三河地区の一角をなすものとみられる。

 ゼニパカンアオイ・スズカアザミなどは伊勢湾周辺にだけ分布する一型とされている。

 キョウマルシャクナゲ・ヤマイワカガミ・シロパナイナモリソウ・スルガテンナンショウなどは愛知・静岡両県を中心に分布するので東海型、ミツパツツジ・ヤワタソウなどは関東・東海地方に分布する一型である。

 以上のほかシナノスミレ・キソキバナアキギリは木曽谷にだけ分布しているので木曽谷固有要素とみることができる。

 以上は山口村に野生している植物を小さな分布型に分けたものであるが、 一般に今日は狭義の襲速紀要素としたものから後の総てを含め「襲速紀型」と呼んでいる。この型は最初は九州・四国・紀伊半島などの南部に分布するものに与えられたのであるが、今日ではこれを広範囲にみている。いすれにしても以上の各型は太平洋側にあって表日本型と呼ぶことが出来、本村にこの型に属するものが多いということは植物地理学上からみて本村は表日本区に属すということになる。これは位置・地形からみて当然のことではあろう。