<屋久島’96・前編>

 

屋久島。私が、多分世界で一番大好きな場所です。縄文杉の存在を知ったときから、

憧れて憧れて止みませんでした。10年前の1996年、私は、屋久島に2回も行くこと

が出来ました。

 

 1回目は、3月。先輩の卒業旅行についていきました。屋久島に行ける!というだけで

あまり深く考えずについていったのですが、先輩たちの目的は、縄文杉に会う事ではなく

島をドライブして、南の島の屋久島をのんびりと堪能することでした。一度、私のたって

のワガママで山に入りましたが、ウィルソン株(秀吉の命で切り倒されたという大きな切

り株)までしか、行くことができませんでした。島を去る船から、私は、絶対に縄文杉に

会いにいくぞ、と心の中で誓いました。

 

 そして、8月。心強い友達を誘い、女2人で屋久島縦走3泊4日の決行です。あまり重

い荷物を持つとバテる事必至なので、荷物と食料は最低限で15kgに絞りました。天候

が悪ければ、縄文杉まで行って下山しよう、という計画で、まさか!本当に縦走できると

は思っていませんでした。本当に、夢は信じれば叶いますね!

 屋久島の地に降り立ったとき、港でお年寄りが声をかけてきました。

「おネエちゃん、屋久島好きか〜?」

「ハイ!大好きですっ」

「そうかぁ、つい2ヶ月前に、資料館の案内係のアルバイトの求人があったんだよ、受け

 に来たら、よかったなぁ〜」

残念ですねぇ〜、と笑ってごまかしたのですが、思わず声をかけるくらい、私の体からは、

屋久島大好きオーラが出ていたのでしょう!(下山後、その資料館に行ったのですが、街

の博物館のコンパニオンのお姉さま方は、すらりとした美人ぞろいに対し、ここは、美人

ぞろいではありましたが、ガッチリ筋肉質の足をした山女?ばかりでした)

 

 山に入っても、ああ!ここは白谷雲水峡!懐かしい懐かしい!と感激にひたりながら、

さくさく飛ぶように歩き続けたお陰で、友達から「ナウシカのようだった!」とありがた

いお褒めの言葉を頂きました(喜)。

 

 さて、そんな中、問題が起こりました。私が屋久島の森を撮ろうと思って手に入れた中

古のEOS kissの電池が突然切れてしまったのです!換えの電池も持ってきてないし、今

から集落に戻っても予定が狂うし、後悔しても後悔しきれない!最終手段、ハイカーの皆

様方にすれ違うたびに、「電池持っていませんか?」と声をかけることにしました。

とても親切な方ばかりで、予備の電池をとりだして、型が合うか見てくださりましたが、

私のカメラに合う電池を持つ人にめぐり合えませんでした。山はどんどん険しく、木の根

をつかんでよじ登る格好になっていきます。「もうカメラはただのお荷物か・・・」と絶望

しかけた頃、型の合う電池の人にめぐり合いました!しかも、予備の電池ではなく、カメ

ラから電池を取り出して「いいよ、あげますよ」と仰るのです。いくらなんでもと、辞退

しようとしたら、「もう、縄文杉も撮ったし、後は下山するだけですから・・いいですよ」

との事。。お金も受け取って頂けませんでした。余りの嬉しさにパニック状態になって、

お名前や住所すら聞かずに頂いてしまいましたが、あの時の、愛知県の方々、本当に感謝

しています。本当に、本当に、ありがとうございましたm(__)m

 

 そして、黙々とよじ登る事、何時間経ったのでしょうか??

縄文杉が眼前に現れたのです。

 


 樹齢7200年とも言われるその姿。

(実際は23000年という説もある

 そうですが・・・)

 圧倒されました。

     ・・なんというか。

山の神様に出会った気がしました。

ごつごつした瘤だらけの幹は杉と

は、思えません。

「やっと、会えました。あなたに

お会いしたかったのです・・。

会って頂いて本当にありがとうござ

いました」

 深々と山の神様に感謝、した後は

現実に戻って、せっかく頂いた電池

で、証拠写真?撮影大会です。

屋久杉は背が大きすぎて、広角28ミリでも、全然画面に収まりません。

一体何ミリのレンズだと撮りたい写真が取れるのでしょう???

 

 第一目標の、縄文杉様に会うことが出来て、お天気にも恵まれて、先に進む事を決意。

縦走です。次なる目標は、宮之浦岳山頂!

 


                       ←縄文杉証拠写真。

                        右側の人物が、私です。

 

  

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