第九章 青の間 〜‘布’〜

「すば…る…昴…昴昴!!」
流の叫び声が響く…間は、黒の間は一瞬にして消え、代わりに青の間の扉が流の前にあった。その姿が現れたとき、何故か、捺輝の傷は綺麗に消えていた。
…冷たく青い間の扉、’布’が創りだした最後の間…中には霊はなく、あるのといったらただひとつ、’布’…つまり今の’昴’…。流と捺輝は今まで仲間だった昴を敵にしなくてはいけなかった。
「…迷ってる暇はない…だけど…」
動揺を隠しきれない二人、だが二人は扉に手をかけた…。閉ざされた扉は冷たくまるで昴の心のようだった。心を閉ざした冷たさ…それは’理’がよく知っている。触れられてほしくない傷が冷たくなることも、だが流は扉を開いた。
「ここが、’布’の間なのか?」
二人は只、呆然と立ち尽くした。透き通る青、青、青、言葉を失うほど綺麗で、でもどことなく淋しさが溢れてくる風景、壁に手をやると〜コトリ、コトリ〜と鼓動を感じる、
「この間全体が生きているのか?」
手を放しても感じる鼓動、生けし者だけが感じることができる’生’の証。
「これが…青の…間…」
限りなく続く永い廊下、二人はそれに沿って歩いていった。
……しばらくすると目の前に静かに流れる川と、小さな噴水がある池があった。青一色で創られている世界にある’水’
「昴が創ったんだ、きっと、あいつここらにいるぞ!」
捺輝の声より先に流は池の向こうへと走り出した、
「昴…昴いるのかぁぁ」
呼びかけながら流は走っていく、
「待てよ流、むやみに走ったってしかたねぇだろ」
もはや流には捺輝の声は届いてなかった、昴を失いたくない、その気持ちのほうが勝っていたから。
(がむしゃらに走ってもどうにもならない、そんなことわかってる、だけど…)
流は怖がっていた、一人になることを、自分の宿命のせいで、人を傷つけてしまうことを…だけどそれは叶わないものになった。
「流、こっちだ!昴がいたぞ!」
捺輝の声で流が振り向く、見ると向こうには昴がいた。青い衣装を身にまとい、水と遊ぶその姿は流さえも今まで見たことがないくらい生き生きとし、満面の笑みを浮かべていた。
「……あんな楽しそうな昴、初めて見た」
流がポツリと呟いた。
「何言ってんだよ流、らしくもねぇ、それにまだあれが昴と決まった訳じゃねぇだろぅ。しっかりしろよ」
「あぁ、」
から返事をしたものの流はぼんやりと昴を見ていた。
(あれは昴だ、俺が見間違えるわけないじゃないか、たった二人の兄妹なんだから)
「…う…、流、おい、どうしたんだ」
「えっ……」
流は何故か涙を流していた。涙をぬぐいすくっと立って昴の方に歩いていった。近づくごとに流の鼓動が高くなる。
「す…ばる、」
流が声をかけると昴はふり返り、そして一瞬のうちにその笑みが消えた。周りの風景も、水も、全てが消えた。
「遅スギル…遅スギルヨ流、ナニモカモナクナッテシマッタ…私ノ心サエモ、モウ戻ラナイ、ナニモカモ……」
そう言って昴は間の奥へと消えていった…。もう間の主と化していた昴に流は悔しさで一杯になっていた。
「俺が守れなかったからだ、俺の……おれ…の…」
弱気になっている流にどこからか拳が飛んできた。…主は……捺輝。
「これで、この前のチャラにしてやる、、お前俺に言ったこともう忘れたのか?今のお前に、昴は救えねぇぞ」
「捺輝…」
弱気になっていた流に捺輝が希望を与えた。
「昴はきっと戻ってくる、そう信じて迎えに行ってやろうぜ、流」
「あぁ、」
そう言って二人は昴の後を追い、間の奥へ進んでいった。
「最終決戦の初まりだ、昴を助けにいこうぜ、流」
「助けられるのは俺達しかいないんだよな、 吾のためにも、、絶対に、昴を助ける」
二人は間の奥へと走り出す、壁の色は相変わらず綺麗な色をしているが、壁には文字が刻まれていた、〜生きることの意味、死ぬことの答え〜と。
「生きることに意味なんかあるのか流?」
「あぁ、」
流は答える。
「生きてるものは死を知るために生きてるんだ、そして…悲しみを知るために、生きてるものは死ぬ、世の循環さ、俺達はそれが崩れるのを防ぐためにいるようなもんさ」
喋りながら悲しそうな顔をする流。捺輝はその顔を見て声が出せなくなった。
(生きることと死ぬことに意味があるのだろうか?もし、流の言ったことが正しいのなら、人間はここまで発達しなくてもいいはずなのに)
捺輝はこう思った。だけど今はそんなことを考えてる暇はない、今は今、このことはあとで考えればいい、そう自分に言い聞かせて。
間を進むごとに青色がいっそう鮮やかになっていく。だんだんと冷たくなっていくようで二人は時々立ち止まった。そしてついに昴がいる場所に着いた。相変わらず昴の顔には笑みがこぼれているが、今度の笑みは相手をあざけ笑うような笑みだった。
「ココマデ来タノハ何ノタメ?流」
昴が軽く問う。
「お前を連れ戻すためだ」
流が答える。すると昴はその場にある石に腰掛け話しだす。
「イママデ何デコノ間ガ開カナカッタカワカル?…過去ノコトヲヨク思イダシテミテ…」
その場に沈黙が降りる。「ハッ!」とした流の声と共に昴はまた喋りだす。
「ソウ、青ノ間ハ黒ノ間ト繋ガッテイル…黒ノ間ガ閉ザサレレバ自然に青ノ間モ開ク、ダケド今マデハ開カナカッタ、ソレハ…ソノトキニハモウ私ガイナカッタカラ、、主ガイナケレバ間ガ開クハズガナイ、私ハイツモ黒ノ間ノ前ニ滅ンデイタ」
直面した現実、忘れてはいけないこと、
「’布’ノ宿命ノタメニ私ハイツモ先ニ滅ビル、’理’ヨリモ辛イ宿命、〜破滅〜最後ニハ必ズ滅ビル’布’ノ隔世ノ宿命…」
…時間が止まったかに思えた…昴の頬に涙が流れる、自分を悟った瞬間だった。
「今ココデ、私ヲ倒シテ…ソウスレバ、スベテガ終ワル」
流の動きが完全に止まった。
「そんなこと…できるわけねぇじゃないか…」
捺輝の叫び声が響く。
「お前が教えてくれただろう昴、仲間にその間に属するものがいたらそいつしかその間を閉ざすことはできないって」
その言葉に昴は笑みをこぼし答えた。
「仲間…ナラネ、、私ハモウ敵ニナッテイル、モウ…流デモ捺輝デモ閉ザスコトガデル…」
「なんでだよ…なんで……なん…」
捺輝の声は間に消えた。沈黙が再び訪れる。
「なんだよ…こうなるってわかってたんじゃないの、流」
霊の持つ声とは違う声で昴の声が聞こえた。二人はそろえたように同時に顔をあげた
「昴!」
今まで話していた昴の後ろから(本物の)昴が現れた。
「昴…お前」
流が近づき手を伸ばしたとき昴はその手を払った。
「私はもう、貴方達の敵なの…本気でかかってきなさい。これが宿命のなれのはて…最終決戦なんだから…私を倒さないかぎり洸吾は目を覚まさないし、世のバランスが崩れる」
昴の目は本気だった。そして…
「一つ積んでは父のため…二つ積んでは母のため…三つ積んでは故郷の、兄弟我が身と回向する…永遠の彼方で木霊する、我の声聞こえたならば立ち上がれ…共に歩む道ならば、今解き放たん   ’布’」
昴の手に細く青い剣が握られた。そのことを知った流も呪文を説く。
「我の声に共鳴する…火の全精霊に説う…その力を我に与え共に融合し…力を、我属するは火…司るは’理’」
流の手には昴とは逆に太い赤い剣があった」
「流、やめろよ…仲間なんだろ、こんなの…」
捺輝の言葉より速く流は捺輝を気絶させた。
「悪いな捺輝、でも、、これも宿命なんだ…」
そう言って流が昴に向かってきた。剣を交えた瞬間、’布’の…昴の持つ宿命が動きだした。

間に響く剣の音、それが重なりあうごとに二人の力がだんだんと削られていく、そしてついに、片方の剣が宙を舞い、地面に突き刺さった…。
…剣が離れたのは……流。
「…俺の、負けだな、昴……」
流がその場に倒れこんだ…すると昴が声を張り上げて叫んだ。
「それで終り…それで諦めるの、流…それでも〜烈火〜を持つものなの?」
流の顔を見て昴は続ける
「〜不埒〜を持つ’宇’…捺輝も…〜不動を持つ’力’…洸吾も…最後まで諦めなかったのに、あなたは諦めるの…流!!!」
昴の宿命が喋るたびに悪化する、だが昴はやめようとはしない。
「宿命は宿命だよ、変えられるものじゃない…だったら、その力を使いこなさなきゃ、流ならできる」
力を抜いて、泣きそうなのを堪えて、彼女は彼ににっこりと笑みを向ける。
「……ね、お兄ちゃん」
流は立ち上がり剣を取った。そして、剣に残っている全ての力を注いだ。
「…………昴!!!!!!!!」
叫びと共に流は昴に向かって剣を振り下ろす。その瞬間昴はある呪文を説いていた。
「――――――――――――――――――――――――――――――――」
声にならない叫びと共に青の間が崩れる、、流はその場に立ち尽くしていた止まった時間、それが本当にあるような時が今ここに流れるそして、流、捺輝、そして洸吾にある‘理’‘宇’‘力’、それと昴の‘布’の文字が消えた。…四人は宿命に解放された…大きな犠牲を払って。


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