第八章 黒の間 〜約束〜

「紡がれた運命は…残酷な道だった、か」
普通の病院に担ぎ込むと何かと不便なため、知り合いの闇医者に昴と洸吾を預けた。既に時は紫の間から5日ほど経っていた。その頃、流は捺輝を連れて闇医者に借りた1室に腰を落ち着かせた。
「彩 力娟か。懐かしい名前だな」
苦笑に似た笑み。辛そうな流の顔、それでも捺輝は聞かなければならなかった。
「何で洸吾が…誰なんだ、そいつは」
「そう…だよな。お前は知らないんだよな。…総て話すって言ったことだし、話すよ、全部」
そういうと流は腰を上げ、窓枠に寄りかかり、極力捺輝の顔を見ないようにした。流の意思で…
「‘理’達が人だと話したときがあっただろう?あれは1文字で名前ではなく、ちゃんとした氏名がある。‘理’はj 理琳(ソウ リリン)、‘布’は李 布宿(リ サシュク)、‘宇’は、紅 宇結(コウ ウユイ)‘力’は彩 力娟。こいつらは、悲しい宿命を背負わされた者たちなんだ…」
「宿命?」
「あぁ、俺、‘理’は破壊の宿命。触るもの、大切なもの皆壊しちまう。仲間さえもな。お前のは不埒の宿命。支離滅裂に陥りやすい。風のように急に荒げたりやんだりするように。‘力’は不動の宿命。何事にも本気になれず動かない宿命。力を失うと眠りに落ちてしまう。今、その状況にある。力が戻れば起きるだろうが…大抵はもう…」
沈黙が流れた。だが、
「…昴は。‘布’の宿命はなんなんだ?」
捺輝の疑問。流が口にしなかった宿命。その言葉を聞いて、流はかすかに震えていた。
「…‘布’の宿命、か。……あいつは、隔世の宿命。…最期には必ず…」
「必ず?」
「かな…ら、ず。…滅びる宿命だ。…紫の間で昴の宿命が発動したのかと思った。…あいつはいつも、最期まで生きられないから。…けど、宿命が発動したのは洸吾だった。…いつ発動するのかはわからない、だけど…あいつは必ず滅びる宿命を持っているんだ。一番悲しい、一番残酷な宿命を…」
「流…」
かける言葉が見つからない。こんなにも辛い宿命に縛られていたなんて知りもしなかった。静かに席を立った。その場に留まることを嫌った。否、居ることが出来なかった。パタンとドアが閉まる音と共に流はその場にしゃがみ飛んでしまった。
「情けネェ。俺が昴を守んなきゃならないのに、いつも俺は助けられてる。ホント、情けネェよな」
顔は笑っていたが心をずたずたに切り裂かれていて、目からとめどなく涙が溢れる。止まらない、熱き液体。蹲るその姿を誰も知らない。

カチャッ、と扉が開かれる。開いたのは捺輝。その先に居たのは…昴だった。音を立てないようにベッドの横へと足を進める。西日が射し、昴の顔に光が射した。それにゆっくりと目が開く。
「な・・・つき?どう・・・したの?」
弱々しい声。瀕死状態からよく持ち直したものだと思うほどだった。大丈夫か?との捺輝の声に弱々しくだが返事をする昴。捺輝はベッドの横に椅子を持ってきて座る。その顔は少し翳っていた。
「どうした、の?」
当然の昴の疑問。その声を聞いて、捺輝はスッと手を昴の首にかけた。昴には抵抗する力は残っていなかった、がそんなそぶりさえ見せない。捺輝の手はそのまま力が加えられるように思えた。が、違っていた。そのまま首をすり抜け、昴を抱きしめた。背中に感じられる、捺輝が泣いていることに。軽く背中を叩いてやる。そのたびに捺輝の目から涙がこぼれた。半刻ほど。
「落ち着いた?」
昴の声にあぁ、と答え捺輝は昴を解放した。
「悪かった。体、まだ辛いのに。…だけど、流に話を聞いたらどうしても…」
また、涙が頬を伝った。けれど、それを拭いもせず捺輝は語りだす。
「洸吾は目覚めない確立のほうが大きいと聞き、昴、お前の宿命も聞いた。もちろん、俺と流のもな。俺は、この力をもっていても何にもならないと思い知っちまった。どうすればいいかもわからない。俺は…」
「大丈夫だよ」
優しく微笑んで、昴は言葉をかける。
「そんなに自分を攻めなくても大丈夫だよ。洸吾は、絶対目覚めさせるから。私が絶対目覚めさせるから。だから、残りの間も閉ざしていかなくちゃ、ね」
昴の笑顔で救われたような気がした。照れくさそうに涙を拭い、ポケットから小さな包みを取り出して昴に差し出す。
「何で洸吾がこれを残したのかわかったような気がする…紫の間が開く前に自分にもしものことがあったら昴に渡してくれと、頼まれていたんだ。受け取ってやってくれよ」
そういって渡すと部屋を出て行ってしまった。

静かになった部屋で昴は包みを開いてみた。中には小さな指輪と手紙が入っていた。指輪を見ながら昴は手紙を開いた。その内容に思わず涙が溢れそうになった。
『昴へ
何故か、すごく不安を感じているんだ。もう、会えないかも知れない、となぜか感じている。
だから今、これを書いているんだ。お前と初めて会ったとき、何かが始まるんだ、と感じた。
それがなんなのか、その時はわからなかったけど、こういうことだったんだな。こんな運命があったんだな、って思った。何で俺が、って思ったときもあったけど、今はこれでいいんだ、とかガラにもなく思ってる。お前たちに会えて、本当によかったと思ってる。ありがとう。』
綴られた文字。洸吾はわかっていたのだと思った、こうなることが。カサッとその手紙をしまおうと思ったとき、後ろに紙がもう1枚あることに気づいた。たった1行。その1行に昴は涙した。
『愛していたよ。君のことを…』
「…さい。ごめんなさい、ごめんなさい!!」
――――――洸吾――――――――――
声にならなかった。謝ることしか出来なかった。涙が止まらなかった。
「絶対、絶対宿命を解いて見せるからね」
かすれた声で自分自身の決心のために言い聞かせた。
けれどそれは残酷な運命のホンの序章。運命のいたづらは、まだ続いていた。

その出来事からさらに1週間後。捺輝の力も借りて昴は退院した。…けれど洸吾は目覚める気配すらない。
「洸吾、宜しくお願いしますね」
昴がペコッと頭を下げる。医者は事情も聞かず了解してくれた。
「・・・にしても、なんでこんなところと知り合いなんだ?」
昴たちの家に向かう途中捺輝が軽く聞いてみた。その言葉を聞くと流と昴は顔を見合わせてクスクスと笑う。
「あ、てめぇら。なに笑ってんだよ」
流を小突き捺輝が怒鳴る。
「悪い悪い。あそこは俺らが生まれたところだ。そんでもって育ての親。生まれてすぐ俺らは親に捨てられてるからな」
「えっ?」
軽く言う流だが、捺輝は歩みを止めた。
「あれっ?言ってなかったっけ?親が気味悪がったんだよ。生まれてきた子供が、それも双子なのに片方が赤い髪、赤い目。片方が青い髪、青い目だなんて。別にそんな遺伝を持ってるわけもないのにね」
当然のように言う二人。その時なんでこの2人が離れるのを嫌い、そして強いのかを知ったような気がした。
「それで、親の姿が見えないわけか」
「ま、そういうことだ。気にすんな」
それからしばらく捺輝は黙ってしまったが、そんな裕著なことにもならなかった。
静かに、しずかに、ゆっくりと、最後の間、黒の間が今、目の前に開かれたのである。
「はぁ」
「どうして」
「ここに開くんだよ」
その場所は流と昴家の玄関と同化していた。
「まったく、いい趣味してやがる。毎回とんでもないところに開きやがって」
「そんなにしょっちゅうなの?」
昴が聞く。これに対して捺輝は疑問に思う。
「昴は知らないのか、この間のこと」
「え、うん。だってもう…」
この間のときは宿命が発動しているから、とさらっと答える。その言葉に捺輝は胸を締め付けられそうになった。
「さて、この間を知ってるのは俺だけって事か…この間の主はサターン。悪魔の溜まり場だ。油断すんなよ!!」
「了解」
昴と捺輝が同時に言う。そして最後(だと思われる)の間に3人は足を踏み入れた。確実に運命の歯車が動いていく。悲しみに満ちたエンディングに向けて…

足を踏み入れると、中には壁一面に『絶望』・『恐怖』・『裏切り』と刻まれていた。
「サターンらしいというか、なんと言うか」
そのままだな、と流は鼻で笑う。その行動に現れたのはサターンだった。
「ヨウコソ、我ガ黒ノ間、悪魔ノ魂ガ集マリシ場所ヘ」
丁寧に下げられた頭が上がったとき、昴と捺輝は恐怖を感じた。その姿がまるで…
「ミノタウロス…」
「オヤ、お目ニカカレテ光栄デス。‘布’サマ。デスガ、ミノタウロスト表現スルノハヤメテイタダキタイ。私ハアノ者タチヨリハルカニ強ク、残虐ナモノデネ」
あざけりの微笑み。凍り付いてしまいそうな視線。ハーデスより遥かに禍禍しいものを持っているであろうサターン。
「そのくらいでやめにしようか、サターンよ。洸吾のために、お前を封印しなくてはいけないんでね」
さらっと答える流。幾度か接触しているからこそのこの差。
「洸吾…アァ、アノ‘力’ノコトカ?馬鹿ナ奴ヨノウ。自ラヲ犠牲ニシテ、コノサターンニハ勝テナイノニ無駄ナコトヲ。何故死ニ走ルノダロウ?オ前タチハ絶対ニ私ニ手ヲダスコトガ出来ナイノニノォ」
サターンの意味深な言葉に3人は引っかかった。
「俺たちが手を出せない?どういうことだ!!」
「オ前タチハ仲間ト戦ウコトハ出来マイ。私ヲ倒セバ、ソレガ現実ニナルノダ」
「どういうことだ!!」
流の声がだんだんと荒くなっていく。
「知ラナイノナラ教エテヤロウ。コノ間ハ最後デハナイ。最後ハ‘布’ノ間。青ノ間(セイノマ)だ。コノ間ト連動シテ開ク。ソコノ間ノ主ハ、今オ前タチノ前ニ居ルソイツダ!!」
昴を指差してサターンは叫ぶ。その場に沈黙が下りた。
「う・・・そだ、ろ」
ガクッとその場に膝をついた流。
「ハッハッハッ、ドウダ。私ニ手ハダセマイ。偽リダト思ッテ戦ウモ良シ、ソノママ立チ尽クシテモ良シ。好キナホウヲ選ブンダナ」
言葉と共にサターンは無数の矢を3人に浴びせた。今の流と捺輝には避けるしかすべは無い。そして昴には一切矢が飛んではこなかった。
「‘布’サマ。永イ間オ待チ申シテオリマシタ。我ラガ主」
サターンは昴に跪いた。状況を把握できない。自分が間の主だということに。
「昴!!そいつの声に耳を貸すな」
捺輝が叫んだ。だが、
「マダ、信ジラレナイヨウデスネ。目障リデス。消エナサイ!!」
サターンが自ら槍を持ち、捺輝をそのまま貫いた。
「捺輝ぃぃいいい!!」
流の叫び声。捺輝はその場に血を吐いて倒れ付した。
「テメェ!!絶対許さねぇ!!」
我を忘れた流がそのままサターンに襲い掛かる。その瞬間、流と昴の宿命が発動した。
「うぉぉぉぉぉおおおおお!!」
流の反撃にサターンは抵抗しない。この瞬間を待っていたように…
――――――ザシュッ!!――――――――――
断ち切られたサターン。だがその顔には笑みが浮かんでいた。
「コレカラガ・・・楽シミダナ」
そういうとサターンはカギへと変わり、自ら砕け散った。その破片が昴を包み込み昴は青い光に包まれていく。
「エ、やだ!!なんで、なにこれぇ!!」
「昴っ!!」
「や、流、流!!」
2人は手を伸ばしあった。が、届かず、昴は光の中へと吸い込まれその場から姿を消した。


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