第七章 紫の間 〜転生〜

緑の間で起こった事を知らない3人…得に昴は捺輝を気づかった。涙のわけを知らなかったから…
「大したこと無いって、緑の間の中にはアルテミスしかいな…」
名前を口にしたら、突然捺輝の頬を涙が1筋伝った。慌ててそれを拭う捺輝。
「何かあったみたいだね、捺輝君?」
面白半分に尋ねるのは流だった。いち早く涙の意味に気づいたらしい。
「な、何にも無かったんだよ!!」
顔を真っ赤にして捺輝はそっぽを向く。
「その顔で説得力は無いよ。いいかげんに白状したら?昴も心配してることだし」
「??????」
昴の頭の上に?マークが浮かぶ。
「まぁ、見物してな、心配ネェよ」
洸吾が昴に言う。なんとなく意味がわかってきた昴もクスクスと笑い出す。
平和に流れていた時間。無邪気にじゃれあう仲間たち。けれど、それは続かない現実。
―――――――――バンッ!!―――――――――
ものすごい衝撃で次の間・・・紫の間(シノマ)が開かれた。
「なんだ、今の衝撃??」
捺輝と洸吾が同時に問う。
「紫の間だな、けど、おかしくないか?なんだって開くんだ?あんな辺鄙な所」
疑問が残りながらも今はただ向かうしかなった。
「嫌な感じがする…」
そう、昴が呟いた。けれど、その言葉が現実になるとは誰も思わなかった。当の本人さえも…

紫の間は今は使われていない工場のような場所でその姿を露わにしていた。
「相変わらず、禍禍しい霊気だね。数回しか入ったことは無いけど、忘れないよ、この感じ」
昴の顔がいつに無く真剣になる。4人は心して間の中に足を踏み入れた。
やはり、中には強く、憎しみ、怒り、憎悪のつまった霊気が溢れんとしている。そして、1番強い霊気を上に感じた。
「…ハーデス」
名をいうと、上から舞い降りたのは大釜を構えた死神のような青年だった。
「コノ間ニ入レルノハ強い力ヲ持ツ者ノミ。ソノ弱々シイ力デコノ間ニ足ヲ入レヨウトハ笑止!!サッサト立チ去ルガヨイ」
マントを翻した瞬間、4人は間の外へと吹き飛ばされてしまった。衝撃で皆は所々をぶつけていた。
「ッ痛!!ったく、油断してたぜ。この間は力を纏ってなきゃ入れなかったな。ったく、やりずれぇ」
愚痴をこぼしながら流は呪文を説く。もちろん、ほかの3人も。
「我の声に共鳴する、火の全精霊に説う、その力を我に与え、共に共鳴し力を…我、属するは火司るは…」
「1つ積んでは父のため、2つ積んでは母のため、3つ積んでは故郷の兄弟、我が身と回向する。永遠の彼方に木霊する、我の声、聞こえたならば立ち上がれ、共に歩む道ならば今解き放たん…」
「我思う、永遠の呪文。我目醒る、覚醒の呪文。我伝える、風の呪文。我唱える…」
「過去を思い、過去を見る…現在を歩み、現在を生きる…未来を創り、未来を行く・・・全てを信じ、我戦う…」
4人の言葉が1つに重なった。
「「「「‘理’ ‘布’ ‘宇’ ‘力’」」」」
赤、青、緑、橙。色がぶつかり合い、混じりあい、流には剣。昴には弓。捺輝には鞭。洸吾には槍がその手に握られていた。
「よし。これでいいはずだ」
そういって4人は再び間の中に足を踏み入れる。この後の悲しい結末に向けて。

一方、その一部始終を見ていたハーデスは4人が間に入るタイミングを見計らっていた。
「サァ、来ルガヨイ。勇気アル弱キ者タチヨ。コノ試練。耐エテ見セルガヨイ。特ニ…」
憎しみを込めてハーデスは一点を見定める。
「……‘力’貴様ダ!!」

そんなこととは知らず、間に入った4人は3つのグループに分けられた。1つは昴。1つは洸吾。もう1つは捺輝と流。
「な、なんで?さっきまで皆いたのに??」
1人ずつになった昴と洸吾はハーデスと中心に点対称の位置にいた。そして流と捺輝は・・・
「な、何で俺たち間の外にいるんだ??」
いくら足を踏み入れても間の外にいる。
「チクショー、舐めやがって!!」
怒りが間の扉にぶつけられる。
「どうなってんだ?俺たち」
状況把握ができていない捺輝。流と捺輝はこのパーティーに招待されなかった。

「別れちゃった…みたいね。どうせハーデスの仕業でしょうけど」
走りながら昴は呟く。もし、1人ずつに飛ばされていたら…対応できる流はいい。けれど、捺輝と洸吾はまだ戦いなれはしていないだろう。
「変なことになってなきゃいいけど…」
そう思いながら、昴はさらに足を速めた。

しばらく行くと大広間に辿り着いた。一番初めは昴だったらしい。
「ハーデス!!いるんでしょう??姿を見せなさい」
その声に反応したのか、ハーデスは姿を現した。
「コレハコレハ、‘布’サマ。オ早イオ着キデ。‘力’サマト同ジ距離ニ飛バシタノニネェ」
その言葉に昴は驚いた。
「流と捺輝はどうしたの??答えなさいハーデス!!」
「流石、タッタコレダケノ言葉デ感ヅクトハ、オ2人デシタラ大丈夫デスヨ。中ニハ入レマセンデシタカラ」
「中に…入れなかった?」
「エェ。邪魔デシタノデネ。私ノ目的ハタダ1ツ。オ相手シテ頂ケマスカ?」
そういった直後。既にハーデスは手にもった大釜で襲い掛かってきた。不意のことで弓を引くのが遅れ、仕方なくそれを防具に使う。その態度にハーデスは不気味な笑みを浮かべる。
「ソウソウ。忘レテマシタガ、タダ争ウダケジャ退屈デショウカラ、コレヲ見ナガラニシマセンカ?」
パチンッと指を鳴らすハーデス。その先には渦ができ、そこに映し出されたのは…
「洸吾!!」
1人間の中を彷徨う洸吾だった。
「足止メノタメニ、アチラニハ色々ナトラップヲ仕掛ケテオキマシタ。サァ、存分ニ御覧下サイ」
映されたものに気を取られ、昴の動きが止まったのをハーデスは見逃さなかった。
――――――ザシュッ―――――――
大釜は昴の左腕に赫い道を残した。
「ッ痛。ハ…ハーデス!!」
「‘布’サマトモアロウオ方ガコンナ単純ナ攻撃ヲマトモニ喰ラウナンテ」
笑い声が響く。左腕はもう使えない。もう弓を引くことはできない。ならば…
「我属するは水、司るは‘布’」
弓を変え、剣へと持ち替えた。
「ソレガアレストノ戦イデ得タ剣デスカ?アレスモ余計ナコトヲシテクレタモンデスネェ」
滴る血。傷の深さが物語っている。だが、ここで戦いを終わらせるわけにはいかない。
右手に持った剣。何処まで通じるかは不明だが、どうにか耐えなければ。
「怪我人ガ相手デスカ。マァイイデショウ。貴方ガマトモニオ相手デキルンデシタラネ」
そう。実際のところできていない。剣の刃を向けるたびに、洸吾の映像が目の前に飛び込んでくる。これもハーデスの仕業である。
「ドウシマシタ?ヤハリ弓デナケレバダメデスカネェ」
見下したような笑み、けれど、反発することはできない、そんな余裕すらない。
「サテ、モウ少シデモウ1人ノオ客サマモイラシマスシ、ソロソロ…」
急にハーデスの目つきが変わった。
「終ワリニシヨウ」
その一言と共に昴の背後に回りこみ大釜を真直ぐに振り下ろした。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――」
もはや声にならない。昴の背中に真直ぐな赫い道が深く刻まれた。
「サテ、オ客サマガイラス前ニコレハレリーフニデモシマスカ」
動かない昴の腕を取り、引きずったまま壁に近づく。
「ココデ良イカ」
そういってハーデスは軽々と昴を持ち上げそのまま壁に叩きつけた…と思いきや、昴の身体はそのまま壁に取り込まれ、下半身は壁の中に、上半身は浮き出るような感じになっていた。
「我ナガライイセンスダネ」
そう笑い、次の客が来るのを待った。

洸吾がこの場所に辿り着いたのは、昴がやられて1時間ほどだった。あまりに静かな間の中心に、洸吾は不信感を抱いた。
「俺、だけなのか?にしても、なんなんだ?あのトラップ…」
「オ気ニ召シテハクレナカッタカイ?‘力’。待ッテイタヨ、君ヲ」
ハーデスがその姿を洸吾の前に現した。それにしても…
「なんで、俺を待っているんだ?」
初めて目の前にした敵。それに待っていてもらう義理などない。その言葉にハーデスは笑い出した。
「ソウカ、君ハ覚醒転生者ダッタネ。ジャァ思イ出サセテアゲヨウ。怒リニ身ヲ任セタラキット思イ出シテクレルダロウカラネ。サァ、コレヲ見テゴランヨ」
さっとマントを翻す。その先にあったものは…
「昴!!」
思わず駈け寄っていった。微かな息使い。生きているのが不思議なくらいの姿。
「…えが、お前がやったのか、答えろハーデス!!」
「思イ出シテ頂ケタヨウデスネ。君ガ封印シタコノハーデスヲ」
不敵な笑みを浮かべてハーデスは語りだす。
「今デモ鮮明ニ覚エテイルヨ。君ガ僕ヲ封印シタトキノコトヲ…覚醒転生ヲシタバカリノ君ニ、油断シテイタトハイエ、一生ノ不覚。コノ恨ミヲ晴ラスタメニ、間ヲ深ク閉ザシ、力ヲ蓄エタ。君ノ魂ヲ消シ去ルタメニネ」
ハーデスは周りの禍禍しい霊気をすべて体に纏い、洸吾を睨みつけた。
「今度ハソウハイカナイ。油断ハシナイ。ソノタメノコイツハ準備運動ニ過ギン。君ヲ盾ニトッタラ単ナル年相応ノ少女ト同ジダッタ。甘スギルナ、コイツハ」
洸吾の怒りのボルテージはどんどんと上昇しつづける、それをわかっているかのようにハーデスは続ける。
「女ニ転生シタノガ災イシタラシイ。過去ハコンナニ弱クハナカッタノニナァ。少々残念ダヨ」
吐きつけるような言葉に洸吾に限界が訪れた。
「貴様は、貴様だけは絶対許さない。昴を弄びやがって。貴様だけはぁぁああ」
怒りに満ちた力。既に額には‘力’の文字が橙に光り輝いていた。眩しいほどに。
「ソウダ、モット怒レ、憎シミニ満チロ。君ノ限界ヲ見セテミロ。ソシテ、ソノ力ヲ簡単ニ捻ジ伏セテヤロウ。イカニ己ノ力ガ無力ダト思イ知ルガイイ!!」
槍に懇親の力が込められる。ハーデスの大釜と重なり合う。キィィーンと甲高い音が間に広がる。お互いがぶつかり合うたびに力は削られていく。だが、そんなことはもはや関係ない。
「昴を!昴を返せ!!ハーデス」
「フン。ソンナニ返シテホシクバ、力ズクデ取リ戻セ。マァ、ソンナコトハサセンガナ」

「何で中に入れネェんだ!!」
悔しさのあまり叫んだのは昴がやられた瞬間だった。昴の生の鼓動が弱まったことに気づいていた流は、剣にすべての力を宿した。
 「捺輝。俺から離れてろ!!巻き添え食うぞ」
そういうとその剣を真直ぐに振り下ろした。
――――――ドォォン!!――――――――――――――
ものすごい爆音と共に、間の中に進む道が出現した。
「良し」
自分に言い聞かせ中に進もうとした流を捺輝は止めた。
「何で止めるんだよ、捺輝」
「その身体でいくつもりか?」
捺輝の意見はもっともだった。力をほぼ剣に注いだ流は気力だけで立っている状態。
「このまま言っても足手まとい確定だ!!」
きつい一言と共に流の身体を暖かい風が包み込んだ。
「癒しの風が止むまで待てよ。急がば回れって言うだろう?」
あぁ、と流は静かに時を待った。そして、風が止むと2人は急いで走り出していった。

「チッ、邪魔ガ入ッテキタナ。仕方ナイ」
そういうと、ハーデスは一旦後ろに退き、更なる力を纏い出した。
「消エ去レ!!」
一瞬にして洸吾は間の端から端までの距離を吹き飛ばされた。
「ッ痛。ち、ちっくしょー!!」
「ソノ程度デ倒サレルハーデスデハナイワ!!」
ハーデスは再び構えを取った。けれど洸吾は立ち上がらない。
「ドウシタ、諦メタノカ?所詮君モコンナモンカ」
甲高い笑い声、だが、洸吾は諦めたわけではなかった。小さく、ちいさく呪文を説いていた。
「我不動の宿命よ、俺の身体を貴様にくれよう。その代わり、貴様の力をすべて俺に捧げよ。今一度、ここに‘力’を呼び起こす。過去、現在、未来において、その力を永久に使い切る」
ハーデスが大釜を洸吾に振り上げた瞬間、洸吾は橙のとてつもない光に包まれた。
「ナ…ナニガ??」
光が消えたその先に現れたのは・・・
「オ前ハ……彩 力娟(サイ リョクエン)」
‘力’の本当の姿、昔の姿そのままの洸吾がいた。
「へ、姿はそうだが俺は洸吾だ、間違えるな!!」
そう言って洸吾は槍を構える。
「俺の転生が正しければ、俺の運命はこうなるべきなんだ!!」
「ソンナ…馬鹿ナ…マタ、負ケル…ダト?ア、アリエナイ、アッテハイケナ…」
「消エナ」
そのホンの瞬間、流と捺輝はその場に辿り着いた。
「やめろっ洸吾!!」
だが、一瞬で止められるわけがなかった。
――――――バンッ!!―――――――――――
莫大な破裂音。槍に貫かれたハーデスはそのまま塵になった。
ドサッ、という効果音。捺輝が駈け寄る前に洸吾はその場に倒れ付した。
…スッと額の文字が消える。それは宿命が発動した証(シルシ)。力を使い切った洸吾はそのまま眠りについた。
この戦いが終わるまで決して目覚めない眠りに…
「洸吾…どうしたんだよ。起きろよ!洸吾!!」
捺輝の叫び声が響く。流は昴を抱きかかえて捺輝のそばに近づく。
「流。洸吾は、洸吾はなんで…あれは!!」
「捺輝…一度戻ろう。そこで、説明しよう。総てを」
間は朽ち果てた。呪文を説く前に既に流の手にはカギがあった。
「………封印完了」
カギが塵に還っていった。紫の間に終わりが告げられた。…‘力’を失って。


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