第五章 赤の間 〜‘理’〜

流は不安を感じていた、2つのことに。…1つは紅の間のときから目を覚まさない昴。もう1つは、次に開くであろう赤の間のことだ。
―――――赤の間。破壊の間とされ、足を踏み入れれば弱き物は壊される。誰もが近づこうとはせず、孤立している。烈火を司る‘理’が創り出した間だ。…入ることは許されず、恐怖で溢れる真紅の間。知らずに入ってしまった‘力’が壊されたときもあった…。―――――
「赤の間は俺にしか閉ざせない、だけど…」
流は不安にかられていた。赤の間で起きたことは忘れもしない。自分の弱さ、愚かさがそのまま間に伝えられ、‘宇’‘力’そして‘布’までも破壊に導かれるとことになる。すべては… 「俺の、力が足りないせいで…」
流のそんな様子をただ見ているしかできない捺輝たちは静かにその場を後にした。その場に留まることができる空気がまったくなかったから。
1人になったことも気付かないほどに流はすべてのことを遮断した。そうするしか、流に道はなかった。昴の支えがなければこんなに弱くなってしまうことを痛感した。そして、自分が何を1番恐れているかに気がついた。
「俺は…赤の間での繰り返しが…怖いんだ」
そう呟いたとき、まるで意志があるかのように、赤の間が静かにその中を露わにした。それに気がついたのか、ふぅー、と深くため息をし、流が椅子から立ち上がった。
「でも、やらなきゃならないことだってあるよな、昴。ちょっと行ってくるな、お前がいなくても、大丈夫だよ。俺の、間だからな」
表情が変わる、いつになく落ち着いた顔をしている。そう、流は悟ったんだ。足踏みしてたら先には進めない、だから、前に進んで新しい道を創らなければいけない、と。
――― 一方、捺輝と洸吾は赤の間が開いたのに気がつき、いち早く間の前についた、が入ろうとはせず…いや、入れなかったのだ。間に広がるものすごい威圧感(プレッシャー)、それに圧されて心体(カラダ)が足を踏み出すことを拒絶したのだ。そして、しばらくそこに立ち尽くすしかない2人。強大な威圧感。今までになかったことばかり、間について昴たちに少し聞いた程度の2人にはあまりにも強いプレッシャーなのだ。そして、沈黙が降るが、振り払ってくれたのはやはり流だった。
「まだ入ってなかったか、」
安心したように流が息を吐く。
「この間は厄介だからな、よかったよ、先に入ってなくって」
と、その言葉が終わるか終わらないかというとき、バンっっ!!
と今までの速度とは違い、激しく扉が開いた…そのショックで捺輝と洸吾は吹き飛ばされ、それとは逆に流は間の中へと吸い込まれていった。…立ち上がった捺輝たちが見たものは、ゆっくりと閉まっていく扉だった。
「…間に入りし生けしモノ、間の扉には気をつけろ、主が間に入りしとき扉が閉まればもう2度と、外に逃れることはできぬ、それこそ永遠に」
洸吾が急に口にした言葉。その意味を捺輝はいち早く読み取った。
「ということはっ!!」
確信したように捺輝は間の中に飛び込んでいった、何故こんなことを口にできたのかわからない洸吾もその後に続くように間の中に入っていった。
――――――赤の間の中も、他の間と同様、言の葉が茂っていた。茂りすぎた言の葉、文字はたった1つ。“破壊”…‘理’が刻み込んだ己の心の叫び。全体が真紅で、血の色を思い出させる。吸い込まれそうになり足が竦む、が先の言葉を思い、2人は歩みを止めなかった。
……しばらく進むと間の真ん中に倒れている流を見つけた…駈け寄った2人だったが抱き起こした流の顔を見て一瞬固まった…真っ白い顔をしていたのだ、まるで息をしている人形のような、血の気が消えた真白……真青な顔。
「流…おい、流!!」
捺輝の呼びかけにも返答はない、そのときだ、何処からか声が聞こえる。殺意はなく、今にも途切れてしまいそうな声が…
「力ガナイノニコノ間ニ入ロウトシタカラ…ココハ破壊ノ間ナノニ。…‘理’ノ様ニナリタクナケレバサレ、コレ以上ノ犠牲者ガデル前ニ」
弱い声だったが、捺輝には耐えられないことだった(もちろん洸吾もだが)
「…るな…ふざけんなよ!!昴の次は流かよ…お前たちの目的は一体なんなんだ!!」
アポロンに向かって叫ぶ捺輝、すると微かではあるが、泣き笑いが聴こえた。
「目的、カ…ソンナモノハナイ。他ノ者ハ知ランガナ。…私ハ不本意ナガラニシテ、敵、味方関係ナク、スベテノモノヲ壊シテシマウ。ソレニ巻キ込マレタカラ‘理’ハソノ姿ニナッタ、ココニイレバ時期ニオ前タチモソウナルダロウ」
そういってアポロンの声は消えた。そして四方八方から光の矢が飛び交ってきた。
「流っ!!」
洸吾が叫んだ。…捺輝が流のほうに目をやる、すると流は見る見ると壁の中に吸い込まれていってしまっていた。首に浮かぶ‘理’の文字は薄れていき、光の攻撃は留まることを知らない。‘宇’と‘力’を呼び出した2人、でもこの攻撃を完全にかわすことはできない、重なり、はじき返される金属音とともに2人の力は確実に削られていく。
「力ガナケレバコノ間カラハデラレナイ、破壊ガ導クカギリ…」
悲しみのアポロンの声が間に溢れ返る。その思いは流へとつながって、そして、完全に同調(シンクロ)したアポロンと流の間に、記憶の波が押し寄せてきた。深いふかい、悲しみの過去。
――――――理(リウナ)が佇むその奥に、倒れし者が1人いる。近寄ってみるとそれはぼろぼろになった力(アグマ)だった。理(リウナ)の宿命の暴走が元となりその破壊は力(アグマ)を貫いた。刻まれた烈火の文字、とめどなく流れる理(リウナ)の涙。宿命に遊ばれて理(リウナ)はまた1人になっていく。そして誰も近づけさせなかった、ダレヒトリトシテ…そして、同じ宿命を持った太陽(アポロン)に己の弱さ、愚かさ、虚しさ…すべてをぶつけた。
“この不甲斐無さをどうすればいいかわからないよ、あたしは、また、1人になってしまった” 悲しみに暮れた理(リウナ)に、太陽(アポロン)は鍵を託した。真っ赤に焼ける太陽のような鍵を…そして己に対しての憎しみ、怒り、すべてを間に仕舞い込んだ。そして最後に誰にもソレが悟られぬよう、“破壊”の文字を間に刻み込み、誰も近づけぬよう恐怖を張り巡らせた。だが、本当は気がついて欲しいんだ、誰でもいい、誰かに…しかし回りのものは恐れ戦いて避け続けるばかり。誰か気付いてやって欲しい破壊の宿命を持つものの寂しさを、そうすればきっと、アポロンも救われる。理(リウナ)の悲しみを1番よく知り、その思いを心中に焼き付けているのは、他でもない、アポロンなのだから…――――

「洸吾っ…生きてるか?」
「あぁ、なんとか。でも俺よぉ、さっき消えちまった‘力’を呼び戻すことできねぇんだけどよ」
「俺も…まぁ、‘宇’を呼び戻しても回復しかできねぇから、お前の援護しかできねぇけどナ」
そういって、手近なモノで応戦している2人、そこに声が聞こえた。
「捺輝…洸…吾、ぶ…じか?」
弱々しくはあったが確かに流の声だった。
「捺…輝、ちょっと…頼み…たい事・・が、あるん…だけど・・よ」
途切れ途切れではあるがちゃんとした声で流が喋る。
「アポロンは…何も…悪くねぇ…んだ。だから、俺に…任せて…くれねぇか?」
「なに言ってんだよ、そんなぼろぼろの心体(カラダ)で、第一お前、そこからでれんのかよ」
その言葉に流はニヤリッと笑みを浮かべ呪文を説いた。
「我の声に共鳴する火の全精霊に説う、その力を我に与え、共に融合し力を…我属するは火、司るは…‘理’」
説き終えた呪文と共に轟く雷鳴、それはやがて渦となり…現れた一筋の焔の閃光。舞い上がる煙の中、流が姿をあらわした。
「流、お前、平……」
最初に見た流の顔が忘れられない洸吾は声をかけてみたが途中で止めた、既に顔が違う。
「俺の知ってる流じゃねぇ」
まさにその通りだった。いつになく赤く透き通った火の眼、信じられないくらいの殺気、けれど、人を殺したいという殺気ではない何かを止めたい、という、殺気というより決意が漂う。 「前よりも力がついたみてぇだな、ラッキーだぜ、こいつは」
ニヤリと笑う流に半ば呆れてしまう雰囲気すらある2人。だが、流の力は本当に実在していることはわかる、明らかに空気が違うのだ、前の流との空気が。そして、握られた剣を一太刀振るう。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
風が通り抜けた。すべての攻撃が止まる。今までとは違う感覚。
「これが、俺の力なのか?」
あっけに取られている流の前にアポロンが静かに降り立った。その目の前にいる男は少年のような姿をしていた。
「私ヲ封ジテクレルモノヲ待ッテイタ。私ハ不本意ニスベテノモノヲ壊シテシマウ、破壊シカ出来ぬモノノ宿命ダロウ」
「あぁ、知ってるぜ、破壊しかできなくて、せっかく出来た仲間を壊しちまった、もうそばにいられない、だからこの間を創りお前をここの主とした、でもそれがお前を苦しめていたんだよな、悪かったよ。それがお前のためだと思ったんだ。俺と同じ宿命を持っているからな。だけど仲間はまた見つけることが出来る、そして今度こそ、壊さないように立ち向かうんだ」
そういうと流はアポロンに優しく微笑んでこう言い放った。
「俺が、あのときの‘理’なんだ、悪かったな、辛い思いさせちまって」
するとアポロンは少年が持つことが許される笑顔を見せて首を振った、そして小さく 大丈夫だよ、と呟いた。それを聞いて安心したように流はアポロンを抱きかかえて言の葉を茂らした。
「ホント、ごめんな。 間鍵閉   封印完了」
アポロン…少年のあどけない顔がいつしか消えていき、代わりに流が握りしめていたのは小さな赤いかぎだった。そっと握られた鍵は姿を留めることなくパンッと小さな音と共に姿を隠した。赤の間で起きることはいつも同じようなことだった、だが、今度ばかりは違う道が開けた。流が紡ぎだした新しい未来は一体何処に辿り着くことが出来るのだろうか…。でもまぁ、先があることには代わりない事だろうけど…、けれど、今度ばかりは続きがあった。
「あれっ、終わっちゃったの?せっかく応援に行こうと思ったのに」
赤の間が終わった頃、元気を取り戻した昴が出迎えてくれた
「今回はお前の出番なかったみたいだな」
軽く笑う流に昴も答える。
「いいもん。過去(ムカシ)みたいなことが起きなかったからね」
‘理’である流が抱えていた過去、それが今回の間でなくなってくれたら…そう昴は願ったのだろう。
「あぁ、」
笑みが飛び交う、けれど、この4人の平和はそう長くは続かない。バタッッと後ろで音が倒れた。
「な…捺輝?」
洸吾の呼びかけにも応じず捺輝がその場に倒れ意識を失ってしまった。
「おいっ、冗談だろ?どうしたんだよ、捺輝ぃぃ!!」


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