第ニ章 黄の間 〜初まり〜

ふと体が重くなったことに気づき、流がすぐ横を見ると、昴が自分に寄りかかっていることに気づく。
「昴?」
呼びかけても返事は無い。おそらく疲れているのだろう。と言い、再び横にさせようと立ち上がり、部屋を出た。
「もっと話、聞いてみるか?」
ふいに部屋から出てきた流が二人に問う。あまりにも現実離れした話を永遠に聞かされても、自分は理解できないし、むしろ、しようとしないだろう。と考えたのである。
案の定、理解しようと務めている二人ではあったが、これ以上は頭に入っていかないと見える。
「だったらまた別のときにしよう。昴もこんなだしな。俺は詳しく説明できねぇし。同じ宿命持ってるんなら、どうせまた会うしな」
苦笑じみた笑み。自分達より年下に見えるのに何故か大人びて見える。
「あ、そうだ。あんたたちからは聞いて、ちゃんと名乗ってなかったな。今更だけど…俺は彗星流、あいつは双子の妹、昴」
そういえば、会話でわかってはいたものの聞かされてなかったなぁ。と笑みを浮かべる二人。
そうして、捺輝と洸吾は帰っていった。
パタン。と、部屋のドアを閉じる音が聞こえ、昴は目を覚ました。
捺輝達が帰っていって、半刻ほどだろうか。部屋に入ってきたのは他でもない、流だ。
「大丈夫か?昴」
話の最中に意識を失った妹に心配そうに声をかける。
原因は知れていた。‘宇’と‘力’の転生だ。
「うん、なんとかね」
薄い笑み。それは、まだ本調子ではないことを告げていた。
昴が司る‘布’は‘宇’‘力’が転生したとき、少ない能力を無意識のうちに分け与える。普通ならば一人ずつ転生するため、そんなに苦にはならないのだが、二人同時となると、それなりに力が低下するのである。
「無理するなよ」
大事なものは二度と失いたくはない。と、流がいつに鳴く真剣なまなざしで言う。それは、流が司る‘理’に関係していた。
‘理’は敵、味方関係無しに壊してしまう。という宿命を持っている。必ず最期には独りに戻ってしまう。という。それが劣等感になっているということを誰よりも昴がよく知っていた。
「お前だけいればいい」
まるで告白のような台詞。けれど、本当に他は何も要らない。本心はそれだけだった。
「大丈夫だよ」
それを分かってて、昴は答える。
「離れないために、双子で生まれてきたんだから」
すっと、流から不安の念が消えていった。
  ドクンッ
と、白の間と同様な衝撃が二人に走る。
次の間が開いたのだ。
「開いたな。次は『黄の間』か。順調に扉が開いていきそうだな…」
窓から外を見、流が呟く。
「でも、変な感じがしない?」
「んなもん、行って見りゃわかる」
流の発言に、思わず笑ってしまう昴。
「流らしいね」
クスクスッと笑われて、昴に背を向ける。別に笑われるようなことを言ってないはずなんだが…とでも言いたそうである。
「お前は少し休んどけよ。また戻ってないだろう?能力」
昴を気づかったつもりだが、返答がない。不思議に思った流が振り返ってみると、既に着替え終わっている昴の姿があった。
「なにしてるの?行こう」
そう言うと、部屋を飛び出していった。流はというと、頭を抱え、それを振り払うかのように昴の後を追った。
「お前、本当に人の話を聞かない奴だよな」
ため息混じりに移動手段のバイクを転がす流。そう?と、軽く流され、反論するのを諦めた。何言っても無駄だと悟ったのだ。 黄の間はとある幼稚園の中庭に現れていた。泣きじゃくる園児達。一般人には見えない間の前で、教員たちが右往左往している。
「大丈夫ですか?」
駈け寄った昴たちに、教員達は縋った。
「突然強い風が吹いて、そしたら、園児たちが数名消えたんです。一体何が…」
しどろもどろする教員達。十中八九、いなくなった園児たちは間の中だろう。
「ヘルメスが呼んだんだね。早く助けなきゃ」
「わ、私たちはどうすれば…」
縋るように昴に問い掛ける。年齢からして変な構図だが、誰も気にすることはなかった。
「とりあえず、他の園児たちを連れて非難してください。私たちが探してきますから」
そういって間から遠ざけて、昴たちは仲へと足を踏み入れようとした。
「おい、どうなってんだ?これ」
すぐ傍まで、捺輝と洸吾が来ていた。そして、状況を見て大体把握した二人は、昴たちと共に間の中に入っていった。
薄黄色の壁が続く。
所々に生気と霊気が感じられる。が、一向に子供たちの姿が見えてこない。
歩みを止めずに、どんどん先に進む四人。ふと足を止めたのは、大き目の部屋についたときだった。
微かに、子供たちの声が聞こえてきた。

【かごめ かごめ
かごのなかのとりは
いついつでやる
よあけのばんに
つるとかめがすべった
うしろのしょうめん
だぁれ       】

辿り着いた場所で、子供たちは無邪気に遊んでいた。が、よく見ると、霊と混じって遊んでいる。
「一体どうなってんだ?」
当然の疑問。だが、昴は分かっていた。
「子供だからだよ。生きている者も、死んでいる者も関係なく遊んでいる。穢れ無き魂は霊力が無くても霊を見ることができるからね」
はっ、と昴が振り返った。その目線の先には遊んでいる子供たちと同じくらいの少年が、嬉しそうに遊ぶ様を見ていた。
「ヘルメス」
流の声に、ヘルメスと呼ばれた少年が降りてきた。流たちが見れば、それは正しく黄の間の主。だが、勝手を知らない捺輝と洸吾にしてみれば、その少年も他の子供たちと区別がつかないでいた。
「ヨウコソ、僕ノ間ヘ。楽シソウデショウ。アノ子タチ。ココハ子供ノ霊ガ集マルカラ、嬉シインダッテサ」
悪意の無い眼差し。昴以外の三人は敵意を削がれてしまった。
「ヘルメス。子供たちを外に出して、じゃないと…」
昴の言葉に少年はまた笑った。
「ドウシテ?アンナニ楽シソウジャナイ。僕ハコノママ連レテ逝クヨ」
「お願い。争いたくないの。君だって分かるはずでしょう?これじゃいけないの!」
「知ッタコトジャナイヨ。僕ガ楽シケレバソレデイイノ!」
泣きそうな声。独りは嫌だと、駄々をこねる子供そのものだった。それに気づき、昴は優しくヘルメスを抱きしめた。
「君はあの子達の未来を見たんでしょう?羨ましかったんだよね。理不尽に奪われた君の命の分だけ、あの子達は生きてくれるから。一生懸命生きてくれるから…第二の君を作ってはいけない。それは、君が一番良く分かってるはずだよ」
昴の声と優しさに触れたヘルメスが涙を零した。
「ゴメンナサイ」
その声は間と共鳴し、その姿は次第と薄くなっていく。
その姿が完全に消えたとき、抱きしめていたヘルメスの身体は消え、代わりに小さな黄色の鍵が昴の手に握られていた。
「間鍵閉  封印完了」
パンッ、と軽い音と共に鍵は中を舞い砕けた。

子供たちは全員無事に親元に帰された。けれど、この事はもう、誰の記憶にも残っていはいないだろう。
ふと、昴はヘルメスのことを思い出す。元は人間だった間の主。
そのことを頭の隅に置き、初まりを今、ここに感じた。


戻る 進む
copyright © kagami All RightsReserved.