第一章 白の間 〜出逢い〜

パーン!
的を射抜く矢の音が響く。
一人の女性が的を真っ直ぐ見つめ放つ。
名を 彗星 昴。
宿命に縛られた十七歳の女性である。
  パーン!  パーン!
まるで吸い込まれるように中心を射抜く。
外さず、と賞される昴の弓の腕は、己が持つ宿命に関係していた。
  パーン!
四本目を打ち抜き退場しようとした瞬間、
  ドクンッ
と強い衝撃が躰を巡った。が、その場で気づいたのは昴だけ。昴には一般人にはあまり無い霊能力と呼ばれる力が備わっていた。
(白の間が、開いた)
昴が感じたのは『白の間』と呼んでいる霊界に進むための扉の一つ。主に動物霊の通り道にあたる処である。
(誰かが、巻き込まれて無ければいいけど)
力をもたない者が入れば、間に住まう者たちに憑り殺されてしまう事だってある。それに…
「あの間は少々厄介なんだよね」
着替える、という野暮な事はせず、気配を感じたほうへと走っていく。
これが力をもって生まれてきた者の性なのだろう。

『白の間』は、先にも言った通り、動物霊の通り道。霊獣ケルベロスの支配下にある。そして、そのケルベロスは己の危機を感じると、他の間の主たちに呼びかけ、同調連鎖を起こさせることがある。
故に、一番注意すべき場所なのである。
「総ての間が開くと…」
どうなるのだろう?と考えてみたが、辿り着いた間を目前に消えた。
過去と様子がおかしい?
近づいてみてわかった。既に間の中に人がいる。
ゆっくりと確かめるように足を踏み入れる。白に統一された間が故に白の間と、何にも染まらず、何にも染めることができる色が、動物たちを迎え入れるのに適した色だと感じる。
ふと、広い場所へ出た。
そこには先ほど感じたように人影があった。二つも…
昴は動きを止めその人影を見つめる。よく見ると二人はともに同じ方を睨んでいるように見えた。
昴もそちらを見ると、うっすらと見覚えのある姿を捉えた。
(ケルベロス…)
頭が三つの霊獣。ケルベロスも二つある人影を睨み返しているようだった。
恐らく、どちらかが視線を外すとすぐにでも動きそうな光景。だが、いつまでもこのままにしておく訳にはいかなかった。
(守れるだろうか)
いや、守らなければ。そう誓い、昴は呪文のようなものを唱えた。
「永遠の彼方で木霊する、我の声聞こえたならば立ち上がれ。共に歩む道ならば、今解き放たん」
その声に気づいた二つの人影は、目線を昴の方へ移した。その瞬間、ケルベロスがものすごい勢いで2人に襲いかかってきた。
感情を抑えられず、ただ我を忘れた悲しき霊獣。その本来の役目すら忘れているだろう。間の番人という本来の姿を…
だが、昴は自分と他人を守るために唱える。
「‘布’」
掲げられた左手の甲に、青く文字が浮かび上がった。
同色の光が昴を包み込む。押さえつけられるような圧迫感に、ケルベロスの動きが止まる光の中から現れたのは、やはり青い、そして透き通るような弓だった。
終始無言でケルベロスに弓を構える。が、放とうとはしなかった。
(無理に閉ざすことは出来ない。でも、この状態で沈めることが出来るか…)
考えつけるだけのあらゆる航路を手繰り寄せてみても、道は見つからない。
その瞬間だった。
「我の声に共鳴する、火の全精霊に説う。その力を我に与え、共に融合し力を…我、属するは火。司るは‘理’」
説かれた呪文は説いた者の右の首筋に赤い文字を浮かび上がらせ、その手には赤い光に包まれている。
昴のときと同様、光が止むと、赤く、そして太い剣が握られていた。
「流、だめ!この間は!!」
昴の言葉よりも先に、流と呼ばれた青年の手に持つ剣に赤い光が集まってくる。
「はぁぁあああ!」
剣を握る手に懇親の力を込めて振り下ろした。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――」
ケルベロスの断末魔で間全体が震えだす。
昴が戸惑っている間に起きた十数秒の出来事が、後の波乱の幕開けだった。
ガクン、と膝から落ちた昴。
「ど、どうした?」
先程の青年が昴に近づく。よく見ると、髪や目の色は違うとしても、まったく同じ姿をしていた。
その青年の差し伸べた手を振り払って、昴は怒鳴りつけた。
「なに後先考えず先走ってるの?流。ここは白の間。最初の間がどれほど重要か、知っているでしょう?」
主を失った間は、段々と崩れていく。
「さっきの断末魔。かなりの間に届いていた。今まで開かずに済んでいたのに…開いてしまうかもしれない」
流が知らないはずがない。昴と同じく、宿命に縛られているのだから…けれど、先程の行動は流は仕方ないと判断した。何故なら…
「殺らなきゃな、俺たちはいい。対処のし様があるからな。だが、他にも人がいたんだぞ、この間には」
流が指差す方向に、この間に入ってすぐ見かけた人影の人物がいた。
「そうだけど…でも!」
言いかけて止めた。いくら責めても終わってしまったことを言っても仕方が無い。
 昴は、崩れかけた間の奥のほうに進む。そこには真白な社のような物が残っていた。それに向かって、昴は小さく呪文を説く。
「間鍵閉   封印完了」
さぁぁ。と、まるで砂の城が崩れるようにその場が崩れていく。と、そこは単なる広場へと戻った。
「‘宇’と‘力’」
昴が間にいた2人を指差しながら呟いたと思うと、その場にふわり、と倒れこみそうになる。
「昴」
寸での所で流が抱きかかえ、その二人を見る。と、片方の額に何かを見つけた。
「俺ら、なんか邪魔したみたいだな」
先程の事といい、驚いてもいいはずなのに動じない。それどころか、認めてさえいそうな反応だ。
「話せる時間はあるか?」
急な流の申し出。だが、二人は目の前で起きたことに興味があるようで、すぐに同意した。が、
「そいつ、大丈夫なのか?」
倒れた昴を気づかう。流は昴を見て、大丈夫だ。と言い、二人をついてくるよう促した。

案内された場所は流と昴の自宅であろうアパート。昴を横にし、流は二人に座るように促した。
「適当にしてくれ。何もねぇ所だから」
そういって名を問うてみた。
一人は 茉坂捺輝、歳は二十。もう一人は有馬洸吾、二十二。中国人とのクォーターらしい。二人ともそれ相応の霊能力を持っているらしい。が、流が気になっているのは…
「これ、いつ頃から見えている?」
洸吾の前髪を掻き揚げた流。その額には‘力’の文字が浮かんでいた。
「?この変な字か?さぁ、わかんねぇけど、最近じゃねぇか?前は無かった」
「俺もあるぞ」
捺輝が洸吾の額の文字に気づき、自身の右肩を見せる。
そこにはうっすらと‘宇’の文字が浮かんでいた。
「な……」
思わず絶句してしまった流。と、
「早い転生が起きたね。二つ同時に目覚めるなんて…」
その声は先程休ませておいた昴だった。
「これ、なんなんだ?」
二人が同時に聞いてくる。昴はゆっくりと座り、紙とペンを取り出して説明し始めた。
「これから話すのはうそのような本当の話。少なくとも、他の人たちよりは信じることが出来ると思う。その能力があるのだからね。貴方達は‘宇’と‘力’と呼ばれる力を持って生まれた人達なの」
 紙にその文字を記しながら昴の話が始まる。
「私たちがさっきまでいたのは、『白の間』と呼んでいる処で、他にもさまざまな色で呼んでいるの。赤の間や、緑の間、っていう具合にね。この『間』は生きている者たちがいる物質界と魂が集まる無機質界を繋ぐ扉、って考えてくれていい。そして、死んだもの…魂になったものたちは自分に一番適した間を通り抜けていく。白の間は動物たちが主に通る場所なの。本来なら絶対に見えないはずのゲート。だけど、あまりにも一度に門を通ろうとすると溢れ出してしまう。さっきみたいに、物質界に現れてしまうの。そこから溢れそうになるのを防ぎ、閉ざすのが私たち‘理’と‘布’の役目」
 新たに出た名前も紙に記し、昴は話しつづける。
「私たちの司る‘理’と‘布’は輪廻転生をしているから忘れることはないんだけど、私たち2人で防げなくなると、あなたたちが司る‘宇’と‘力’が覚醒転生を起こすの。覚醒転生者は力は持って生まれるけど、記憶がない。ただ、それだけの違い」
言っていることが難しいということは昴も承知している。すぐに認めろ。何てことも言わない。信じられないのがあたりまえだから…でも、話さなければいけないことは事実だ。
「すぐに信じるなんてことは出来ないと思う。だけど、これが事実。それだけ…」
躊躇はしているようだが、幼い頃から見ている霊という存在がいるのも事実。信じてもらえなかった。ということは、自分たちにも覚えがあるから…
「事実なら、受け入れなきゃな」
洸吾が言う。あまりにもあっさり認めてくれたことに少々戸惑い気味の昴と流。
「まぁ、この世に信じられないことなんか五万とあるしな」
ニッ、と笑って見せる捺輝。ふっ、っと流も軽く笑う。
「初めてだ。そんなにあっさり信じた奴なんて」
「現実離れしてんのは俺たちだけじゃないってわかったんだよ」
洸吾も笑う。
巡り合った運命。偶然なんかじゃない。
そう、出逢いは起こった。
‘理’‘布’‘宇’‘力’の一斉転生によって…


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