MADGAME
1.

…、俺にどうしろって言うんだよ…

ゲーム開始時間まで凡そ15分。情報の入ったI/C ―intelligence chip― を耳にし乍、青年は壁に凭れ掛かり宙を仰いだ。
青年の名は、 鴇世芯哉。
彼は誰かと話しているのではない。単なる独り言を呟いたのだ。
容赦なく流れ込んでくるI/Cからの言葉はもう既に暗記してしまっている。けれど芯はいつまでもそれを聞き続けている。

 【ゲーム日時;2216/11/22 25:00 対戦相手;URW4 陣地;菖蒲城公園周辺半径5`以内 制限時間;1/6day】

ただそれだけ入っているI/Cをいつまでも聞き続ける。
今此処はその陣地内であるが、如何せんチームメンバーが来ないのだ。
相手にコードがあるようにこちらにもコードがある。ゲーム名みたいなものだ。
こちらのコードは EMT3。
3桁のアルファベットは適当に意味を持たせ、最後の数字はチームのメンバー数を表す。
けれど人数などどうでもよいらしく、同じ人数で戦ったことなど今まで一度も無かった。
ゲーム開始時間まで後9分。いつもの事乍、自分のこの性質が憎らしかった。
「なんだ鴇、相変わらず速いな」
「慧谷さん…」
ノー天気な声に些か脱力し乍声の方向へ視線を飛ばす。
見慣れた黒いロングコート。胡散臭く長ったるい漆黒の前髪に後ろ髪は少し縛れる程度。その奥に潜む聡明な黒曜石の眼。
声の主はチームメイト、慧谷亮。
「吟はまだか?…其の内外れるな、あいつ…」
「それは慧谷さんも同じです。なんでそういつもギリギリなんですか?」
「野暮用…それに早く来ても得する事なんてねぇだろ?」
それはそうだけど…と未だ不満そうに呟く芯哉をクックと笑いを耐え乍見やり、煙草に火を点けた。
独特の甘ったるい匂いがするそれは、ヴァルボード社の新商品だと聞いた。
「慧谷さん、それで居場所ばれません?」
昇る煙に必要以上の匂い。それだけでこちらの位置が把握されると思いポツリと聞いてみるが、相手は笑うだけ
「別にいいだろ?位置が分かれば向こうから仕掛けてくる。それを返り討ちにすればいい」
「その自信、何処から来るんですか?」
「実力だ」
はぁ、と溜息吐いて時計に目をやった。試合開始まで後2分。
「…今日は二人でしょうか」
「まぁ、いつものことだ。時間ぎりぎりに滑り込んでくるんじゃないか?」
ほらな、と呟き煙草を落として踏み潰す。すると騒がしい声が近づいてくるのが聴こえた。
「うっわぁ〜!またギリギリじゃん!ちっくしょー、怒られるー!!」
「…確かに、来ましたね」
ストップウォッチを片手に猛スピードで走ってくる姿に些か頭痛を覚え米神に手を当て乍呟く。
現れた人物は本当に全速力で走ってきたのか息を切らしていた。
帽子の鍔を後ろにし僅かに覗く金髪、深緑のパーカーに黒いズボン。少々幼い顔には汗が滲んでいた。
「宗途…またか?」
「すいません、シンさん。いつの間にか寝入っちゃったみたいで…」
「まぁ、間に合ったから良い。ほら、始まるぞ」
遅れてきた人物、宗途吟との会話が成されたところで、公園中央に配置されている時計塔の鐘が鳴り響いた。
開始の合図。
けれど、3人は一向に動こうとはしなかった。
「今日の標的って何でしたっけ?リョーさん」
「あー?お前事前調べしてねぇの?ったく、使えねぇな」
「しょーがないっスよ、データ出てこなかったんですから…いつもなら簡単に出て…」
「鴉猫の牙」
揉めてる二人に本格的に呆れてきたのか、それともさっさと終わらせたいのか、芯哉が口を挟んだ。
「今日の標的は鴉猫の牙。神の罰だそうだ」
「え、シンさんどっから仕入れたんスか?その情報」
「I/Cに入ってただろ?聞いてないのか?」
「うっそだー!あれには日時と陣地、対戦相手に制限時間しか入ってなかったじゃないっスか」
「其の侭素直に聞いてるのがお前らしいわ…」
もう一本煙草を取り出し口に銜え乍ポツリと亮が呟く。どうやら聞いてい乍ターゲットを知っていたようだ。
緩く長く煙が伸びていくのを見乍、芯哉は小さく溜息を吐いた。
「後で教えてやるから、さっさと終わらせるぞ。」
「あ、ヒっでー。時間まだあるんだから教えてくれたっていいじゃないっスか!」
「お前、1/6dayフルに使おうとか思ってるのか?」
「え、違うんスか?」
素直な反応に二人は脱力した。別に相手を舐めている訳じゃない。それでも1/6day、つまり4時間は長すぎるのだ。
「ほら吟。敵さん来るぞ。スタンバイ」
「え、あー…了解っス!」
「慧谷さん。たまには動いてくださいね」
「気が向いたらな」
ひらひらと手を振り意味深な笑み浮かべてくる相手を訝しげに見つめ乍、芯哉は敷地内にある藪の中に入っていった


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