漆ノ章...通じ合わぬ一族、交わることなし

「運命が動き出した。か...」
ポツリ、吉凶が呟いた。
無意識迄に先見をしてしまう己の性に半ば厭きれつつ、吉凶は唯、呟いただけだった。
誰にも知らせる事無く、唯、見守り続けるだけ...
物井と社が出会うのは必然的な事実。
違える事は決して赦される事では無いだろう。
其れを吉凶は重々承知していた。
「私に出来る事は何一つ無い。唯、見守ることしか出来ないのだから」
其の為に光を持てないのだからと、呟く。
先見が光を持てない理由。
其れは、先が見えるが故、先走った行動を取らない為の制限。
「通じ合えぬのなら、初めから亡き者にすれば良いものを...」
決して交わらぬのならいっそ...
そう思いながら、吉凶は躰を横にし眠りの中に身を置いた。

                              †

ノックをしようとした幸神座の手が寸での所で止まった。
吉凶が呟いた言葉が耳に入ったのだ。
「運命...か」
そう確かめるように口に乗せると来た道を戻ってゆく。
其の擦れ違いに出逢った夙に茶を二つ部屋に持ってくるよう言付けた。
戻ると愛くるしい姿の少女がさっき出て行ったばかりの部屋の主の登場に驚く。
どうしたのかと覗き込む殺女を抱き上げ、抱きしめる。
「吉凶は眠っているようだったので帰ってきたんだよ」
そう言って、其の侭長椅子へと腰を下ろした。
程なく、襖にノックが響く。
「失礼致します。御茶と御茶請けをお持ち致しました」
「有り難う」
持って来たのは用事を頼んだ夙では無く、(カザ)と呼ばれる侍女だった。
モヘ茶台に持って来た物を置き、立ち去っていった。
「食べて良いのだよ、殺女。其の為に持って寄こしたのだから」
幸神座の言葉を聞いて、ニコッ、と笑った殺女は御茶請けに手を伸ばし口に運んだ。
其の様子を微笑みながら見つめ、頭を撫でながら、自身は茶を口に運ぶ。
何時まで此の日常が続くのだろう。
ふと、幸神座はそう思った。
「運命は動き出した。か...」
吉凶の部屋の前で聞いた言葉を繰り返す。
「通じ合わぬなら、何故生まれたのか。此の一族は...交わる事等有りはしないと言うのに」
遠くを見つめながら幸神座は呟く。
終わりの時が見え始めた?
苦笑を浮かべ頭を振り、今巡らせた思想を振り払った。
今更考えても同じ、遣るべき事に変わりは無い。
御茶請けに手をかけていた殺女が不安そうな顔で幸神座の袖を引く。
「大丈夫だよ、殺女」
優しく微笑みながら幸神座は又、殺女の頭を撫でてやる。
「一族同士の戦いが始まる。止める事は決して出来ないんだ」
哀しみを乗せるように、唯呟く。
分かっている。分かっていた。けれど、
「此の先の争いが辛い事に為るのは確かだね」
小さな震えが有った。
其の理由は唯一つ。
幸神座は戦うべき一族の長を知っている。
社家の当主を...
「やはり、紫呉と争う事に為るんだろうね」
苦笑を浮かべ、天井を仰ぎ一息つく。
「紫呉も私も、辛い一族の中心に生まれてしまった。ほんの些細な切欠の為に...」

そう、既に社と物井の一族の長は出会っていた。
其れは、未だ要が跡目に為ると思われていた頃の事だった。




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