捌ノ章...触れ合い、そして離れ去る

「此処で待っているんだよ」
こくんと頷き、其の場の壁に背を預け、幸神座は兄に言われた様に待っていたが、
―――サァァアアア――――――
風が綺麗な音と共に通り抜け、壁の中に有った藤棚の藤が揺れた。
「うわぁー、綺麗」
感嘆の声を漏らす幸神座の耳に、くすっと言う笑い声が届いた。
「?だぁれ??」
振り向くと自分より少し年上の少年が居た。
「あっ…」
振り返った幸神座を見、伐が悪そうに俯いてから顔を上げると、にこっ、と笑う。
「其の藤、見に来たんだ。僕は紫呉。君は?」
紫呉の笑顔に吊られ自分も笑みを零し、
「私は幸神座。綺麗ね、この藤」
「さくらって言うの?花の桜?」
「ううん」
首を横に振り否定する。紫呉は首を傾げるが、そのまま幸神座に話しかける。
「ねぇ、君は何してるの?迷子じゃないでしょ?」
「うん、兄様を待ってるの。此処で待ってなさい。って言われたから」
そう言って、幸神座は兄が行ってしまった方角を見る。
「そうなんだ。…そうだ、もっと綺麗に此の藤が見える方法が有るんだ。やってみる?」
「もっと綺麗に?」
不思議そうに首を傾げる幸神座。けれど其れに構わず、紫呉は小さい手で印を結ぶ。
「内緒だよ。本当は人前でやってはいけないんだ」
紫呉の印を結んだ手が、小さな光を纏った。そう思ったら、其の手を自分の両足、そして幸神座の両足に軽く触れた。
「飛ぶよ」
「えっ?」
戸惑いの声を上げると同時に、ふわっと幸神座の躰は紫呉の躰と共に跳ね上がった。
「うわっ、凄ーい」
感嘆の声を上げる幸神座。
二人の躰は自分達の倍程の壁の上に有った。
「ほら、下の方、見てみなよ。藤の花の」
幸神座が目をやると、藤棚の下には水溜りが出来ていた。
「あれが、如何したの?」
「まぁ、見てなって」
得意そうに言い放つ紫呉は、壁に座り先程とは違った印を結ぶ。
幸神座も其れに習い腰を下ろすと、紫呉の行動を見守る。
結んだ印を水溜りに飛ばすように紫呉が手を前に伸ばすと、水に波紋が広がり、一瞬で透明になった。
其の水には藤の花が映りこみ、濡れていた藤の花から落ちる雫が綺麗な波紋を作り、また藤の色が引き立つ。
「凄ーい、綺麗」
「でしょ?」





戻る textへ
copyright © kagami all rightsreserved.