陸ノ章...己が最良の道

未だ、離れの庵で眠り続けている青年がいる。
青年の名前は謳美 精。精が眠り続けている理由は一つ。幸神座の身代わりとなったのだ。
謳美は陰に隠す一族。
誰かの為に、其の者が受ける筈の災厄を一身に受けるのである。
つまり精は幸神座が受ける筈であった永い眠りを代わりに受けたのである。
其れが精にとって最も最良の道だと信じて

                              †

幸神座は呪いに犯された此の一族を、此れ以上呪いを拡げさせない為、滅ぼそうと決意した。
誰とも交わらず、只、己が朽ち果てるまで一族を見張り続け、其の血を絶ってしまおうとしていた。
例え其れが呪いを掛けた一族の目論見通りだとしても、此れ以上悲しい呪いを永らえさせる訳には往かなかった。
其れが幸神座にとって最も最良の道だと信じて...

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稜は幸神座が呪いを断つために一族を滅ぼそうとしている事を知っていた。
だからこそ、無力と分かっていながら、其れを阻止しようとしていた。
何をした訳でもない。只、呪いを掛けた一族が物井を気に入らなかっただけで滅ぼされるなんて馬鹿げている。
幼い時からの友を、失うわけには往かない。
だから迷わない。あがいてあがいて、あがき続けて...それでいい。
其れが稜にとって最も最良の道だと信じて...

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殺女は何も知らなかった。
只、幸神座とずっと一緒に居たいと願っていた。
過去の事は何も覚えていない。何故話せなくなったのかも覚えていない。
其れでも幸神座は殺女を救ってくれた。手を差し伸べてくれた。
其れが何よりも嬉しかった。だから、幸神座の傍にずっと居たいと思った。
其れが殺女にとって最も最良の道だと信じて...

                              †

要は独りだと実感した。
誰にも相談出来ることでは無い。否、相談したら誰もが止めるであろう。
だから誰にも言えない。言ってはいけない。要は家を出てからずっと独りで戦っていた。
自分を信じるしかなかった。
無駄なことと分かってもいる。吉凶にはっきりと言い切られてしまったのだから。
其れでも、要は諦めることが出来なかった。だから家を捨てた。
其れが要にとって最も最良の道だと信じて...

                              †

吉凶は何もしなかった。
行動を起こしても運命は変わらないと分かっているからだ。
何処でどう転ぼうと最後は結局変わらない。だから動いても無駄だと悟っていた。
先見の悲しい運命。
誰がどう動くかも知っている。
誰が何時涙を流すかも知っている。
此の一族達の結末さえも知っている。
けれど、何も言わず、只々此の結末を見守っている事にした。
其れが吉凶にとって最も最良の道だったのだ。

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誰もが今自分の歩いている道が自身にとって最も最良な道だと信じていた。
けれど、本当は誰が正しく、誰が間違っているなど無かった。
最期の結末はきっと誰にも分からない。吉凶ですら...
だから歩んでいく。ヒトは前に進んでいける。其れが例え最悪の結果となったとしても...




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