参ノ章...橘 吉凶

「どの様な事を聞きたいのですか?」
部屋を訪れた稜に吉凶が問うた。知っているだろうに、というように苦笑して稜は口を開いた。
「此の先、幸神座は...あのままなのか?救う方法は無いのだろうか?」
「何を言っているのかわかりませんね。幸神座は自分で此の道を選んだ。何を救うのですか?」
膝の上に置かれた手に力が入る。救われないのは此の少年も同じ事。
「そんな事を聞きに来たのではないでしょう。本題の方は...」
そう言って吉凶は稜の前に畳まれた紙を差し出した。
「直接話すよりも、何度もご覧に成れる様、紙に記しておきました。内容が正しいかどうか、ご確認ください」
其の紙を手に取り稜は中身を確認すると、ふぅ、と息を吐き、苦笑した。
「やっぱり知ってたんだな」
「えぇ、一応先見ですから...目が見えない代わりにいろいろなものが見えますからね」
けれど、見たくないものまで見える。と、吉凶は目を伏せる。其れを見て稜はすっと立ち上がる。
「さて、用も済んだことだし、帰るとするか。ありがとな、吉凶」
背を向けて襖に手をかけようとしたとき、
「先ほどのお答えですが...」
吉凶は静かに言葉を紡ぐ。稜は吉凶を直視する。
「幸神座を救う為には大きなリスクが課せられます。絡みついた糸を順番に解いていくしかないでしょう。其の順番を間違えただけでも糸は切れてしまいます」
「お前なら、其の順番を知っているのだろう?」
向き直った稜は先ほど座っていた場所に腰を下ろした。
「はい。けれど、其れすら幸神座は望んでいません。自分が救われることを幸神座は望んでいないのです。望んでいないことの手伝いをする事など出来ません」
「望んでいない、か」
ふぅ、と溜息を吐き、目を閉ざし顔を落とす。俺は何もやってやれないんだなぁ。と、実感してしまう。この一族たちと自分はあまりにも違いすぎる。そう実感して仕方が無い。
「後の鍵を握るのは...」
吉凶はそう呟いて止めた。言えば稜が動くことは必須だろうから。呈良く稜には此の言葉が聞こえていなかったようだ。静かに立ち上がる稜。
「全ての者が、救われる。なんて、虫が良すぎるのかな」
そう呟いて稜は吉凶の部屋から出て行った。

                              †

稜の気配が消えても、吉凶は動かなかった。じっと、先見の存在理由について考えていた。
「幾ら先見をしても、そうならないように、と行動を起こしても起きてしまう現実が見えても何の訳にもたたない。先が見えてしまうからこそ、何も出来なくなってしまう。なのに...行動を起こせる貴方が羨ましく思えますよ、稜」
心からの正直な感想だった。先見の力が違えた事は無い。幾ら行動を起こしても、其れは同じ事だった。最終的には其処に辿り着いてしまう。この世に存在する絶対的な『死』の様に、『運命』も又、絶対的なものである。吉凶はそう考えている。それが良い事であれ、悪い事であれ...
「物井の一族も、社の一族も、同じ運命の起動を持ち、軌道を辿る。謳美は身代わりとなり、向日は創られる。
...橘は只、数奇な運命を見続ける為だけに生まれた。其の程度の者だ」
己に課せられた運命を既に知ってしまっている吉凶にとって、生きている事は誰よりも詰まらないものなのだろう。

『誰が正しく、何が間違っているのか。知っているものは少ない。』

少なくても吉凶は知らない。自分に出来るのは先見であって過去は知らない。けれど、『未来』が見えると『過去』も又見えてくるのも事実。パズルのピースは埋まっていく。
「絶対的な鍵を握るのは少なくても、『物井』や『社』ではない。...鍵を握るのはきっと...」
吉凶の中で浮かんでくる人影は2人。此の謎は、どちらが握っているのだろう。




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