弐ノ章...社一門

小さな庵が緑の中、ぽつんと建っている。
其の中で転寝をしていた青年、紫呉は、障子を通り抜けて差し込む光で重い瞼を持ち上げる。光を浴びた躰は起きたがっているが、頭はまだボーっとしていて行動を起こすことはしない。紫呉は机の上の湯呑に手を伸ばし、喉を潤す。
「暇だな...」
思わず口にした言葉は今の状況にぴったりと噛み合う。外に出てはいけないと言われているが、こうも天気が良いと溜息無しではいられない。
「物忌み...ねぇ」
考えてもみる。高層ビルが立ち並び、空を飛ぶどころか宇宙にまで行ける此の時分、何故物忌みなんて物を信じなければ為らない必要がある?と...そう考えて無意味なことに気がつく。生まれてしまった家が悪い。
「詰まらない一族に生まれたものだな」
自然と溜息が出る。そして、すっと音も無く立ち上がり、障子に手をかけ静かに開く。外は蒼天の輝きに満ちていた。紫呉は縁側に腰を降ろし、空を仰ぐ。其の姿に気がついたのか、鳥達は紫呉に近づき、其れを迎えるかの如く差し延べられた紫呉の手に鳥は躊躇いも無く移った。一羽、また一羽と頭に、肩に鳥が留まる。紫呉は気にせず、寧ろ笑いながら其の状況を受け入れる。周りから見ると、さぞや綺麗な風景なのだろう。
紫呉は鳥達を驚かせないように静かに立ち上がり庭へ下りる。鳥を愛でる様に、気を慈しむ様にゆっくりと外の空気を感じる。
「呪いなんてかけなければ...何故、此の一族は、こんな無駄な事ばかりを行うのだろう」
溜息交じりの声。そして、一斉に鳥達を空へと放す。螺旋を描くように飛び立つ鳥を見上げて紫呉は呟く。
「俺もあの鳥のように解放され...」
其の途中で後ろからカタッという音がした。紫呉はビクッ、と肩を振るわせた。
「紫呉様。御茶請をお持ち致し...紫呉様!!
開かれた襖に座していた侍女、茵(シトネ)は外に出ている紫呉の姿を見ると顔色を変えて叫んだ。
「お早く中へ!!あぁ、なんと言う事でしょう。物忌みの日に外にお出になるなんて...」
「すみません、茵さん。外があまりにも綺麗だったものだから、つい...」
しぶしぶと部屋に戻る紫呉に茵は羽織る物を掛けた。
「物忌みは大事なことなのです。下手をすれば命を脅かされることもございます。穢れを甘く見てはなりません。大切な御身、御自覚くださいませ」
「.........」
心の声を声に紡ぐ作業はしなかった。茵は、ふぅ、と息をついて、先程床に置いてしまった物を手に取った。
「新しい物をお持ち致します」
「後で良いです。少し休みますから」
「では、御用の時はお呼び下さいませ。」
茵は静かに襖を閉めて立ち去っていった。其の気配が消えると、再び立ち上がり障子の方へ歩み寄る。けれど今度は出ることはせず、只、見つめているだけだった。
「大切な御身...か」
溜息と情けなさが込み上げてくる。何が大切なのだ?と、言わんばかりに...
すとん、と紫呉はその場に座した。
「俺は、此の身が憎い。此の一族の血が憎い。囚われて何とする。無意味な事と知っていて、何故今だ縛られ続けなければならない...俺は...俺は呪いなど、望んではいない」
己の躰を抱きしめる様に両腕を回す。此の身一つ、絶ってしまおうか...そう考えて止める。此の身が死ねば後に続く者が出る。己と同じ詰まらない一族に縛られるものが増えてしまう。今、此の場の犠牲者は自分だけで良い。
「...滅びの唄は聞こえぬか?哀れな唄は聞こえぬか?」
意識の無い様な淡い声は呟く。紫呉の声は言霊となって、何処ぞへと流れる。それは己に掛ける呪詛だった。
「唄は響き、呪は成就せよ。聞こえぬ者は穢れを知らず、只、今、此処に成就せよ。呪唄よ成就せよ」
其の侭静かに瞳を閉ざす。光、風、生きている証明を躰全てで感じる。溶け込まれるように、紫呉は後ろへと身を任せた。そして意識は次第に夢の中へと微睡む。意識だけを外に飛ばすために...




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