飛白

家の前にいた少女を拾って、1週間が過ぎた。
その間、働いている町役場で捜索願が出ていないか、少女の身元がわかる人がいないか探した。
が、一向に現れない。
わかっているのは依然名前だけだ。
あの喋れない少女の素性は一体なんなのだろう。
あのくらいの幼い少女なら、こんなに長く帰らないと問題になるではないか。
下手すると俺が人攫いになりかねない…
また変な方向に話がずれていく。
志向を戻して、また考えはじめる。と、
「何難しい顔してるの?珍しい」
後ろから声が聞こえ、振り返ると女性が立っていた。
ここでは俺の上司に当たる人間だ。
「そんな珍しいですか?」
「えぇ。舜君はいつも無表情に仕事をこなすからからかえなくてつまらなかったもの」
まったく、この人は…
「少し困ったことが起きてるんですよ。それで…」
と、言いかけてあっ、と手で口を押さえたがもう遅かった。
既に女性の目は輝いている。
そういうことに足を突っ込むのがこの人の趣味だ。
「え、何々。話しなさいよ」
「あ、いや、大した事じゃないですから」
「何?私じゃ不満なわけ?」
「そういうことじゃなくてですね」
はぁ。と、ため息をついて俺は諦めて話し出した。
いろいろな情報が入ってくるこの人なら何か知っていることがあるかもしれないし…
「と、言うわけですよ。何か知ってません?」
一部始終を話して逆に聞き返してみる。が、反応が薄い?
「?どうかしました?」
「その子まだあなたの家にいるの?」
「えぇ。そうですけど…」
「じゃぁ、会わせてくれる?もしかしたら、ね」
意味深な発言をして女性は何か調べ始めた。
俺はと言うと仕事が舞い込んできて、結局続きを聞きはぐってしまった。

いつもと同じ時間に家路に着く。
だが、いつも持っているものと一緒に見慣れぬものが手からぶら下がっていた。
家の前の門をくぐり、引き戸を開ける。
「ただいま」
今まで使わなかった言葉を使うと、奥からタタタッと足音が聞こえてきた。
靴を脱いで上がったときに、その足音の主は俺に抱きついてきた。
これがこの1週間の帰ったときの習慣だ。
「ただいま。何もなかった・・・よな?るる」
こくんと頷いた少女、るるは手に持っていた紙を見せた。
『おかえり』
クシャクシャ、と髪を撫でてやり奥へと入る。
居間には紙が散乱しているものの、大して汚れてはいない。
大方、いつものように絵や字を書いていたのだろう。
持っていたいつもの荷物を所定の位置に置き、着替えを済まし、食事の準備をする。
の前に、
「るる。お土産だ」
そういっていつもは持っていない紙の袋を手渡す。
きょとん。としているるるに、開けていいぞ。と言うとがさがさと袋を開いた。
中から出てきたのは小さめのスケッチブックとケースに入った1ダースの色ペン。
「それに書けよ。今まではそこらの紙だったろ?」
食事の支度をしながら言う。が、るるの反応がない。
気に入らなかったかな?などと思いながら近づいてみると、るるの目はきらきらと輝いていた。
くるっ、と俺のほうに向き直ったるるは今手にしている物を開いて早速何かを書き始めた。
俺はというと、その反応に軽く笑ってまた食事の支度に取り掛かる。
箸を二人分置いて、料理を並べ始めた時、服の端を引っ張られた。
「おっ、どうした?」
するとるるは手に持ったスケッチブックを見せた。
俺は屈んで中を覗く。
『ありがとう』
前にもあったな。こんなこと…
「気にすんな。それより飯食うぞ」
クシャッと頭を撫でる。
こくんと頷くるる。
まぁ、身元がどうあれ、今はこれでいいだろう。
そう思いながらまた一日が過ぎていった。

「あ、でも誘拐犯だと思われるのはちょっといただけないな」 なんてことを呟きながら。


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