飛白

「舜君、舜君。この子に見覚えない?」
やっと仕事が一息ついた時に目の前に写真を出された。
出した主は、先日の女性だ。
「な、なんですか…って、るる?」
目の前に出された写真にあっけに取られ、手に取る。
写真に写っていたのは今まさに家にいる身元がわからない少女だ。
「なんだ、名前知ってたの?その方がもっと早くわかったのに」
そう言って写真を取り戻した。
「諒禾さん、知ってるんですか!?」
えぇ。と軽く答える。
こんなにも近くに少女の身元を知っている人がいるなんて…
「とは言っても、ここ最近知ったんだけど。この子の資料私のところで止まってたから」
「は?」
「ちょっと事情が複雑だったのよ。だから、ね」
いまいち話が飲み込めていない。
けれど、何はともあれ身元はわかったのだ。
「じゃぁ、すぐにでも親と連絡を…」
「だから、事情が複雑だって言ったでしょう?この子には今、帰るところがないのよ」
「帰るところがない?」
ますます意味不明だ。るるはどう見たって小学校低学年か、下手するとそれよりも幼い。
そんな子供が帰る所がない?
あれこれ思案してみるが、どうもこれといって納得するような理由は思いつかない。
それを見て、女性はくすくすと笑っている。
「とりあえず、今日一緒に君の家に行くわ。そこで話しましょう。ほら、仕事が来たみたいよ?」
後ろを指差され、振り返ってみるとファイルを大量に持っている男性がいた。
「悪いんだけど、これを今日、明日で仕上げてほしいんだ。頼むよ」
は、はぁ。と曖昧に答えつつ、デスクに向かう。
とりあえず、何処の誰かはわかっているみたいだし、いいだろう。
俺は目の前にある仕事にとりあえず手をつけた。

「相変わらず辺鄙なところに棲んでるわね」
「ほっといてください。自分では気に入ってるんですから」
今俺は、家路に向かっている。
いつもなら一人のはずだが、今日はもう一人、職場の先輩の同伴だ。
やっと見つけた手がかりなのだ。
これで家に帰してやれる。と思うとほっとする。
まぁ、そんな気分になれたのはこの時だけだったが…
家に辿り着いて、引き戸を開く。
「ただいま」
「お邪魔しま〜す」
いつも通りの俺の声と共に、違う声が混ざった。
いつもならすぐ駆け寄ってくるるるも、今日ばかりは不思議そうな、不安そうな目で扉から覗き込んでいる。
「大丈夫だ。俺の職場の先輩だから。お前の身元がわかるかもしれないからな」
そういったとたん、明らかにるるの表情が変わった。
驚くと言うよりはむしろ、怯えのようだった。
「るる?」
走りよってきた少女は俺の脚にしがみつく。
いつもと違う態度に俺は困惑するが、いつまでも玄関に立っているわけにも行かず、とりあえず中に入った。
「君がるるちゃんね。確か、大河涙々だったはずよ。家はここの隣町あたり」
「隣町?歩いてここまで来れるのか?」
いるんだからそうじゃない?と諒禾はあっさりと言う。
だが、ここから隣町まで結構な距離がある。大人の足でも、だ。
「そして、問題なのは、この子の家庭環境」
先程から涙々はしっかりと俺の服の裾を掴んでいる。
俺は軽く涙々の頭をたたいてやり、どうした?と聞いてみるが反応はない。
「この子は双子で、最近もう一人を事故で亡くしているそうよ」
「事故?」
「えぇ、交通事故ね。それで母親のほうがショックが大きかったみたい。
その子の事をよくもう一人の名前で呼んでいたらしいわ」
雫、とね。と付け足すと、涙々は俺に抱きついてきた。
もしかしたら、自分じゃない名前を呼ばれて返事をしたくないがために声を失ったのかもしれない。
なんてことを思わずにはいられなかった。
涙々の頭を撫でながら、俺は話を続けた。
「じゃぁ、帰る場所がないって…」
「母親は入院させたらしいわ。その手続きの間捜索願を取り下げてもらっていたらしいの。 その人が病院を抜け出してその子を探しに行かない為に」
複雑だ。
複雑すぎて俺にはわからない。
確かに捨てられたわけではなさそうだ。
だが、こんな幼い子供を放っておくものなかの?
俺は涙々がとてもいたたまれなくなった。
「じゃぁ、今は帰る所はあるんだな」
けれど、それしか言えなかった。
今の俺に何が出来る?
結局無力なだけで、帰る場所を探してやるのでいっぱいで…
ふと、涙々の顔を見る。
その顔には訴えるような視線が組み込まれていた。
どうしたらいいのか、わからなかった。
このまま帰しても、涙々はきっとまたどこかにいなくなるだろう。
だからと言って、俺が首を突っ込んでも…
「…たい」
えっ?
今、何て言った?
「涙々?」
「こ こ…にい たい」
甘い、微かな声が聞こえた。
それは確かに涙々の声だった。
「こ こに…いた い。あそ こ…は、もう やだ」
鳴きそうな声。
精一杯の気持ちをぶつけて来た涙々。
そんな涙々を俺は抱きしめてやることしか出来なかった。
「あそ こ…は やな…の。あた し、が…いない の」
そう言って涙々は泣いた。
一生懸命喋りながら…
「舜くんはどうなの?」
その話を総て聞いていた諒禾が俺に聞いた。
「俺は…」
言葉が続かない。
今ここで、簡単に決めていいことなのか?
言葉が…でない。
「ここ いちゃ、めいわ く?」
幼い甘い声は今にも消えそうで…
そんな中、俺は一番最初を思い出した。
玄関の屋根で蹲っていた少女。
その子供を中に入れて、自分が変わった。
「迷惑じゃない。ここに居たいのか?」
「いた い」
ぎゅっ、と涙々の顔が胸に埋もれる。
ふぅ。と、俺は一息ついた。と、
「じゃぁ、決まりね」
諒禾があまりにも簡単に言う。
「え、ちょ、決まりって?」
「だから、涙々はこれからここで暮らすってこと」
話の展開が余りよくわからない。
?マークが浮かんでいる俺を見て、諒禾はまた笑った。
「その子の親ね、私の友人なの。直接涙々ちゃんと雫ちゃんにはあったことなかったけどね。
それで、旦那さんと少し相談したんだけど、しばらく何処かにその子を預ける気だったのよ。
そんな時に失踪事件でもう大変だったのよ。でも、居場所はちゃんと自分で見つけられたらしいわね」
諒禾がにっこりと微笑む。
相変わらず話についていけてはいない。が、一つだけ確かなことがあった。
「じゃぁ、また一緒に暮らすか。涙々」
にこっ、と少女に笑いかける。
涙々の顔にも笑顔が戻る。

本当にこれでいいのかはわからない。けれど、
笑顔がそこにあるのなら、今はそれでいいのだと思う。
少なくても、俺と涙々は…

fin.


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