エピソード3・三つの門

キャンディの物語を構成するとき、登場する少年たちのことを想像すると、ワクワクしてひとりでに微笑んでしまうほどでした。

「赤毛のアン」の<ギルバート>。たぶん、読んだひとそれぞれに思い描く<ギルバート>は違うでしょう。しかし、漫画の場合は<絵>で表現されるのでイメージがストレートです。文章ならいろいろなタイプの少年を描くことが可能ですが漫画という制約の中ではどうしても似た顔(画家の絵はやはりどこかみんな似てしまう)になるのでひとりひとりの個性を際立てなくてはなりません。

アンソニー アリステア アーチーボルト・・・

頭文字に「A」をかぶった少年たちのイメージ。打ち合わせのときにはっきりと彼らの個性を決め、いがらしさんのラフデッサンもみましたがそれだけではわたしにはまだ納得できない__できるなら、それぞれの個性を<行動>ではなく<象徴>として表現したい・・・それは、なに・・?なに・・?

締め切りが近づく中、いつもそれが頭にあったのだと思います。


そのことを話してくれたのは<日本晴男>でした。もちろん、わたしがつけた名前。

でも、彼に会えばだれでも納得すると思います。ぴかぴかに晴れわたった笑顔。

まさに日本晴れ!日本晴男氏は当時、集英社でのわたしの担当でした。うちあわせのときの日本晴男氏の雑談が、またおもしろくてついつい長話になってしまいます。

その日も日本晴男氏が取材でいった<仙台>のどこかのはなしを聞いていました。

「いや〜びっくりした!」と日本晴男氏はまず、なんでもそういうのが口癖でした。

その日も、どうせまたたいしたことのない<びっくり>であろう、とのんびりと聞いていたわたしはそのうちに姿勢を正しました。

「いや〜びっくりした!世の中にはいろんな金持ちがいてあんなに<門>に凝るひともいるんだね〜」

晴男氏が仕事を終えて、ぶらぶらと散歩をしていたらすばらしい和風の門のお屋敷があったというのです。木彫りの引き戸。周囲の彫刻。まわりの茶花。格好の石の配置。

(門を作るだけで家が建ちそうだ。びくりした〜)と晴男氏がそのまま歩いて(しかし、おっきな屋敷だ!植木で家が見えない)と角を曲がったとたん、「いや〜びっくりしたよ。こんどは洋風のフランス映画かなんかに出てくるような立派な鉄門!よく見たら、おんなじ表札なんだよね!その門、ふたつとも同じ家だったんだよ!」

とたん、わたしは弾けていました。ひらめいたのです。

「それ、使っていい?そう・・それよ!門よ!アンソニーにはバラの門、オシャレなアーチーはすました石の門!ステアは、ステアは・・そう!だれも思いつかない・・

水の門よ!いいなあ、それでいこう!」

「ほんとにいいな〜それでいこう・・えっ、それってなに?それにアンソニーってだれ?アッチとスッテンがどうしたの?」

日本晴男氏は落語の口調で聞きました。 (晴男氏は大学で<落研>に入っていたのです。)



「・・・・・・角を曲がって2件目、白いバラの垣根の家です。」

昔、住んでいた家の道順を説明する時、いつも使っていた言葉。

アメリカに長く住んでいた祖母は顔に似合わず(ごめん)ロマンチストでした。小さな家でしたが、垣根だけは祖母の意見を取りいれ、当時としてはシャレていたのです。

白い垣根におもちゃのようなブルーの木の門。5月になるとその小さな門をはさんで、右側には赤いつるバラ、左側には白いつるバラが垣根に絡まるように咲きました。

その垣根が少しずつ色褪せてくるにしたがって、わたしたち家族も変化してきました。まず祖母が68歳で、再婚してその家をでていきました。若い頃、知っていた人(まじめそうで感じがよかった・・・祖母談)と文通をはじめたのが縁だったようです。

「私はねえ、進取の気性にとんでいますので」

という祖母本人の口癖とおり、決めたらさっさと郊外に引越していきました。

わたしはそんな祖母のすっきりした生き方がとても好きです。

結婚を望みながら、いまだ果たせない友達によく祖母の話をします。

「人生は最後までわからないのよ。わたしのおばあちゃまは20歳で結婚してアメリカにいって、25歳で未亡人になったの。それからわたしの父と叔父を育てるためにがんばって、68歳で再婚したのよ。初めの結婚では5年、68歳でしたのに10年間 夫と暮らしたの・・・倍も一緒だったのよ!ねっ、人生って最後まであきらめちゃだめよ」



次に出ていったのは父でした。増築した二階(わたしがキャンディの原稿を書き始めた部屋)にすむこともなく<黄泉の国>に引っ越しました。

それでも、5月になると、バラは咲き続け、その後、母も父を追いかけて<黄泉の国>へ旅立ちました。

最後に出たのは、わたしです。

結婚後、その家に住むこともできたのに、あえてしませんでした。

わたしは<その家>を<バラの垣根>を見捨ててしまったのです・・・

「わたしの思い出の家」

と、心を込めて呼んでいます。(ごめんね・・・<わたしの思い出の家>)

犬と散歩している道に長いことそのままになっている家があります。

通るたびに、うちひしがれどんどん老いていくその家がかわいそうで、しばらく立ち止まってしまいます。どんなに<主>が好きでも家はついていくことは出来ません。

ひとが住んでこそ<家>であり、ひとの声がしてこその<垣根>なのです。


アンソニー

アリステア

アーチーボルト

いがらしさんが、その画力によってすばらしく三人を描きわけてくれたので<象徴>としての門は必要なくなりました。わたしの創作メモで使ったのは<アンソニーのバラ園>くらいでしょうか。ステアの趣向をこらした水の門の<ボートハウス>、アーチーの石の門の向こうにあった<ちいさな石の神殿>・・・秘められたままになりました。

あまり登場はしませんでしたが、三つの門は大切な場面に現れます。

アンソニーの死を悼む<バラの門>、・・・

そして、そして、場面ではありませんでしたが、ステアの死を嘆く<水の門>・・・

アーチーの石の門さえもその輝きを失い深い沈黙に入りました。



その門たちが一気に再生するのが、最終回です。

(門が喜んでいる・・!)

いがらしさんが丁寧に描いてくれた門たちが、甦ったのです。



ところで日本晴男氏ですが、その後、「三つの門完成記念」のお礼をいった時のことです。

アイデアをいただいた時はまだ漫画にもなっていなかったので、説明してもピンと来ていないようだった晴男氏は、<漫画の三つの門>を見て感心してうなりました。

「あの話がこんなになっちゃうの!なんでも話してみる<門>だね!(ダジャレは筆者)いや〜びっくりした!」



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おもいでは

波の音のように たえまなく

私の胸に かえってきて

ハープの響きに にた

甘い香りをのこして

消えていくのです



さよならは にがてです

だから もう

だれも私に

さよならを 教えないで

おもいでの波で

心がぬれるのは つらいのです

すぎていった日々を

いつだって

両手をひろげて

まっていたいけれど______



イラスト集より



(C) Keiko Nagita
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