ピカソのはしご

 

 東京で二ヶ所同時にピカソの大きな展覧会がありました。

 一つは新宿の損保ジャパン東郷青児美術館における「ピカソ展 

―幻のジャクリーヌ・コレクション―」。

 もう一つが木場の東京都現代美術館での「ピカソ展−躰[からだ]

とエロス−」。

 新宿の方はもう終わってしまいましたが,木場の方は12月12日

までやっております。

 この二つの展覧会の情報を知り,まずタイトルの「ピカソのはしご」

という言葉が頭に浮かんだんですね。

 一日に大量のピカソ作品を見るというのはどうだろうかと。

 で実行した訳です。

 最初は損保ジャパン東郷青児美術館

 これはピカソの二番目の妻,ジャクリーヌさんがピカソの死後に

相続した作品群だそうでございます。

 相続に際して,作品はくじ引きでそれぞれの相続人に分配されたと

いうことですが,流石にジャクリーヌさんを描いたものが多く,ほとんど

見たこともない作品ばかりで楽しめました。

 デッサンもかなりの数が展示され,これが面白いんですね。

 一つの作品にとりかかる前の習作が,同じ構図でいくつもあったり

し,これが微妙に変化していて,ピカソの構想の移り行きが見える

ようで非常に興味深いです。

 次が東京都現代美術館

 東京メトロ,大江戸線に乗って。

 こちらはパリの国立ピカソ美術館のコレクションです。

 このコレクションが成立した経緯が凄い。

 ピカソの死後,ジャクリーヌさんの他にも五人,法定相続人がいたと。

 7年をかけ相続の手続きは完了したそうですが,当然相続税という

ものが発生する。

 これを作品で支払ったそうなんです。

 それがこの国立ピカソ美術館の開館につながったと。

 凄いですねえ。おかげで我々も見ることができる訳です。

 面白かったのは「女の頭部」というブロンズの立体作品があるのです

が,紙に描いたこれの習作もあるのです。

 女性の顔を髪や鼻,それぞれのパーツをばらばらにして組み立てる

というものなのですが,組み立てた絵が大きく描いてある周りにそれぞ

れの部品を一つずつ描いてあって「T,U,V……」と番号がふってあ

るんです。

 なんだかかわいくて良かったですね。

 このあたりで私も何を見てもへっちゃらと言いますか,順応してきたん

じゃないかと思います。

 「石を投げる女」は,あー石を投げるのね,と(笑)。

 あー水浴びしてるのね,椅子に座ってるのね,と。

 すんなり入ってきてしまうんです。不思議な感覚でした。

 「カップル(交接)」の連作では,交わる男女が物凄いかたちで描かれて

おりますが,ついに男のかたちが横長の長方形の下に縦長の小さい長方

形が付き,それの根元に丸二つが添えられただけのものになってしまった

時はもうひっくり返るかと思いました。

 そして有名な「闘牛士の死」。

 想像していたよりかなり小さい絵でしたが,尋常ではない迫力でした。

 牛の顔の生々しさ。その輝き。

 しばらく絵の前から動けませんでした。

 で私,変なことを今回発見致しました。

 それは「一人が双管の笛を吹く,二人の裸婦」という作品なんですが,

これの画面右側の真ん中よりやや上に毛が付着しているのです。

 毛です。

 毛の一端が黒っぽい絵具に埋まって固着されているのです。

 それで飛び出て,ぴろぴろしてる。

 こういうことはよくあることなのでしょうか。

 私はFRP作業をしている時に毛や蚊などを樹脂に封じ込めてしまう

ことがありますが,どうなんでしょう。

 この作品はカンヴァスではないので,描く時にイーゼルに乗せてない

かもしれませんが,画面に毛が付いて,それを見過ごしてそのままに

しますでしょうか。普通。

 意図的?

 それでこれはじっくり見ても確証は得られませんでしたが,この毛,

どうもじんじろげっぽい(笑)。

 もしかしてこの頃(1932)夢中になっていたマリー=テレ―ズさんの

毛?

 ま,そんな憶測もはらみつつ,一日に300点ものピカソ作品を一気

に見たことになります。

 流石にぐったりしてしまってピカソにあたったという感じです。

 しかしこれだけまとめて見ると何か見えてくるものがありますね。

 面白い体験でした。

 「青の時代」とか「キュビスムの時代」とか言われておりますが,あまり

それは重要でないですね。一緒な感じがします。

 なんだか良かったな。変にシニカルになったりしないで,見捨ててない

というか。

 とりあえず,この人こそ,止まったら死ぬ人だということがよくわかり

ました。

 

 さて,この東京都現代美術館のピカソは特別展ということで,このチケット

で常設展も見ることができます。

 実は前にも見たことがあって,その時怒りが込み上げるようなコレクション

だったので,今回もう一度見直して書いてやろうと思って見たのですが,

常設展でも微妙に作品を入れ替えるようで,ちょっと機先をそがれてしま

った感じです。

 しかし相変わらず「これはどうなのよ」といった作品が溢れておりました。

 特に頭が痛くなるのは「4.抽象芸術の革新 1950/60年代T」という

コーナーです。

 もうべた〜,ぐちゃ〜。

 うすらデカいだけで,「なんだこりゃ〜!?」ってのもないんです。

 つまんないんだよな。

 あと名前を出すのはやめておきますけど,恐ろしくデカいカンヴァスに

黒の太くて短い線をばらばらに塗りたくっているのとか。

 前に見た時はやたらと背の高い板が三色に塗り分けられているだけ

とか。

 「(これはアートなのか?ヘタクソが塗ったくった板じゃん)」と思ったり

して。

 これ,作家を責める気はないんです。

 ある作家の作品群の中で,そういったものもある。それは構わないん

です。

 問題はそういう作品を都民の血税で購入してんのか,こらっ!ってとこ

ろですわ(笑)。

 中には面白いのもあるんですよ。

 前の時は怒りながら足を進めると,大きな画面にぐるぐる渦巻いて,

「うわ〜,なんじゃこりゃ〜!」と思って名前を見たら「草間彌生」。

 また先に進んで,今度は小さな作品でしたが,「うひょ〜,なんだ〜!?」

と思って名前を見ると「草間彌生」(笑)。

 かなりぶっ飛んでいらっしゃいます。

 おしまいの方に大きな写真がかかっていて,「うわ,すげえな」と確認

するとアラーキーだったりして。

 今回はその辺は展示してなかったですが。

 とにかく,お願いだからもうくだらんものはコレクションしないでくれ!

 

 で,実はこれで終わらない。

 この翌日,渋谷のBunkamuraで「ニューヨーク グッゲンハイム美術館

展 モダン・アートの展開―ルノワールからウォーホルまで」を見る。

 これは凄いコレクションでしたね。

 金持ちのコレクションは違うな。

 あ,この展覧会はもう終了してます。

 ルノワール,ゴッホ,セザンヌ,ピカソ,シャガール,ボナール,マティス,

カンディンスキー,ダリ,……。

 またピカソが三点ありましたよ。有名な「黄色い髪の女」が含まれていま

す。

 ここで目を引かれたのはシャガールですね。

 「空飛ぶ馬車」ってのがあったのですが,これが良くて,そこだけ何か違う

空間になってしまっているような気がしました。

 あとはパウル・クレーの「カーテン」という小さな作品なんですが,茜色に

塗ったリネンに水彩の白で記号のようなものを線描してあって,なんだか

いいんですね。ホントにカーテンにしたいよ。

 あとはジョアン・ミロの「平原を鳥が飛ぶV」,「絵画」という大きな作品も

かわいらしくて良かったです。

 かなり密度の濃いコレクションでありました。

 東京都現代美術館もここまでは期待しないからもうちょっと頑張ってほしい

な。

 いや,もう頑張らないでいてくれた方が都民のためかも(笑)。

 グッゲンハイムは入場料が1500円だったのですが大変安いと感じました。

 こういう大きな展覧会は久しく見ていませんでしたが,今後は注意していろ

いろ見ないといけないなと思いましたね。

 二日間美術三昧で大いに堪能しましたが,これだけ多くの作品を見まくって,

ふと素朴な疑問と言いますか,感想を抱いてしまったんですね。

 それは,何でカンヴァスに油彩なんだろうかと(笑)。

 勿論ピカソにしてもクレーにしてもいろんな素材を使ってますし,それはそれで

面白くていいのですが,圧倒的な大部分はカンヴァスに油彩。

 保存がいいから?昔はそれぐらいしかなかったから?そういう勉強をしてきた

から?発色がいいから?評価がしやすいから?

 いろんな理由があるんでしょうけど,これだけカンヴァスに油彩の作品が多い

と,それはそれで異常なことのように思えてしまったのです。

 私がおかしいのでしょうか。

 ホントに素朴な疑問で失礼しました。

 とりあえず今回はなかなかいい刺激になりました。

 私はアーティストでもなんでもなくただの職人ですが,自由にいろんなものを

作っていけたらいいなと思いましたね。

 ぼちぼち出していこうと考えておりますです。はい。

2004 10/25

    TOP      過去のこのコーナー