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活性酸素とスポーツ性貧血

 しばらく活性酸素についての連載をしようと思いますが、掲示板「サイエンスルーム」への書き込みで、男性の鉄欠乏性貧血について質問があり、偶然、非常に興味深い情報を入手したのでぞれを先に書きます。活性酸素の話としては前後しますがご容赦下さい。
 
 人を含めた地球上の生物の多くは、生命活動のために酸素を利用しています。酸素を利用すると、無酸素的な代謝に比べて数十倍も多くのエネルギーを作ることができるからです。しかし、よく知られているとおり酸素は活性酸素という形に変化して、その強力な酸化作用によって生物の体に悪影響を及ぼします。活性酸素はDNA(遺伝物質)を傷つける作用が強く、ガンの原因となります。その他、タンパク質、脂質などの生体高分子を傷つけることによって、関節障害(リウマチなど)、動脈硬化症、心筋梗塞、さらには老化にも関与すると考えられています。

ひと頃、運動をすると大量の酸素を呼吸するので活性酸素が発生し、体に悪いという説が唱えられました。たしかに、活性酸素の発生量だけ見れば安静にしている方が少なく、運動によって発生する活性酸素が筋肉痛の一因となっているようです。しかし、よくトレーニングを積んだアスリートの体内では、酸化ストレスへの適応として、抗酸化機構が十分発達しているというデータがあります。
 実は、鉄欠乏性貧血も、酸化ストレスへの適応ではないかというのです。
 
 活性酸素の問題を考えるとき、実は鉄の重要性を見直すことになります。というのは、(ややこしい反応は省略しますが)鉄はヒドロキシラジカルという非常に障害性の高い活性酸素をつくる「フェントン反応」の触媒(促進剤)になってしまうからなのです。
 激しい運動後は、血液中の鉄の濃度が上昇します。乳酸が大量に発生した骨格筋では,pHが下がることが原因となって血清鉄が遊離し、フェントン反応を促進するという考えもあります。つまり、乳酸がたまるような運動では、有害な活性酸素がどんどん作られてしまうということです。
 鉄欠乏性貧血は、体内の鉄の貯蔵を減らして、激運動による活性酸素の産生を防ぐ一種の防衛反応ではないかという考え方が、最近は優位になってきています。現に、トレーニングを積んだ人ほど、運動後の骨格筋中の鉄の上昇度合いが小さくなるそうです。
 スポーツ性貧血は女性に多く、さらにエストロゲンには抗酸化作用があるので、女性は男性よりも酸化ストレスを受けにくい可能性もあります。 
 したがって明らかなスポーツ性貧血の症状がない限り、鉄剤を投与する治療は慎重にすべきでしょう。体内の鉄貯蔵量とがんの進展速度との間には密接な関係があるという臨床報告もあるとか……・。
  参考:「活性酸素と運動」 杏林書院 大野秀樹、跡見順子、伏木亨 編