ペペチン登場

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1998年5月17日。
この日私がとった軽はずみな行動により、その後の
チーの一生を大きく変えてしまいました。
あの子がガンになってしまったのも、寿命を縮めてしまったのもそのせいだと思っています。

98年5月17日、私は西新へ朝から行っていました。
ある試験を受けるためです。
全試験を終えたのが、4:30近くだったと思います。

私は終わったと言う開放感、これまでの試験勉強からの開放感から、気持ちが弾んでいました。
何かをしたい衝動に駆られたのです。

あの黄色い子が死んでからチーは叉一人ぼっち(とは普通言わないでしょうが)になっていたので、

友達をつくってやりたいとずっと思っていました。
(関連:その3伝染病?)

出来たらチーには子供を残してもらいたい。と言う思いもありました。
それで、岩田屋のペットショップへ直行しました。

目的のインコの雛は、箱の中に10羽位、もう大きくなりかけてディスカウントされていました。
私は、少し大きくなりすぎているので馴れないのではないかと思い、あきらめようとしましたが中に一羽、
とても元気で、馴れ馴れしいのが目に付きました。

羽の色も水色より深く、紫に近いような変わった色だったので気に入り、連れて帰ろう決心しました。

ところがお店の人に言うと、
この子は売れないと言うのです。
訳は足の骨が折れているから。と言うことでした。
確かによく見ると
右足が曲がっていました。出荷の時に箱の中で折れたらしいとのことです。
(関連:足が悪い)

仕方なく、諦めて他の子を見ましたが、どうしてもピンときません。
それで私は、「どうしてもこの子がいいんです。足が折れていても構いません。」
と、その時はなぜか、食い下がってしまいました。

すると、店員さんは店の奥へ行って、しばらく帰って来ませんでした。
たぶん店長に相談して来たのでしょう。

戻って来て、「それならば、1500円で。」と言われたときは正直に言うとビックリしました。
きっと駄目だと思っていたので。
その代わり、だいぶよくなってきているからビタミン剤などを沢山与えるようにと指示を受けました。

これだけよくなついていたのは、きっと誰かが親身になって世話をしていたからなのでしょう。
それを連れて帰りたいと言ったものだから、とても不安そうに見送られました。
なんとなく気持ちを察した私は「かわいがりますから。」と何度も言ったのでした。


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こうしてペペチンは家へやって来ました。
(関連: ペペチンのページ)
(名前の由来へ戻る)

家へ帰ると下駄箱の上でチーはいつものように大歓迎してくれました。
そして「出して」と鳴いたと思います。

その声を振り切って、新入りのぺぺチンの為にまずご飯を用意し、
物置にあった籠をひとつ選んで綺麗にしました。

この時から知らず知らず、チーは二の次になってしまったのです。

前回の黄色い雛の事が頭にあったので叉病気もちだったら大変だと思い、
今度はチーには直ぐに見せないで、一月は隔離して様子を見ることにしました。

その判断が間違っていたのでしょうか、結果的にチーには可哀想な事になってしまいました。

まず、毎朝出たいとあんなに泣き叫ぶのに、リビングにはペペチンがいるので連れてくる訳にいきませんでした。
この一月の間どんなにストレスをためた事でしょう。

おまけにかわいい盛りのぺぺチンと家族が遊んでいる声を聞いた筈です。
姿を見ていなくても、自分以外に誰か要ると気がついたに違いありません。
叉あの時のように、雛の鳴きまねをしていましたので。

家族をとられてしまったそんな気持ちになっていたのかも知れません。


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そして一月を目前に、とうとう二羽を引き合わせたその時、
異変が起こりました。
きっと前のように大喜びするであろうと思ったこちらの思惑に反し、とても素直に親愛の情を示しているぺぺとは
対照的に、チーはぺぺを見るなり困惑して、逃げ回るばかりでした。

何度か引き合わせて見ましたが、やはり駄目でした。
自分だけ出ている時は、側にいって、ちょっかいを出すのですが、一緒に出すと逃げ惑い、籠に急いで帰りました。

逆に自分が籠に入っていてぺぺが乗ってくると、ペケペケ言って怒り、足を噛んだりするのでした。
こんなにぺぺはチーの事が大好きなのに片思いのようでした。
一体何が悪かったのでしょう。

ムツゴロウさんの番組で、犬が集団の中に入れるのは子犬の時でないと駄目だと言っていました。
ぺぺが大きくなりすぎたので、チーは受け入れることが出来なかったのでしょうか。
まさかとは思いますが、毛の色が青いので嫌ったのでしょうか。
前の子は同じ黄色でした。

それとも前の子はわかりませんが、雌だったのかもしれません。だから女同士すぐに馴染めたのかもしれません。
ぺぺは雄なので、これが異性に対する反応だったのでしょうか。

それを裏づけるようにこれまで、
薄い綺麗なピンク色をしていたチーの鼻の色が、
いつの間にか変わって汚く茶色い梅干のようなしわがれたような色になりました。

これは発情を意味するのではないでしょうか。

事実、一生懸命巣づくりみたいな事をし始めたのです。
インコは元々紙を砕くのが好きで、これまでも籠の下にひいている新聞紙を噛み砕くことはよくありました。
しかしここまで本格的にやる事はありませんでした。

何しろ下にひいているものがなくなる位に、何か詰め物に出来そうなほど綺麗に、大量に噛み砕きました。

新聞だけではありません。
塩土もあの大きな土の塊を一日で全部噛み砕いてしまう日が何日も続きました。
きりがないので私は水でぬらして固めてやったりしましたが、その見事な削り方に「チー作パンダ」とか、
名前を付けて面白がって見ていました。


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このような感じで、巣づくりしているのに、ぺぺのことは一向に受け入れようとはしないのです。
「お前、ペペチンのことは嫌いなのに変だねぇ。」と言ったものです。

これが、本能と気持ちのギャプと言うものなのでしょうか。
(人間ぽくなりすぎたために、他の鳥を受け入れられなくなっていたのかもしれません。)
それとも、この行動は、単なるストレスから来るものだったのでしょうか。

ぺぺを見てから、おかしくなってしまったチーは、全く私たちの呼びかけに反応しないただの鳥になってしまいました。
朝も出してくれとは言いません。
戸を開けて呼んでみても、出てこようともしません。

私と目も合わさないし、新聞を砕く以外は
無表情にただ棒にとまっているだけの小鳥になってしまいました。
焼餅を焼いていたのでしょうか。

そしてぺぺと遊んでいる私に無言の反発をしていたのでしょうか。
こんな日が年明けまで続きました。

朝一番に、チーを出してやることは無くなっていましたが、いちを掃除が終わった後は、私の部屋へ連れて行き、
戸を開けて誘いました。

しかし、全く知らんふりをするか、出ても直ぐ帰ってしまいます。
いつしか、形式的な声掛けになってしまい、どうしても可愛いさかりのペペチンと遊ぶことが多くなりました。

鳥だって焼餅を焼きます。
きっと玄関で私とぺぺが戯れている声を聞いて卑屈になっていたに違いありません。
このことにもっと早く気が付くべきでした。
いえ、籠から出てこなくなったチーのことは、本当はとても気になっていました。

しかし、丁度そのころ自分自身が忙しく、精神的にも苦しくて、あまりかまってやるゆとりがなかったのです。
その事をとても後悔しています。

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